ドリーム小説











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”赤井秀一”は昨日の言葉を”知らない”。


起きてきた彼女といつも通りに挨拶をかわして。
いつもと同じように学校に送っていって。
そうして、ポアロで彼女の変わりにバイトをスタートして___


いつもと違うことが起こったのは、彼女を迎えにいったそのときだった。


彼女の教室に向かえば、スマホをのぞき込み首を傾げる姿があって。
着信があったのか、そっと耳元にそれをあてて、一度、二度、口を動かしている。

「どうした?」

近くまで寄り声をかければ、どこか困惑した表情。

「哀ちゃんが___」

「___ん?」



彼女が知っている哀と、俺の思い浮かべた哀が一致した気がして___ぞわりとした、

「___哀ちゃん」

今度は電話に向けて、比較的小さな声で呼びかける彼女。
何が、起こっている?

どくりと音を立てだした心臓をなだめながら、彼女の、電話先の一挙一動に集中する。

「もし聞こえてて、声を出せない状態なら___電話口を3回、叩ける?」

彼女の声に答えるように聞こえてきた軽い音。

哀に、何かが、起こっている。

こちらを見上げてきた彼女の手からスマホを奪い、耳に当てる。
向こうから聞こえるのはかすかな啜り泣きと、ざわざわとした騒音。

「哀」

呼べば、電話の向こう、かすかに息をのんだ音が聞こえて。
居ても立ってもいられず、教室から飛び出す。

「場所か何か、わかる情報は?NOなら2回、YESなら3回」

言葉少なに、小さな声で問えば、2回、電話口がならされた。
彼女の場所から見えるものは場所を特定できるものはないということで。

「発信源を辿って君のところに向かう。絶対に切るなよ」

今度は3回。
停めていた車には逆探知用の機械を乗せている。
とりあえず車に乗って___

「赤井さん、落ち着いて」

運転席に乗り込んだ瞬間、助手席から聞こえてきた声。

発信源に視線を向ければ、シートベルトをつける___新一君がそこにいて。

「___新一君?」

「そう、俺がいます。だから___灰原は大丈夫です」

いつだって真実を見透かすその瞳が、真っ直ぐに俺をみた。
あわてるな、焦りは最大のトラップだ。
”降谷君”が何度も自分に言い聞かせていた言葉が、脳裏によぎった。

一度、二度、大きく息を吸い、目元を覆う。

焦るな、大丈夫だ。
哀は、強い。

「___すまない、もう大丈夫だ」

俺の言葉に、にっこりと、緊張感を感じさせない笑みを浮かべた頼りになる名探偵は、後ろの座席に目を向けた。

も一緒にくるのか?」

新一君の心配そうな声に、彼女が後部座席に乗っていたことに、気がついた。

「偶然だったとしても、哀ちゃんは私に助けを求めたから___一緒に行かせて」

バックミラー越しにこちらをみてくる瞳は、ただ真っ直ぐに。
”彼女”に、よく似た、それでいて全く違うまなざしが、そこにあった。

「___指示がない限り、動かないようにしてくれ」

そんな言葉をひねり出すことしかできず。
彼女の瞳から目をそらした。

、電話をスピーカーモードにして、何か変な音とか聞こえたら教えてくれるか?」

指示に従う彼女をそのままにアクセルを踏む。

「彼女のスマホの位置情報を確認できるか」

「すぐに博士に頼むよ」

未だに”シェリー”である彼女がねらわれる可能性はゼロではない。
そのため、彼女の携帯のGPS機能は万全の対策をとっている。

「恐らく最近連続で起こっている小学生誘拐事件でしょう。僕も捜査協力を依頼されていましたから」

黒の組織がらみか。
よぎったそれを新一君はあっけなく覆す。

変わりに埋め尽くすのは最近ニュースでよく取りざたされる小学生の誘拐事件。
少年探偵団の子ども達にも気をつけるように、と伝えていたそれ。
哀が、あの子が気をつけないはずがないそれに、巻き込まれた?

