ドリーム小説
カウントダウン7
朝ご飯
緑色のあめ玉を味わって食べる夢をみた・・・・・・気がする。
なんという不可解な夢。
ぐるぅり、首を回してゆっくりと息を吐く。
と、気づく。
ここは自分の自室だと。
昨日リビングで寝落ちたような、そんな気がするのだけれど___気のせいだっただろうか。
「あ、いたい・・・・・・」
ゆっくりと肩を回そうと___して痛みに気づいた。
びきり、音を立てた肩を慎重に元の位置に戻す。
このままだと足も痛いだろうな。
そう思いながら布団をめくり自分の足をみる。
「あ、れ?」
私昨日湿布貼ったかな?
というか、お風呂はいったかな?
曖昧な記憶を思い起こせど、その記憶はない。
ただ、引っかかったのが一つ。
足をなでる何かの存在。
そして緑色のあめ玉
「起きたか?」
「ひゃ、い、いたっ」
がちゃり、と扉が開く音なんてしなかった。
突然部屋に響いた声に肩を跳ね上がらせるのは当然で。
さらにいえば、痛めたままの肩が痛みを訴えるのも当然で
思わずベッドの上で肩を押さえてうずくまる。
その痛みで覚醒した頭が瞬時に思い出す、昨日のこと。
歩道橋で落ちそうな男の人を助けようとしたこと
もちろんうまくいかず、なぜか私が怪我をしたこと
車に乗せられて連れて行かれた病院でのこと
その帰りの車の中でこの人がもぎ取った休暇のこと
なぜか私の家で寝泊まりすることを強制的に決めたこと
もうあきらめてソファの上で寝落ちたこと。
うっすらとした記憶の中、覚えている夜。
足を、タオルで拭いながら洗われて手当をされたこと
それから___このひとの、緑の瞳を、きれいだって、連呼したこと
「あああああ・・・・・・」
思い出したそれら。
非常に、恥ずかしいことを、した気がする。
もだえる私に気にせず赤井さんは私のベッドに腰掛けるとてきぱきと私の肩を、足を、確認してくる。
肩は、いいんですよ、肩は!!
ねえ足をみるときわざわざベッドの下降りてひざまづくんですけど!?
もうやだこの人!!恥ずかしい!!
「痛みは?」
「ありますぅ〜」
でもそれ以上に恥ずかしいです。
いいたいでもいえない!
「ふむ・・・・・・朝御飯を食べるか?」
「本当我が道を行きますね!赤井さん!」
一通り様子を見るとこちらの状態などお構いなしでこの人はそんなことをのたまった。
「人のために朝ご飯を作ったのは久しぶりだな」
ひょこひょこと寝室からでれば、部屋に設置してある炬燵机の上に広げられた料理たち。
___そう、料理、たち。
スライスされた食パンはこんがりと焼かれて香しい匂いを醸し出している。
別のお皿にはハムにスクランブルエッグ、さらにはウィンナー。
その横のボール上のお皿にはレタスにキュウリ、トマトが綺麗に盛りつけられていて。
また別のお椀にはヨーグルト、さらにはいくつもの瓶に入ったジャムがあって。
コーヒーはマグカップにたっぷりと___おそらくあれはブラックだ
「赤井さん、これ、すごく美味しそうなんですけど___」
とてつもなく美味しそうなそれらは、ただ___
「だれが食べるんですか・・・・・・?」
とてつもなく量が多かった。
私の言葉にきょとん、とした表情を浮かべた赤井さんは言った。
「ん?量が少なかったか?」
「ちがう!逆!赤井さん逆です!!」
机上を指をびしり、さして伝えれば赤井さんはこてんと首を傾けて続けた。
「少ないくらいだが?」
この人の胃、どんな大きさしてるの・・・・・・
「うわぁ・・・・・・美味しいですね、赤井さん・・・・・・」
二人向かい合って手を合わせて。
いただきます、と口に運んだ料理たち。
ぽろりと漏れた感想は全力で本音なわけで。
「ん」
卵をいためるだけのスクランブルエッグ___しかしながらそれは自分が作った物よりも数段も美味しく思えて。
私の言葉に口いっぱいに食べ物を放り込んだ赤井さんは少ない言葉で返事をした。
目の前でもきゅもきゅとパンを租借する赤井さん。
大きく頬が膨れて・・・・・・見た目と違い可愛らしい。
ちなみにその口には次から次へとサラダが、パンが、吸い込まれていく。
