あなたに贈る、メッセージ
会社説明会の帰り道。
普段足を踏み入れない場所に浮かれて、かわいらしいお店に、ドアが開いた瞬間漂ってきたコーヒーのいい香りに、目を奪われて。
頭の中で思い浮かべる財布の中。
連日の就職活動により、バイトでためたお金は湯水のように消えていっている。
交通費って本当にばかにならないんだよなぁ、と思いながら溜息。
それでもコーヒー一杯くらいの余裕は、あるか。
判断した瞬間、その扉を開けていた。
あけた瞬間濃厚に広がるコーヒーの香り。
あまり席数は多くなく、今も奥のテーブルに一人、新聞を広げて座る男の人だけ。
いらっしゃいませ、と穏やかに響く声。
胸一杯に香りを吸い込んで、ゆっくりと声の方向に顔を向けて___
思わず、固まった。
わー・・・・・・なんかいる
褐色の肌に柔らかく光を反射する髪。
大きめの瞳は私を映してふわり、目尻をさげた。
一言でいって、イケメン。
でもそれよりも目を引いたのは___
彼の後ろ、ふよふよとただよう一つの影。
宙に浮き寝っ転がるような形で気だるそうにあくびを一つ。
非常に人間らしい動作だけれど、私は知っている。
その体の向こう、壁に掛かったキッチン道具やカップが透けて見えるのを。
ふらり、体を動かしているけれど、その足は足という形態を成していないことを。
「どうかされましたか?」
かけられた声にはっとする。
危ない危ない、なんか見えたものに意識を持ってかれてた。
慌てて声の主に目をやってへらりと笑って見せた。
そうしてみせれば困ったように下がっていた眉が先ほどのように柔らかく戻った。
「お好きな席にどうぞ」
にっこり、人好きのする笑みに導かれ、あいているテーブルにつく。
まあもちろんその後ろにはふよふよと男が漂ってるわけだけれど。
一度キッチンに向かった店員はすぐに水とおしぼりを持ってきた。
微かな音も立てず目の前におかれたそれ。
褐色の腕をたどって顔を見上げればにっこり、笑顔。
近くで見てもイケメンで、近くで見ても男は漂ってる。
「ご注文が決まりましたらお呼びください」
そういって離れようとする店員にコーヒーを頼んで去っていく背中を見送る。
と、目が、あった。
ふよふよと漂う男と。
がっちり、目があって、そのままその男はにんまりと笑うと店員のそばを離れてそばに来て、ひらり、目の前で手を降ってくる。
人に見えないものが見える
その体質は昔からやっかいで。
今までの人生いろんなことに巻き込まれてきた。
幸いなことに、見えるだけの私はつきまとわれることはあっても、なんていうか、こう、取り付かれたり、だということが起こることはなかったけれど。
見えているときがついた瞬間から、つきまとわれる。
どういう経緯でその場所にいるのか、その人につきまとっているのか、懇切丁寧に説明してくれる。
ただし、声が聞こえるわけではなく、彼らも何かをもてるわけではないので、たとえばひらがな表だったり、
パソコンのキーボードだったりスマフォだったりの文字を指さしで教えるというなかなか高度な技術が要求される方法だが。
20年と少し、生きてきた結果、最近ようやっと関わらないという選択肢を選べるようになったというのに。
目の前の男は笑顔で、めちゃくちゃ手を振ってくる。
うっとうしい。
「お待たせしました」
男をすり抜けて現れた店員に礼を言いながらも漂う男はめげずに手を振る。
にっこり、笑顔の振りまきを怠らない店員は端のテーブルの男が立ったのを確認してレジに向かっていった。
香りを吸い込み一息ついて、ゆっくりと口に運ぶコーヒー。
目を閉じながら感じる深い味わいにほう、と息を吐こうと目を開けて___
「っげほっ、」
思わずむせた。
先ほどまで浮いていた男が気がつけば目の前のイスに座り込んででろん、と机の上に上半身を預けながら下からのぞき込んできていた。
「大丈夫ですか?」
レジを打ち終わったのか店員がおしぼりをもういっこ持ってきてくれた。
それに礼を言いながら大丈夫と返せばならよかった、とまた店員は離れていって。
じとり、目の前の男をにらむ。
よく見ればなかなかに整った顔立ち。
黒髪は短く、少し残された髭はファッションなのか、よく似合っていて。
なんだかんだ、にこにこと笑う表情はイケメン店員とどこか似た色を醸し出す。
整った呼吸にほっとしながらテーブルの上にスマホをおいた。