新一君の言葉に、後ろの彼女が息をのんだのがわかった。

わき上がりそうになっていた感情が、彼女の存在によって鎮火される。

「___大丈夫だ、あの子は必ず助ける」

「安心しろ。俺たちがついてる」

自分たちで言い聞かせる。
俺たちの言葉に、彼女は息を吐いて。
そっと電話口に言葉を告げる

「哀ちゃん、大丈夫だから___絶対二人が助けてくれるからね___」

答えるようにならされた3回の音は、まるで彼女を慰めるようだった。





「博士から灰原の位置情報が送られてきた!コードも送ってもらったからこれで追えるはずだ!」

「場所は?」

「東都の東、倉庫街!」

「スピードを上げる、舌を噛むなよ」


倉庫街

脳裏をよぎったのは、かつての恋人の姿。
潜入するために利用した彼女だったというのに、気がつけばその優しさに解されて、愛しいと想うようになったその存在。

___だいくん___

そして、俺が原因の一端となり、失ったその温もり

電話からの声が、車内に響く

”こんだけガキ共がいれば、先方の望む奴が一人くらいいるんじゃねえっすか?”

”かわいい顔ばっか集めたからな”

”特にこの子とか___”

べりり、何かをはがすような音に意識を戻す。

”___もう!お兄さんたち!すごくいたかったんだから!”

電話口から聞こえた声は確かに哀のもの。
話し方は向こうを油断させるためか

つまり、その場所にいるのは、ほかの少年探偵団の姿はなく哀だけだということ。

声が出せないほどに痛みつけられているわけではないことに少しだけの安堵。

”わりいなぁ嬢ちゃん。叫ばないとも限らなかったもんでな!”

”お兄さんたち、私たちを集めて、なにするの?なにしてる、ひとなの?”

かわされる言葉から少しでも情報を引き出そうとする哀の言葉に耳を傾けて。

”嬢ちゃん達みたいにな、かわいい子供がほしいっていうお金持ちはたくさんいてな。そんな人たちのお願いをかなえるお仕事をしてるんだ”

わかりやすい、そして胸くそ悪くなる理由。
無知な子どもを連れて行くそれに募るのは怒り。
アクセルを踏む足が更に鋭くなる。

____視界のはしに、みたことのある車が、よぎった気がした___

”・・・・・・哀、かわいい?”

まて、なんだそのかわいい言い方は。
確かにかわいい。
だが新一君がすごい顔をしているぞ。

”この中で、一番?”

”え、ああ、そうだな、嬢ちゃんが、哀ちゃんが一番かわいい!”

”なら、哀だけでいいよね?___哀だけにしてくれるなら、私おとなしくしてるよ?”

それ以外を解放しろ、言外に込められたそれに、犯人達が気がつかないはずがなく。

「赤井さん、あの向こうに見える倉庫にいるみたいです」

”そうだなぁ。嬢ちゃんだけだとちょっとなぁ___”

突然、音が、クリアになった

”こいつ、携帯使ってんぞ!”

”取り上げろ!!”