ペースが速い、しかもめいいっぱい口に放り込むから会話ができない。
すごいな、すごく美味しそうに食べる。
なんかそれをみているとこちらまでおなかいっぱいになりそうで。
取り分けられている私の分のウィンナーをころころと赤井さんのお皿に移す。
「私もうおなかいっぱいなんで、赤井さん食べてください」
目線で問いかけられたからへらりと笑ってそう答えれば、必死で租借した赤井さんは口の中を空っぽにして口を開いた。
「それで足りるのか・・・・・・?」
心底不安、そんな表情で赤井さんが問いかけてくるものだから、朝から笑いがとまらない。
「むしろ十分です」
「・・・・・・だから全体的に小さいんだな」
「赤井さん今何見て言いました?」
視線が私の上半身をみていた気がするけれど、気のせいにしておいて上げよう。
大きなカップのブラックコーヒーにミルクをたっぷりと投入して。
食べる量は全く違うのに、同じタイミングで食べおわった赤井さんと手をあわせる。
ひょこ、と立ち上がり食器を運ぼうと___するそばからするりとお皿は連れて行かれて。
「赤井さん、」
「1週間は俺の役目だ」
そう言われればどうしようもなくて、立ち上がった足を台所ではなく寝室に向ける。
今日は平日。
2限からだけれども、大学の授業はあるわけで準備をするためにパジャマを脱ぐ。
___あれ?私、昨日帰ってきてから服を着替えた覚え、ないんだけど・・・・・・??
たどり着いた考えに、ぴしり、思考がとまった。
まてまてまてまて!
え、下着は、つけたまま。
これはむしろ昨日の物と変わっていない・・・・・・セーフにしとこう。
あんまり深く考えちゃだめだ。
この考えはおいておこう!!
思考を切り替えるように頭をふれば、台所から水道の蛇口をひねった音が聞こえた。
あの赤井さんがお皿を洗っている___って考えるとなんか、ちょっとおもしろい
一人で家にいるときは感じられない生活音を聞きながら、服を身につけて。
いつも教科書をいれている鞄の中身を確認して痛まない方の肩に掛ける。
ひょこ、と部屋から出れば同じタイミングで赤井さんも水をとめて台所からでてきて。
私の方を見ると、一歩足を踏み出し私の鞄を奪った。
「さて、学校まで送ろう」
さらりと奪われた鞄。
エスコートするように腰に回された手。
足に負担をかけなくてもいいようにだろうか。
回された腕は赤井さんによりかかるように傾けられていて。
すごい、なんか、慣れてる。
こっそり横目で見上げた先、緑色の瞳はまっすぐに前を向いていた。
「今日は3限までだったか?」
「うん。その後バイトだったんですけど・・・・・・」
大学の前でエンジンを切った赤井さん。
車から降りる前に聞かれた言葉に頷く。
授業後はバイトの喫茶店に行く、予定だったけれども、この足と肩では迷惑にしかならないのが目に見えていて。
一応昨日病院が終わってから連絡はいれたけれど、実際に謝りに行かないと気が済まないわけで
「ふむ、ならば迎えに来たその足でバイト先に向かうか」
「すいません助かります」
赤井さんの提案に一も二もなく頷けば、何がうれしいのか微かにほころぶ赤井さんの表情。
そのまま動こうとした私よりも素早く車を降りた赤井さんはさらり、助手席のドアを開けて、私の手をとり引っ張り上げる。
本当に手慣れてるなこの人。
きっといろんな人にこういう事を自然にできる、そんな人なんだろうな。
ぼんやり思ったそれに、どこか、心臓の奥の方が小さく痛んだ気が、した。
「赤井さん一人で大丈夫なんですけど・・・・・・」
「俺の気がすまない、おとなしくエスコートされてくれ」
そんなことを言われれば拒否権などこちらにはなく。
仕方ない、とそのエスコートに身を預ける。
と、
「っ・・・・・・!?赤井さんっ!?」
響いた声。
聞き慣れたそれは私の友人の物で。
ちらり、視線を向ければ、びしり固まったままの有名人の友人の姿。
「え、なんで、赤井さん?」
こっちが聞きたいよ名探偵。
赤井さんのこと知ってるの?