開けるのはメール作成画面。
打ち込むのは言葉。
___何の用ですか___
それを見て男はがばり、姿勢を起こしてスマホをのぞき込んだ。
彼の透けた指先がスマホ上のキーボードをたたく。
もちろん文字は表示されないけれど、言いたいことはわかるわけで。
___俺のこと見えてる?___
質問に静かにうなづいてみせれば、男はどことなくほっとした表情を浮かべて。
そこから始まる怒号の会話。
何で見えてるのかとか私が聞きたい。
触れないのって聞きながら私にふれてきたけれど残念。触れないから。
店員に聞かれないようにスマホで会話するから、
画面には彼の言葉に返事する私の言葉しか表示されず。
久しぶりに誰かと会話できてうれしかった、
彼はそう言ってゆっくりと後ろの店員をみた。
それにつられて私もその視線をたどればばちり、合う視線。
そっとそらして机の上のスマホをもう一度みた。
___一個だけ、あいつに伝えて欲しいんだけど___
続いてつづられた言葉。
意味の分からない言葉の羅列だけれども、頼まれたならば応えてあげたい。
そう思いながら鞄をひっかき回してメモを取り出す。
・・・・・・大学で配布されたロゴ入りのメモしかないけどまあいいか。
言葉をつづって、コーヒーカップの下に。
片づけるときに気づくだろう。
満足して顔を上げた。
ら、また目が合う。
きょとん、とどことなく幼い雰囲気を醸し出した店員
「いくつくらいなんだろう・・・・・・」
思わずつぶやいた私に対して目の前の男はそっとスマホを叩いた。
___29___
「はあ?!」
叫んだ私は悪くない、絶対に悪くない。
あんな顔して30間近とか認めたくない。
信じられない、だって、あれどうみても、幼い!!
絶対同じくらいだとか思ってたのに!!
「大丈夫ですか?」
いつの間にかキッチンにいたはずの店員はすぐそばにいて、心配そうにのぞき込まれた。
慌てて手を振って、とんでもないメールが来たからびっくりしただけだと伝えればそれならいいんですけど、との返事。
そのまま立ち去るのかと思い眺めていれば、そっと目の前に拳を出された。
「手を出してください」
にっこり笑顔で言われれば、従わないわけにも行かなくて。
そっと差し出した手のひらの上、開かれた手からこぼれ落ちてくる何か。
ころん、と落ちてきたそれは、たいした重さもなく収まって。
「・・・・・・飴玉?」
かわいらしいビニールに包まれたそれの正体をつぶやけば、くすり、と上から笑い声。
見上げればイケメン店員が口元に人差し指をたててほほえんでいて。
「就活に頑張るあなたに、プレゼントです」
どうして就活中だってわかったの?とか、聞けることは何かしらあったというのに。
今日みたなかで一番きれいな笑顔に、心臓はどっくんと音を立てるわけで。
「あ、りがとうございます」
真っ赤になってるであろう顔を自覚しながら必死で紡いだ言葉はふるえていて。
けれどそれを聞いた彼は満足そうにうなずいて。
「お会計お願いします」
逃げるように伝えて立ち上がれば店員が誘導するようにレジに進む。
言われた金額を支払いながらもう店員にへらり、笑ってみせれば店員も目尻を下げた。
これが29歳とか・・・・・・つらい。
後ろにふよふよ漂う男にちらりと目をやれば男も笑っていて。
その男が口を動かした。
___ありがとう___
伝えられたそれに、緊張していたからだがほぐされていく。
あなたの役に立てたなら、よかったよ。
そんな気持ちを込めて再度ほほえんで。
「頑張ってくださいね」
イケメンに言われたら頑張らずにはいられない。
早く就職決めて、ここの常連になりたい。
そんなことを思いながらありがとうございます、と返して。
「またお越しください」
ドアを開けると同時に言われた言葉。
振り返った先ひらり、手を振る二つの姿。
ぺこり、一度頭を下げてその喫茶店を後にした。
___スコッチが好きなのはわかるけれど、たまにはライも飲んでみろ。でも飲み過ぎには注意すること。___もう一回くらい一緒にバーボンを飲みたかったな___
机に残した紙が原因でイケメン店員に追っかけ回されるようになるなんて、この時は思わなかったけれど。
由貴様ツイッタ企画「threeping」に参加させていただきました。
「スコッチ」「秘密」「みえるひと」