見つかった。
同時にぶちり、電話が切れる

「くっそ、ここらへんのはずなのに!」

ブレーキを踏み、車を止める。
新一君が直前までいると思われていた場所を自身の足で確かめるために

、ここから出るなよ」

新一君が彼女に伝えている間に車から降り、トランクケースからライフルを取り出す。

「端から虱潰ししかないか___おとなしくしてろ」

くしゃり、私の頭を子供にするようにかき混ぜる。

「赤井さん消えた情報からすると、恐らく向こうから3つ目、あるいは5つ目の倉庫かと。、灰原の携帯に何か連絡があればすぐに知らせてくれ。」

新一君と共に彼女をその場所に残して走り出した。

「新一君、俺は高いところから探す」

一直線に哀が居るとされる場所を目刺し走りだした彼をそのままに、足を別の方向に向ける。
ざわり、感じる予感が、高台にいけと指示を出す。

今まで培っていた経験は伊達ではない。


たどり着いた場所から見下ろす倉庫街。
障害物が多いその場所だが、見えないわけではない。

持ってきたライフルのスコープをのぞき込めば___新一君が向かった方とは別のところ、騒がしい何かが見えて。

その中心部を包囲するように配置されているのはスーツの男達。
その包囲網はじりじりとせばまっていっていて。


中心には___哀を腕の中に抱きしめる、の姿が、あった。


相対する男の手には、黒光りする___


 脳裏で、彼女が、また、微笑んだ
 

それは、一瞬だった。
ねらいを定めたその瞬間に、弾き飛ばした銃。

同時に突撃の合図を出すのは灰色スーツを纏ったミルクティ色の褐色の男。

「確保ー!!」

スコープ越しに海のような蒼とかち合った。



こちらの音に気がついたのだろう。
新一君があわててこちらに走ってくるのが目に入る。

彼が先ほど居たところには一人の男が延びていたため、すでに一人倒した後のようだが。
高台から飛び降りて、新一君と合流する。

「灰原!!」

彼が叫ぶと同時に、その縮こまったままの体に、手を、回した。

腕の中、確かな二つの温もり。
ここ最近ずっと近くで感じていたそれは、確かに”生”を実感させて。


___今度は、助けられた___


あのときのように、失うことなく、今、腕の中に彼女は___はここにいる。


「怪我は?」

ゆっくりと距離をとり、まず確かめる哀の安否。
手元と口元がガムテープを貼られていたのか、赤く染まっているけれど、それ以外に大きな外傷はなさそうで。
そっと息を吐く。

「さっさとおろしなさい。あなた、抱きつく相手が、違うでしょ」

べしり、衝撃と共に降ってきた言葉。
手を離した哀はゆっくりとの前にしゃがみ込んで、さらりとその髪に触れた。

「馬鹿ね、泣かなくてもいいでしょう?」

その言葉にをみれば、ぼろぼろと感情と共に溢れる滴がそこにあった。

哀が小さな子どもにするように慰める様は、まるで妹に対するかのように。


明美が___あのころの哀に向ける愛情のようで


一言、二言、何か話した二人がゆっくりと距離をとり、哀がこちらを促すようにみてくるものだから。

開いたその場所に体を滑り込ませて。

腕を伸ばし、その体を引き寄せて___




体が吹っ飛ばされた。




確かに油断していたのもある。
しかしながら、なにがどうなったというのか。
文字通りとばされた先でをみれば、あわあわと焦る姿。

そのまま、彼女は全力で逃亡した。

「赤井さん!私もう大丈夫なんで、今日から家こなくていいです!おいてある赤井さんの歯ブラシとかも全部処分しますんでー!!」

そんな言葉を言いはいて。
まってくれ、いろいろまずいその言葉は

「ちょっとまて、赤井、まさか貴様彼女の家に泊まり込んでいたのか?」

安室君、今そこに触れないでくれ。

「赤井さん?どうかと思うわよそれ」

哀、少し待ってくれ

「ああ、道理で___朝も返りもずっと一緒なわけだな」

新一君納得しなくてもいいから。

言い捨てて全力で逃げ出した彼女の後を追いかけようにも、彼らの追及をかわすのに精一杯で。
気がつけば走り去っていたその背中はどこにも見えなくなっていた。







咄嗟にその体を抱きしめたこと
彼女を見た瞬間ゆるんだ感情
心から安心した俺自身、

彼女の側にいたいと、何かがあったとき、その存在を側で守りたいと。

その想いが偽りではないことに、気がついた時から。



かつての彼女は___明美は未だ俺の中に消えない光のまま存在しつづけているけれど、その光はこれから先何があろうと消えることなどないのだけれども。



いつだって優しく俺を見守るその光が笑うから。



___大君はばかだなぁ___

だなんて、笑っているから。



ベッドの中、兎のように縮こまり、目尻を赤く染めたまま、彼女はすやすやと眠りの中。

起こさぬように朝ご飯を準備して___彼女の量だけを作って。
___結局洗濯物を干すのは慣れないまま。

ポアロに行くと、ゆっくりしろと認めて机の上へ。




足りないものがあるのからと頼まれた買い出しの帰り道。
ポアロへの道中にて、哀から突然かかってきた電話。
電話の向こうではくぐもった話し声が聞こえるだけ。
けれどその声は、紛れもなくの声で。