「新一君か。久しぶりだな」
「ひ、久しぶりですね、赤井さん」
赤井さんのほうも工藤君のことを知っているようで。
朗らかな挨拶を告げる。
驚きながらも律儀に返事を返す工藤君の視線が、ざ、っと私の全身に注がれる。
「、今度は何したんだ?」
「工藤君、私がいつも怪我をしているみたいな誤解を招く言い方はやめてほしいんだけど」
工藤君の目が私から赤井さんに向けられる。
「ふむ、歩道橋から落ち掛けた俺を助けようとしてくれた結果だ」
「おま、・・・・・・気持ちは分かるけどさ、自分の体格を考えろ・・・・・・」
包み隠さず告げられたそれに工藤君は溜息を一つ。
へらり、笑ってみせればもう一つ溜息をもらった。
「あー・・・・・・赤井さん、、預かりますよ」
工藤君の申し入れを、赤井さんは少しだけ考えて受け入れて。
そっと優しい仕草で工藤君に支える手がバトンタッチされた。
「あとこれを」
渡されたのはいつから持っていたのか、大きな包み。
なんだこれは、荷物にしかならなさそうなこれはなんだ??
私たち二人の視線を受けながら赤井さんはどこか満足そうに続けた。
「昼にでも食べてくれ」
まさかのお弁当だった。
でかい、ものすごくでかいですよ、赤井さん。
これ何人で食べるの想定して作ったんですか?
「赤井さんいつのまに主夫になったんですか・・・・・・」
頬をひきつらせながら工藤君がぽつりとつぶやいた言葉に___
「1週間だけ、彼女限定の、な」
人差し指を口元にたてて、にやりと悪そうに口角をあげて。
だというのにそのポーズが似合っていてまた・・・・・・!
「うわぁ贅沢・・・・・・」
工藤君のその言葉を最後に赤井さんはひらりと手を振り車に戻っていった。
その後ろ姿を工藤君と共に見送って、彼に支えられながら構内へ。
ひょこひょこと遅い私を優しくエスコートしてくれる彼もまたイケメンだ。
「工藤君私赤井さんのことほとんど何も知らないんだけど、信用していいんだよね?」
近い距離だったので潜めた声でそっと問いかければぎょっとした瞳が向けられる。
え、なに、変なこと言ったかな私。
「赤井さんのこと何も知らないのに、一緒に行動してたのか?」
えーと、まあ、昨日からあの人家に泊まってます、だなんていったらこの名探偵は怒るだろうからへらりと笑う。
「赤井さんってどんな人、って聞いても良いもの?」
工藤君のじとりとした眼をかわして再度問えば、今度はうろうろとさまよう彼の瞳。
なんだ、何かよくないことでもあるの?
「・・・・・・知らぬが仏って言葉あるよな」
「え、そんなすごい人なの・・・・・・?聞かないでおくね、私の安寧のために」
なんでもずばずば言う工藤君が言葉を濁した、というだけで答えは十分だ。
聞かない方が、いい。
さらっと判断してその話は打ち切る。
「ええと、工藤君、お昼ご飯毛利さんたちも誘って一緒に食べてくれるかな?」
さすがにこの量は無理
掲げた弁当箱を見て、工藤君も苦笑した。
「これはまた・・・・・・」
「あの人らしいな」
工藤君、毛利さん、鈴木さん、それから私。
お昼の時間、中庭に設置されているテーブルを使い開けたお弁当。
否、お弁当というかこれはもう重箱だ。
風呂敷を開いたらでてきた三段のお重。
ゆっくりとあけた先、一段はぎっしりと詰まった白米
ちなみに、おにぎりではない。白米だ。
彩りのためか、ゴマがかかっている。
けれどうちの家にごま塩とかなかったからたぶんただの黒ゴマだ。
お箸は一善。
え・・・・・・どうしろと?
