幸福の定義






「はい!」

全力で手を上に挙げてよい子の発声
そうすれば、朝だというのに辛気くさい部屋の中にいた三人の男の目線が私に向く。

「なんだ?」

反応してくれるのは今ここにいる中で一番のりがよいスコッチ。
闇の組織に在籍しているにしては人当たりの良い明るい笑顔を浮かべていて。
それにつられて笑顔が滲む。

「かまくら作りたい」

びしり、指を指した先。
死ぬかと思うくらいに寒かった昨日。
一夜開け、眺めた窓の外。
まさしく一面の銀世界。
生まれ故郷は雪の少ない地域で、さらに言えばつもっても雪だるまを作るのがせいぜい。
こんなにも一面の銀世界をみたのは初めてで。
目にしたときから気分は急上昇だ。

「勝手にどうぞ」

にっこりとおいしくなさそうな笑みを浮かべてひらり手を振ったのはバーボン。
可愛い顔して様々な人の隙間に入り込み、ほしい情報を意のままに操り得る恐ろしい男だ。
ただし、現在進行形でもっこもこのダウンを身につけているあたり、その恐ろしさは半減しているが。
寒い、といいながら、さらにふわっふわのマフラーを首に巻こうとしている。
それ以上巻いたらバーボンだるまの出来上がりだな。

「___作るか」

黒いニット帽から伸びる髪は長く艶やかで、
見た目に反し、髪をくくったり触ったり、弄んだところで怒らない温厚な性格。
ただ目つきは最悪に悪いのでそれがすべてを台無しにしている感は拭えない。
彼からの返事はないだろう、そう思っていたのに、口元から紫煙を吐き出しながら、ライはつぶやいた。
ぽろっと落とされたそれに、俊敏に視線をむけたのはバーボン。
ことあるごとにライに敵対心を燃やす彼は、先ほどの自分の発言を省みることなく口を開いた。

「はっ、ライにかまくらなんか作れるんですか?」

もっこもっこのまま立ち上がり、ライにぎろりと視線をやりながらバーボンは言い捨てた。

「もちろん、作ったことはない」

それに対するライは冷静にそう返す。
まあこの見た目でかまくらめっちゃ作ってます、かまくらづくりのプロです、とかカミングアウトされても困るわけだが。

「ライは引っ込んでてください。」

そう言ってバーボンはゆっくりと立ち上がった。
___もこもこすぎてゆっくりしか立ち上がれなかった。

「外は寒いからな。このマフラーもまいとけ」

そんな彼らを眺めていれば、スコッチがかいがいしく外にでる準備を手伝ってくれる。
マフラーに帽子、もこもこのブーツにダウン。
手に着けられた手袋は動きやすいように、と五本指だ。

私に完全防備をしたところでスコッチは今の格好に簡単にマフラーと手袋だけをつけた。
寒くない?
その向こう、バーボンは耳当てを装着している。
着すぎじゃない?

ライはゆっくりとたばこの火を消して、黒いコートのボタンをしっかりと止めだした。
貴重な映像だ。
さらにはかぶっていたニット帽を外して奥の部屋に。
___出てきた彼の頭にはもこもこ度の増したニット帽があった。
え、なにそれ、はじめてみる、かわいい。
というか一緒に外に出てくれるんだ。

「さあ行きますか。」

わくわくともこもこを詰め込んでバーボンは一番に外に足を向けた。
それに続く私をスコッチはゆっくりとエスコートして。
ライは再度取り出したたばこを加えなおしながらゆったりと続く。

「ライなんかには作れないすばらしいかまくらを作り上げて見せましょう」

どうでもいいけれど、彼の口からかまくら、って単語が飛び出すとどことなく可愛い。



日本人だから、という理由でほうり込まれたこのチームは言われたとおり日本人で構成されていた。
探り屋として優秀なバーボン
コミュニケーション能力に長けたスコッチ
狙撃手としての腕が馬鹿みたいにすばらしいライ
超人が集まるこのチームに放り込まれた私は、まだ幼く、凡人で。
ついでに言えば、コードネームなんて与えられていないわけで、