”___今度は、助けられた___って、赤井さんが言ったの”

昨日彼女に向けて思わず発してしまった言葉。
明美の変わりだと思ったことはなく、それでも、守れたことにどうしようもなくほっとして。
こぼれた言葉は、彼女を傷つけたのだろう。

”ほんっと、あの人ってタイミングもなにもかも悪い人ね・・・・・・!”

”あんの馬鹿”

哀の言葉、安室君の言葉
非常に突き刺さる何かがある。

”あの人ね、私のお姉ちゃんの元彼なの”

哀が静かに話し出す。
世間話をするように、柔らかな声で。

”そして___私が連れて行かれた倉庫によく似た場所で、お姉ちゃんは死んだの”

思い起こされる、明美が失われた記憶が。
俺の中でずっと生き続ける彼女は、今も、なお。

この記憶はこれからさき俺が生きている間___ずっと過去にはならぬまま。

”お姉ちゃんが死んだ原因は___詳しくは話せないけれど、あの人のせいでもあって”

そう、彼女が死んだ理由は俺を引き入れたから
俺が彼女が疑われる一端を担った。

”___お姉ちゃんが残した私を守ることで、罪滅ぼしをしようとしてる愚かな人よ”

哀を守ることは彼女と違い生き延びた俺が、彼女の代わりにできる唯一のことだから。
哀の存在は明美が唯一望んだ願いだから、守らないなどと言う選択はなく。

さん。泣かないで”

泣いているのか、彼女が?
あの大きな瞳を滴で染めて?
___その涙は誰によって拭われている?

”あの馬鹿は愚かでどうしようもない奴だけど___それでも、君と彼女を混同しては、いない”

安室君の指で、滴を拭われているのか?
頬を優しくなでられているのか?
その胸の中に引き寄せられているのか?

それを思うと、足が急く。

さんはさんだと、ちゃんと理解している”

彼女は彼女でしかなく。
決して明美ではない。

”私がお姉ちゃんから聞くあの人の話はいつも格好良くて、あなたの言う赤井さんとは別人みたいだったわ。
私が知っている赤井さんは、甘いものは好まないし、料理だって食べれたらなんでもよくて”

格好いいと、明美に思われたかった。
彼女の前では格好つけた俺で。ありたかった。
甘いものを好んでいると思われるのが少々恥ずかしく、隠していることも多々、あった。

好きな相手の前でかっこよく思われたいというのは、間違った思考じゃないはずなのに。

なぜか、彼女の前では取り繕うことすらしなかった。

”あなたの前では格好つけない、ありのままの赤井さんなのよ”

ありのままでいたかった?そうじゃない。
取り繕うことにも疲れ果てて、目的としていた組織を解体したら、全てがどうでもよくなって。


ただの、赤井秀一であった俺は、確かに、彼女の存在に、救いを見いだしていた。


”___赤井さんは、お姉ちゃんには見せなかったところをあなたに見せてるの”

明美に見せられなかったところすらさらけ出して、彼女の前ではただの俺であったのは、



ああ、そうだ



好ましいと、そう思っていた、確かに。
愛しいと、思わないわけではなかった、何度も。

それでも、取り繕うこともせず、俺をみて笑う彼女に安らぎを感じて

その存在に日常を感じて。

その場所を、居場所に思えた。



あの日、何の変哲もない歩道橋で。
一瞬だけの邂逅で終わるはずだったというのに。
目が一度、合っただけの存在だったというのに。


落ちていくだけの俺を、あの瞳が、とらえた。
墜ちていくだけの俺を、あの華奢な手が、つかんだ。


あの瞬間、俺という存在をこの世界につなぎ止めたのは、だった



自覚するよりもずっと前から、俺の想いはすでに、に向けられていたことに、今、気づいた。




明美に向けていた感情と同じものを、に向けていることを認めざるを、得ない。

”言っとくけどね、私のお姉ちゃんはさんよりずっときれいよ”