一段は肉じゃが。
少し前に田舎から送られてきたジャガイモにニンジン___それを丸ごと使ったんだろうか。
一段、まるっまる肉じゃがである。
よくもまぁ、もれなかったものだ。
茶色い。
女子大生のお弁当にしてはあるまじき茶色さ。
・・・・・・いや、重箱なだけで女子大生にはあるまじきサイズではあるが。
そして最後の一段は、卵と野菜である。
さすが赤井さん。
お肉だけでなく野菜も準備するところ、非常に良いと思います。
___ただ、限度って物は大切だと思いますよ?
お弁当に入れる卵の定番と言えば、卵焼きだと思っていたけれど___スクランブルエッグをこんなにも豪快に入れる人は始めてみた。半分がまるまる黄色い。
残り半分は朝ご飯のサラダのようにこんもりと盛られている。
「、ドレッシングも入ってる」
工藤君がごそごそとしていると思えば、冷蔵庫の中に入れていたドレッシングは瓶ごとできた。
私の家の冷蔵庫に入っていた奴だ。
準備が良いことで。
もう一つはいってた小さなタッパにはぎっしりと実家から送られてきたオレンジがつめられている。
「見た目はともかく、美味しそうだな」
「作った本人に伝えとくね」
「え、まじで・・・・・・?」
鈴木さんや毛利さんから向けられるそわそわとした視線を笑って交わしながらそんな会話をして。
いそいそとそれぞれが持っていたお箸で各おかずに手を伸ばす___と
「___で??」
じろり、避けていた鈴木さんの瞳がまっすぐにこちらにむけられた。
一つ目の唐揚げを口に入れながら何?とばかりに首を傾ければ、むにゅり、肉じゃがが入ったままの頬がつままれた。
ちょっとまって、だめな奴!それ中身でる!
「!いつのまにお弁当を作ってくれる旦那なんて作ったの!?」
つっこみたいところはたくさんあるけれど、とりあえず言わせてほしい。
肩をつかんでがっくんがっくんしたら、中身でるから、ストップ!!
べしべしとその腕を叩くが効果はない!
「園子!ちゃんが苦しそうだから、ストップストップ!」
ナイス毛利さん!
あなたには惜しみない拍手を私から与えましょう!
鈴木さんがこの手を離してくれたら、になるけどね!!
毛利さんに引っ剥がされて、鈴木さんは興奮さめやらぬ感じでわたしをびしりと指さした。
「!洗いざらい白状しなさい!」
鈴木さんをなだめる毛利さんの瞳にも好奇心は丸見えで。
どう答えようか、と工藤君をみた
「うわ・・・・・・美味しい。煮込み料理しか作れないけどあの人・・・・・・上達したよな・・・・・・」
役に立たなさそうだ。
それでも、今頼れるのは彼だけなわけで。
「詳しくは工藤君へ」
「は?!?」
「新一君!どういうことなのよ」
どこぞのCMのように工藤君に矛先を変えて、私は食事をつづける。
「いや、が怪我をした原因の人物が」
うわぁ。
めっちゃ量は多いけど、肉じゃが美味しい。
「一週間ほどの世話をするらしくって」
あとスクランブルエッグも。
「その一環でお昼ご飯を作ってくれた」
ついでに言うと白米にかかっているゴマはやっぱりただの黒ごまでした。
塩っ気はないよ!!
「おい!」
「工藤君うるさいかな。私は今お昼ご飯食べてるから」
「お、ま、えの!!事だろうが!!」
あ、ひどい!私の肉じゃが奪われた。
まあその後女子二人からめちゃくちゃ問いつめられたわけだけれども!
別の授業を選択している3人と別れて受けた本日最後の講座。
お昼の出来事を反芻しながら赤井さんに終わったことを伝えようと取り出したスマホ。
ざわりと教室内に広がった喧噪。
何事かと見回した先。
出入り口でこちらをのぞき込む長身の___黒を纏った男が目に入って。
それは、昨日から今日にかけて見慣れてきたその人。
ばちり、眼があったと思えば彼はぐいぐいと長い足でこちらに向かってきて。
かっこいい、だとか、足が長い、だとか。
わかる、めっちゃわかる。
とか、思いながら近づいてきた彼をぼおっとながめる。
「・・・・・・どうした、ひどく疲れているようだな」
「赤井さんのご飯が原因ですよ」
気遣う声に嘘偽りなく答えれば、困ったように眉をひそめて
「美味しくなかったか?」
「美味しくないわけないじゃないですか・・・・・・え、ちょっと待ってください、なんでここにいるんですか?」
そこで、気づく。
なぜこの人ここにいる?
なんでこの教室にいることを知ってるの?