明美の方が確かに美しかった。

”それにとても賢いの”

明美の方が、優秀でもあった。

さんとなんて、似ても似つかない”

明美と、重ねるつもりなどない。

むしろ似ても似つかない


明美に向ける気持ちが何かと問われれば一番に浮かぶのは罪悪感で。
愛しい存在を、失う一端を担ったあのころからどんなに時がたとうとも、それでも、俺は確かに明美を愛おしく想いつづけている。

だというのに

”哀ちゃん、わたしね___”

穏やかな彼女の声に心揺れる自分が確かにいる。
柔らかな笑顔に心安らぐ自分が確かにいる。

”あの人が異性を思い出すときに、10番目くらいまでに思い出してくれるような、そんな存在になりたいの”

一番じゃなくてもいいから、そう言外に込める控えめな主張。
俺の中ずっと消えることのない明美の存在を知ったからこその言葉だろう。



君の側を、俺が望んでも、よいのだろうか
心の中、愛しい存在を抱え続けながらも、君に手を伸ばしても許されるだろうか


そっと電話を切る。
ポアロまであと少し。
あしを、はやめた





___今度は、助けられた___

あの言葉を失言だとは、思っていない。
今度こそ守れたと、その言葉に偽りなどないから。

二度と愛おしいと思う存在を失いたくはなかった

俺から逃げるならば、その距離をつめるつもりはなかったけれど___誰かにさらわれるならば、別だ。
目の前で安室君に口説かれる彼女をみたいなど思ってはおらず。
ましてや、その小さな手に誰かの唇が触れることなど許すつもりは、ない。