「___と、赤井さん、きてたんですね」
思考を遮ったのは我らが名探偵の声。
赤井さんをみて苦笑するから、理解した。
工藤君だな、ばらしたの。
仕方がないかと一つ溜息をついて、さしのべられた赤井さんの手に捕まって立ち上がる。
___だんだんエスコートされ慣れてる気がするのが皮肉である。
「この後彼女のバイト先に向かうが___君も来るか?新一君」
「え?」
まあ工藤君は返事をしないままそのまま半強制的に連行されたのだけれども
「いらっしゃ___ちゃん!怪我は大丈夫なの??」
入り口の扉をからりと開けば、飛んでくる出迎えの声。
それは私の姿を見た瞬間、様子をうかがう物に変わって。
「すみません、梓さん、マスター、ご迷惑かけてしまって」
へらり笑っていえば、そんなことない、と言葉が返ってくる。
「この度の彼女の怪我は俺が原因だ。申し訳ない」
びっくりするくらいに謝罪感の感じられない淡々とした口調。
けれど綺麗に頭を下げる赤井さんは非常に、こう、様になっていて
眼をぱちくりと瞬かせた梓さんは赤井さんを上から下までながめた後、ふわりと笑った。
「あなた、接客経験はありますか?」
「あ、ずささん・・・・・・?」
にこにこと赤井さんから何かしらの情報を聞き出そうとする梓さん。
いやな予感しかしない。
「コーヒー入れたことありますか?」
私が制止しようとするのをにっこりと笑って交わしながら梓さんは質問を重ねていく。
それに対して赤井さんも淡々と言葉を返していくだけで。
絶対赤井さん何で聞かれているのかわかってない!
「安室さんがやめてから、女の子のお客さんが減っちゃって寂しかったんですよ!ちょうど良いですね」
やめて、梓さん、なにもちょうどよくない!!
その人たぶん接客向いてないから!!
「ちゃんの代わりに、1週間、アルバイトどうですか?」
まってまってまって!!頷かないで赤井さん!!
楽しそうとか言わないで!
「赤井さんが喫茶店店員・・・・・・!」
私の横にいた工藤君は笑いがこらえきれなかったのか、カウンターに突っ伏していたけれど。
「今日はひとまず、ゆっくりコーヒーでも飲んで?」
そういいながらうれしそうに梓さんはテーブル席へと案内してくれた。
挨拶だけして帰るつもりだったのだけれども、ちらり、赤井さんをみればちゃっかりと座っている。
あ、すぐ帰る気はないんですね、了解です!
あきらめて注文を促す梓さんにウィンナーコーヒーを頼む。
工藤君は限定レモンパイを、赤井さんは季節のケーキとパフェ、ホットコーヒーを注文して。
・・・・・・赤井さん、自由ですね
届いたケーキがすごい勢いで赤井さんのおなかの中に吸収されていく。
昨日も思ったけれど、甘いものとか苦手そうな顔して以外にこの人なんでも食べるなぁ
もきゅもきゅと咀嚼する彼をながめていれば、私の視線に気づいた赤井さんはこてん、と首を傾けて。
思いついたように頷いた。
そのまま手に持っていたパフェ用のスプーンでパフェを掬うと___
「っぐ」
「美味しいだろう」
人の口につっこんできやがったこの男!!
なんの準備もしていなかった口元にはべたりと生クリームが付くわけで!
「なんだ、食べるのは下手なのか?」
どの口が言うこの男・・・・・・!!
ちなみに工藤君は赤井さんがちらちらと見る視線からレモンパイを死守するのに必死だったもよう
自分の家に戻り玄関を開けた瞬間漂ってきた匂い。
それはスパイシーでひどく食欲をそそる物だった。
「カレーだぁ・・・・・・」
ぽつり、つぶやいて赤井さんを見上げればどことなく得意そうに頷いて。
「得意料理でな。口に合えばいいが___」
赤井さんはそういうと私を見下ろしてしばし考えた後、ひょこひょこと歩く私を見かねてなのか、ひょい、と抱き上げた。
びっくりするくらいに自然に!!
「ちょ、歩ける、赤井さん私歩ける!」
「ああそうだな。知ってる」
知ってるとか良いながらも彼は私をおろすそぶりはみせず。
すたすたと、洗面所にたどり着いた。
おろしてくれるのかと思えば、抱き抱えられたまま蛇口をひねられて、落ちないように赤井さんにすがりついていた手をはずされて。
「帰ってきたら手洗い、うがいが必須だと、聞いてな」
誰に、とか聞くよりも先にとりあえずおろしてほしい。
その言葉しか頭に浮かばなくて。
わーわー、喚いても赤井さんからするとなんの障害でもないようで。
きっちりタオルで拭いてもくれた。
これ子供扱いじゃないですか・・・・・・?
でもありがとうございます・・・・・・
そのまま炬燵のそばまで運ばれて、定位置におろされる。
「Good girl、動くなよ?」
抵抗もなく座った私の頭を一度、さらりとなでて赤井さんはキッチンへと向かった。
何あの人、すごく自然にボディタッチしてくるの、すごく怖いんですけれど・・・・・・!
んでやっぱりイケメンだね!
座ったままの私の前に運ばれてきたのはボールに山盛りの野菜と福神漬け。
スプーンやお箸にドレッシング。
お茶が入ったコップがおかれて。
最後に、と目の前におかれたのは平皿の上、つやつやとした白米。
それを囲うように配置されたのはカレーという名の海。
目の前にきたことでよりいっそうの香りにおなかがぎゅう、と空腹を訴える。
「う、わぁ・・・・・・美味しそう・・・・・・」
相変わらず、量は多いけれど!
机を挟んで座った赤井さんを見れば、視線で促されたので遠慮なくスプーンを握った。
「いただきます!」
掌をあわせて、挨拶をして。
そうしてすくい上げたカレーと白米
美味しそうなそれを、大きなスプーンで口に運んで、固まった。
「口に合わなかったか?」
ひょうひょうとした口調の割に、少しだけ心配そうな雰囲気を漂わせた赤井さんを見ることなく、ながめるのはお皿の上のカレーの海。。
え、なにこれ、おいしい。
スパイシーながらも辛すぎることはなく。
様々な風味が相性よく交わり___いや、いろいろ表現するのは無理です。
ここはやっぱり一言だけだ。
「めっちゃおいしいです・・・・・・」
わたしがつくるよりもずっと。
つぶやいた言葉に赤井さんはどこかほっとしたように息をもらした。
でも一個、一個だけ、聞きたい。
「赤井さんのご実家では、ジャガイモは一個まるまる入れるもんなんですか・・・・・・?」
私の言葉にしばし考えた後赤井さんはぽん、と掌を叩いた。
「何かし忘れたとは思っていたが___そういえば、ジャガイモを切った記憶がないな」
そりゃ、でかいはずだよ!!
くちんなかにはいんないもん!一口で!!
もごもごと口の中にいるジャガイモと格闘していれば、目の前の皿がなくなった。
驚いて顔をあげれば、赤井さんが私のお皿のジャガイモを自分のお皿に放り込んでいくところで。
「赤井さん!大丈夫です大きいだけで食べれます」
私の言葉にしばし考えた赤井さんは、かつん、と音を立てながら自分のお皿に移したジャガイモをスプーンで切っていく。
それをまた私のおさらにリバースだ。
いや、それくらい自分でやれるんですけど・・・・・・
「久しぶりに作るとこういう事が起こるのか」
少しだけ寂しそうに___それこそ犬のしっぽがあれば、見事に下方へと垂れ下がっているであろう。
ああ、なんかプライド高そうだもんなあぁ赤井さん。
地味にこの失敗はショックだったのだろうか。
とても美味しいというのに。
「近々リベンジをしたい___また食べてもらえるか?」
「もちろんです!」
そうっと聞かれたそれに全力で頷いた。
お風呂から出てきた私を、赤井さんは待ち受けていたようにエスコートして炬燵の前に座らせた。
そのまま非常に自然な動作で足首を捕まれて彼の膝の上に。
この家にはなかったから、持参したのだろう。
救急箱から湿布と包帯を解りだして、くるくると手慣れた仕草で巻いていく。
下方に視線を向ける赤井さんを上から見下ろすという非常に希少な状態で、その癖のある髪を、ながめる。
さすがに室内だからだろう。
ニット帽はぬいでいて。
その前髪に、思わず、手が伸びた。
触れるその直前、私の手はぱしりと捕まれ、緑色に射すくめられたけれど。
「いたずらな手だな」
「ひぇ!!」
取られた手が、するり、彼の口元に寄せられて___べろり、掌をなめられればこんな悲鳴がでてもおかしくないだろう!!