「___そうですね、さん、赤井さんじゃなくて、僕にしておきませんか?」

音が鳴らぬようにゆっくりとあけた扉の先。
褐色肌に迫られるの姿。

「安室さんみたいなイケメンにそう言ってもらえるなんて、冗談だとしても光栄ですね___」

「きっと安室さんに想われたら幸福だろうなぁ、とは思いますけど、どう見ても私を想ってくれない相手の手を取るなんてことできない臆病者なんです」

足を進めようとした俺を視線で牽制するのは哀。

「それに___私じゃ、安室さんにつりあえないし、私は安室さんの抱えているものを背負う覚悟はないです」

「ふふ、ふられちゃいましたね」

その手が、安室君の口元に寄せられて___

しっかりと自覚した今。
ちゅう、だなんて軽い音であっても許せるはずはなく。



その名を、呼んだ。
後ろから手を回して腕の中にその存在を閉じこめて。
柔らかな体を堪能しながら声をかける。

「家でおとなしくしていろと、書いたつもりだったが?」

腕の中、顔を覆ったを見下ろしていればあきれたような安室君の声。

「赤井、今日はもう良いから帰れ。その状態のさんをつれてかえってやれ」

NOと返す必要すらない。

「ふむ、恩にきる。帰る準備をしてくるから、少し待っててくれ」

大丈夫、一人で帰れる。
そんな強がりはもう十分だ。

エプロンをはずし、鞄を持ち、すぐに店内に戻る。
そうすれば再度ぐいぐいと距離をつめられている彼女の姿があって。

「ね、やっぱり僕にしときませんか?」

「今、めっちゃ、揺れてます!」

まて、揺れるな

「ああ、それともう一つ」

「頼まれてアクアパッツァを作ってみたんですが、味見、してみてくれませんか?」

それも、待ってくれ。
作り方を聞いたのは俺だ。
が食べてみたいと、そう言ったから。
わかってるだろうに、引き合いに出すな

「たべた「悪いが安室君、彼女には俺が先に作ると決めているんでね___君のを先に食べてしまってはハードルがあがりすぎる」

立ち上がった彼女の腰をすくい取り、哀の分と共にお金をテーブル上へ。

「またせたな。帰ろう」

するり、エスコート変わりに抱き上げればばしばしといつも以上に暴れる

「赤井さん!腰、痛めてるって、聞いた!」

「___安室君か」

告げられた言葉は隠していたはずの事実だ。
溜息をつきながらつぶやけば、にっこりとした笑顔が返ってきて。

「言うな、だなんて言われてませんからね」

「___ではな、哀、安室君」

ひらり、後ろ手に手を振って、入り口へ向かう。
と、

「赤井さん」

響く、哀の声。
振り向くことはせず足だけを止めて。

「私、これから先もずっと、あなたを許すことはないわ」

「___わかっている」

静かな言葉は俺の中にじわりとしみこんでいく。

「お姉ちゃんを忘れるなんてこと、許さない」

「___忘れることなんて、できるはずがない」

俺が殺したも同然の彼女を、忘れることなどない。

「それでも___お姉ちゃんを理由にするのはもっと許せないの」

それでも___哀は続けた。
明美を理由にするのは許さないと。
そっと腕の中の彼女をみる。

「もし、これから先、お姉ちゃんを理由に、誰かを不幸せにするつもりなら___覚悟しなさい」

「___肝に銘じておこう」


彼女を幸せにすることは___可能だろうか?









いつものように車に乗せて、彼女の部屋へ。
そのままベッドに腰掛けさせて確かめるのは彼女の傷の状況。

足も、肩も、もう、痛みはないようで。

「怪我、治りましたよ、もう。赤井さんのおかげで」

俺の役目はもう終わりだと、言外に告げるものだからやるせなく、なる。

「___赤井さん、私怒ってるんですよ」

静かに凪いだ瞳が俺を映す。

「なんでかわかりますか?」

答えないまま、彼女の瞳を見返す。

「っ怪我なんて、してないって、言った!」

子供の癇癪みたいに、切羽詰まった言葉が向けられる。

「言ったところで何が変わった?」

何が、君にできたというのか
無駄に心配をかけるだけだというのに

「っなにも、何も変わらなかったかもしれない!私にできることなんて、たかが知れてる!」

そう、たかがしれているだろう?