手を離されて足をおろされたと思えば、次は肩へ。
先ほどよりも近づいた距離にばっくんと音を立てた心臓を無視しながら視線を逸らす。
くつくつとした笑い声を聞きながら優しく湿布が貼られるのを感じて。
つ、と肩を___むき出したままのその場所をなぞられた。
ぞわりとした背中。
のけぞった私をそのままに、赤井さんはほかの場所にも触れていく。
「あ、かいさんっ!」
ストップストップ、とばかりに叫べば、ぴたり、彼は動きをとめて。
ごまかすように今度は髪の毛に触れられた。
「___まだ髪の毛が湿っている」
冷やっこいそれに触れて、赤井さはぼそりとそういった。
「ドライアー苦手なんですよぅ」
私の返事に髪に触れていた赤井さんはぐい、とこちらをのぞき込んで、どことなく楽しそうに聞いてきた。
「・・・・・・かけてみてもいいか?」
「してくれるんですかー?ぜひー!洗面所の引き戸の中に入ってますー!」
思いがけない申し出に、全力でお願いをする。
ドライアーの所在地も教えれば、赤井さんはフットワーク軽く取りに行ってくれて。
「あまり慣れてないんだが、コツとかあるのか?」
「乾けばいいんですよ、乾けば。」
私の返事によし来た、とばかりに片手にドライアーを掲げた赤井さん。
もう片方の手には同じく洗面所においてあったブラシを持っている。
準備が良いですね!
かちり、電源がONになった瞬間、聞き慣れた風の音。
おそるおそるそれが頭に近づいてくるのがわかって。
そろり、温風が頭に___
「赤井さん!あっつい、ちょっと待ってください!!あっついです!!」
必死で声を上げれば、あわてたようにドライアーが遠のく。
「赤井さん!いいですか!ドライアーの風って熱いんです!!」
良い年をした大人になんという説明をしているのか、と思いながらつづける。
どことなくしょんぼりとした赤井さんを前にすると、あまり言い募るのもかわいそうに思えてきて。
「___赤井さん、お風呂、入ってきてください」
私の言葉にきょとりとした表情を浮かべた赤井さん。
かっこいいのに、時折見せる表情はひどくかわいくも思えて。
「あがってきたら、ドライアーのやり方、教えてあげます」
促せば、赤井さんは少し急ぎ目に部屋を出ていって___5分くらいでお風呂からあがってきた。
早すぎません?
いそいそと座っていた私のそばにきて同じように座り込む。
「赤井さーん、髪びっしょびしょなんですけど?」
せめてもう少しふいてきてほしかった。
身長の関係から座った状態で赤井さんの髪をさわることは難しかったので立ち上がり少しだけ腰を曲げる。
しっとり、どころかびっしょりとぬれたままの赤井さんの髪にタオルで触れる。
じわり、タオルが水を吸収するのをゆっくりと触れることで促して。
ちらり、上から赤井さんをのぞき込めば、気持ちが良さそうに目を細める表情が見えて。
どくり
心臓がまた、音を立てた。
黙ったまま目を閉じるその人は彫刻のように整っていて。
けれどその隠された瞳の奥を私は知っていて。
この人が、ほしいなぁ
ふわり、浮かんだそんな考え。
なんて阿呆なことを、考えているんだか。
すぐさまその想いを打ち消して。
その顔から視線を逸らす。
タオルが吸う水分がだいぶん少なくなったのを見計らって、ドライアーの電源を、いれた。
突然の暴風に一瞬目を開けた赤井さんをそのままにしてゆっくりと指でかき混ぜていくその髪の毛。
しっとりとしたその髪はぬれている今でもクセがあるようで。
「・・・・・・赤井さーん?」
こてん、と落ちた首。
何事かとのぞき込めば、小さな吐息。
え、なに、この人ねおちたの?
こんなに無防備に??
わたしの、まえで?
ぞわりと、した。
こんなにも警戒心の強そうな男の人が。
まだほとんど関わってもいない女の前で寝落ちるだなんて。
「・・・・・・、ずるくない?」
どくどくと鳴る心臓の意味を知らないほど___無知ではなかった
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