「絶対に赤井さんに私を持ち上げさせなかった!送り迎えだって、いらないって言った!バイトだって休みをもらった!」

そうすれば、その手段をとっていれば、きっと俺たちは今___

「そうしていれば___きっと俺は今、ここにはいない」

こうして、共にあることはなかっただろう

触れていた腕が、捕まれて。
場所をかわれとばかりにぐいぐいとベッドに押しつけられる。
俺は押し倒す方が好みだが。

「___何がしたいんだきみは」

俺の上にころんと転がってきたに問えば、むう、とした表情。

「好きな人が私が原因で怪我をしたのを知らないままでいたくはなかった!!」

俺を見下ろしながら、は叫んだ。


好きな人、だと、
面と向かって彼女は告げた、俺に。

「私は、赤井さんが好き

甘いものを食べてほころぶところも、

しっかりしてるように見えて、抜けているところも

世良ちゃんとか家族を大事に想ってるところも

料理は好きだけれど、あまり得意ではないところも

車を走らせてる時の横顔も

迎えに来てくれたとき私を見つけて緩む表情も

苦いコーヒーを入れてくれるところも

洗濯物を干すのもたたむのも好きじゃないところも

ポアロのエプロンが短すぎて似合わないんじゃないかってそわそわしてるところも

私に触れる手も

私を呼んでくれる声も

私に向けるまなざしも

あなたを勝手に支えようとして、一人で怪我した馬鹿な私を、面倒見てくれるやさしいところも、全部、すき」

体全部で想いを伝えるかのように、ぐいぐいと距離をつめてくるものだから。
至近距離でその瞳を見つめることしかできず。

「あなたの荷物になりたくなんてないのに、あなたのお荷物にならなきゃこの関係になれなかっただなんて。馬鹿みたいだけど、どうしようもなく、嬉しい」

確かに、この関係は。
の怪我がなければ始まらなくて。
俺があの場所から落ちなければ何も起こらなかったはずで。


笑いそこなったような表情を浮かべる彼女が、どうしようもなく、愛しい。


ゆっくりと距離をとろうとするその腕をつかんで引き寄せた。
自分の上に横たわる柔らかな体を。
逃がさぬように抱きしめて。

「俺としては___君のためにご飯を作って洗濯をして、バイトに行って君を送り迎えして___新鮮で、平和な日常というのは、こういうことかと思った」

あの日々を生きた俺が決して手に入れることなど無かったであろう、日常を。
それをくれたのは、紛れもなく、君だ


「これから先も、こういう日常を過ごせるならば、相手は君がいい」



、君がいいんだ」




これが日常になるならば、相手はがいい。



顔を背ける彼女を捕まえてその瞳を捕らえれば、混乱しているといわんばかりの表情。

「顔をそむけるな。返事をくれないのか?」

「だって、うそだぁ」

真っ赤に染まる姿がかわいくて、同時に意地悪をしたくなって。

「先ほど安室君に触れられていたのはここだったか?」

「ひゃ、」

持ち上げた手のひら。
先ほど安室君によって触れられたその場所に唇を這わす。

「言っておくが、自分のものを人に盗られて平気な性質ではないんでな」

俺のものだと、印を付けたくなる___
ぬるり、舌を這わせれば、の体は大きく震えて。
___場所も相まって、それ以上を望みたく、なる。

その衝動をこらえるように、彼女を見ながらもう一度その箇所を舐めようと___

「安室さんと、間接ちゅうですね……!」

真っ赤に染まった顔でもたらされた言葉は、今の状況に驚くほどに合わない言葉。
今、の目の前にいるのは俺だというのに。
別の男の名前を出すのか?

間接ちゅう、だとか、思ってもいない言い方は、ひどく、クるものが、ある

「君のためにアクアパッツァを作ろうと思っていたが___明日に延期だ」

ぐるり、彼女を組み敷く。
見下ろした先、シーツに広がる髪が扇情的で、先ほどよりもずっといい光景だ。

「安室君と間接キスは好みではないのでね___君ので上書きさせてくれ」

君が俺を思い出すときに同時に彼を思い起こすのは好ましくはない。
俺を思うとき、常に顔を染めるくらいに、君の中に俺を刻みつけたい。

何かを言おうとした反論の言葉は呼吸と共に奪いとった。












___だいくん___

微睡む意識の中
俺の中から決して消えることのない彼女が、俺の名前を呼んでいた

___だいくん、ありがとう___

真っ白な世界はそこが夢の中だと教えてくれて。

___私を忘れないでいてくれて___

言葉を返せないままふわふわと笑う彼女をみることしかできず

___忘れてくれても、構わなかったのに___

ふわふわと俺の頬に触れるか触れないかの位置に手を伸ばして

___最後まで、記憶の中においてくれて、ありがとう___

たとえ触れたところで温もりは感じないのだろう

___あのね、私はだいくんに幸せになって欲しい___

初めてあったときと変わらないまま綺麗な彼女は

___優しいだいくんは忘れることなんてできないって、知ってるけど___

温もりの感じないその手で俺の両方をつかんで

___過去のだいくんは、私がもらっちゃったから。未来のだいくんは、彼女にあげてね___

そっと顔を近づけると、温度のない額をこつりと重ねてきた

___ねえ、だいくん、知ってた?だいくんね、彼女の側で私が今までみたことないくらい自然に、笑ってたんだよ?___

柔らかなその笑みを、俺は心から好いていたんだ、確かに

___だから幸せになってね___

そう言って明美は俺の記憶の中で一番きれいに笑って、俺を突き放した。



がくりと、落ちる感覚で目が覚めた。

開けた瞼の先は、日差しが差し込む寝室で

もう一度ゆっくりと瞼を閉じる。

その場所に、もう彼女はいない

たとえ俺の願望だったとしても
たとえ本当にただの夢だったとしても

彼女に背中を押されたのだと。
彼女に許されたのだと。

思わずにはいられなくて。





明美を想ってよかったと、心から思う。





布団の中、目の前の彼女が動く気配を感じながらも、
もう少し夢の余韻に浸りたいと目をつむり続けていれば、そっと近づく温もり。

ちゅう、という軽い音と同時に頬に触れた温もり。
つられて瞳をあければ満足そうな表情が___一瞬で焦ったものに。

「ひぇ!」

なんだその悲鳴は。

「どうせなら、こっちにくれ」

こん、と唇を指させば全力で首を振る

「こっち」

「む、り!」

返ってきた拒否の言葉にむっとして、その後頭部に手をやり引き寄せた。

「なら、俺から___」

呼吸も、思考も、全てをからめ取るように深く深く奪い取った。

夢の中の彼女の冷たさをかき消すように。
その温もりを、体全体で感じるために。

再度ベッドに組み敷いて、深く深く、その唇を堪能する。

「もう、おきる・・・・・・」

くったりとした彼女が腕の中でよろよろとそんな言葉をつぶやくものだから。
まだ、もう少しだけ、と腕に力を入れて抱きしめた。





何とか起き出した彼女がゆっくりと作っていく朝ご飯。
手際はよくはないが、着実にできあがっていくそれは、まさに日常を感じさせて。
料理ができたのか、という問いかけに、文明の便利さを説かれた。


そして___


タイムリミットはあっさりと、訪れる。




着信を告げた携帯。
それをみてわかったように部屋を出ていく

物わかりがよすぎるのもいささかおもしろくないものだ。
俺にしかできない案件ができた、それに頷く以外のことはせず。
ゆっくりと彼女がいるリビングに。
小さな俺にとって一口でなくなるおにぎりがそこには大量生産されていて。

「おなかすいたら食べてください」

「___すまない、

彼女の手のひらサイズのおにぎりは、俺の腹だけでなく心も満たすのだろう。
差し出されたそれをしっかりと受け取って。
昔見た、テレビドラマのワンシーンのように、玄関をでる俺にひょこひょことついてくる
玄関を一歩出たところで振り返れば、少しだけ寂しそうに眉を寄せて、それでも真っ直ぐに俺をみる瞳とかちあう。

「行ってらっしゃい___」

送り出す言葉は、帰ってくることを前提とした言葉。
ここに帰ってきてもよいと、許すかのようなそれが、こんなにも胸に響くとは思っていなかった。

「帰りを待ってますね___秀一さん」

ふわりと笑っては、閉じゆく扉の向こうで、そう、のたまいやがった。

ちょっとまて、今、は何を言った?
___誰を、呼んだ?

ぶわり、わき上がるは惜しむ感情。

彼女を、この場所に、一人おいていくのか?

閉じきる前に扉をつかみ、フットバスくらいの勢いでこじ開けた。
その先にはしぱしぱと目を瞬かせるの姿。

「Shit!」

叫んだ俺は悪くないだろう。
が俺の感情を揺さぶるのが問題だ。

「え、ちょ、まって!」

扉の向こう、まだ俺を見送る体勢だった彼女の体を抱え上げて。
いつものように抱き上げながら部屋の鍵を外からかける。

「こんなかわいい子猫を一人寂しく家においておくわけにはいかないからな。おとなしくしてろよ、kitty」

家で留守番をしている間に、何か起こらないないとも限らない___否、今現在彼女を離れるのを惜しく思う俺のために。

きゃんきゃんと叫ぶ彼女をそのままに車に連れ込み、仕事先へ連れて行く。
職業がばれるのも、職場の仲間に見られるのも、すべてが同時だったが、まあ構わないだろう。

事故現場で新一君に目撃されるのも、真澄に目をきらきらとさせてみられるようになるのは想定外だったが。













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甘いものが大好きで、人の話を聞かず、生活感があまりない赤井さんが、人のお世話をするお話を書きたかっただけです。
いろいろやらかした感はありますが、少しでも楽しんでいただけたならば幸いです。
おつきあいありがとうございました











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