それなのに、気づいたらこの場所に馴染んでた自分がいたんだ。






この場所を居心地よく感じていた私は___確かにここにいた。









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「かまくら、だねぇ」

目の前にできあがった雪の固まり。
こんもりと盛り上がった雪に、あけられた出口。

思いおこされる、あのとき彼らと作ったかまくら。

そのかまくらの記憶が、あのメンバー最後の楽しかった思い出。

___あれから、スコッチが諜報員だと発覚して、ライによって”始末”された。
そのライも同じように別の組織の人間だとわかり。
同じチームにいた私とバーボンは、しばらく監視の対象となったわけで。
監視からいち早く抜け出す方法は、至極簡単で。
でもまっとうではなかった。
バーボンに渡された毒薬。
コードネームを持たぬ私を切り捨てることで、バーボンの忠誠心を試す。


組織らしいそのやり方に、私は笑って、自ら、それを口に含んだ。

体中に走った痛みに、苦しさに、あのまま、死んでしまったと思っていたのに。


気がつけば、そこは知らないところ。
記憶はそのままに小さくなったからだ。
混乱する私をよそに、私を取り巻く環境は勝手に変化して。
気がつけば、とあるおうちに養子に入り、人並み以上の愛情をいただき___
今現在、とある喫茶店のアルバイターに絡まれ続けている。

現在もその延長線上。

珍しくも雪がたくさん積もった公園にて。
目の前、作り上げられたかまくら。
そのそばにすがすがしい顔でたつ、イケメン。
どうだ、とばかりにきらきらとした顔でこちらをみてくる。

「すごーい」

両手をたたいてほめれば、嬉しそうに頷く。
いやぁ、本当にかわいらしい人。

この人にとてもよく似た彼の最後の表情は泣きそうな物だったから、彼が笑っているそれだけで嬉しい。
彼とよく似てはいるけれど、もっこもこのダウンも耳当てもしていない。

「寒くないですか?」

聞けば、一度くしゃりと顔をゆがめて、そして、笑った。

「正直、寒いかな」

そういいながら、彼はかまくらの装飾に取りかかった。
___なにを言ってるのかわからないと思うけれど、私もわからない。
なんでかまくらにドアがついてるのかも、その端々にできあがっていく繊細な装飾も___
この人本当なんでもできるな。

「懐かしいですね」

さくり、足音と共に現れたのはめがねの男
ちらりとみれば、暖かそうな格好をしている。

「沖矢さんもかまくらつくったことあるんですか?」

沖矢さんから目を外してかまくらをみながら問えば、後ろにぴたりと温もりがくっついた。
暖かいそれに、すり寄れば、後ろの彼がしゃがむ気配。
それから囲うように腕が回されて。

首を後ろに回せばすぐそばに整った顔。
細い目が私を映して穏やかに笑む。

「ええ、かつて作ったことがあったことを思い出しまして」

懐かしむような色は、目の前の物に対してか___誰に、対してか。

「今思えば___あれを、幸福と呼んだのかもしれませんね」

ぽつりつぶやかれたそれ。
浮かび上がる情景。
彼らと共にあった、あの日々。

あれは、確かに記憶として私たちの中に。

「あのですね」

耳元に内緒話するように近づけば、そっと沖矢さんもよってくれて。

「私的には___あなた達と過ごす日は、いつだって特別な日で、幸せにあふれてたよ」

微かに開かれる瞳。
浮かぶ色は、確かに懐かしい彼のもの。

あの日々は、殺伐とした組織に所属していたあの日々は、つらかったけれど、それでも___

あなたたちと過ごせるだけで私にとって、毎日が特別な日でした。

それは、もちろん___

「沖矢さん、警察呼びますよ?」

にっこりとかまくらではなく、私の前に仁王立ちして見下ろしてくるイケメン。
非常に威圧感感じるそれにへらり、笑えばため息が返されて。

伸ばされた手、後ろの温もりが離れ、代わりに前に感じる熱。
イケメンにだっこされるとか、___ご褒美です。
高くなった視線に支えるために彼の肩に手をおいて。

「いいですか、得体の知れない大人にはついて行かないこと、約束してください」

言い聞かせるように、結構まじめな瞳で彼は言う。
ぺちょり、その頬を小さな掌で挟めばきょとんとした表情。
幼く見えるそれに、へらり、もう一度笑って。

「あのね、安室さん。もちろん、今だって、幸せ、なんです」

あなたたちにあえたこと、あなたたちに再び巡り会えたこと。
見開かれた瞳、喫茶店のおにいさんの仮面がはがれそうになってるけれど、私しかみてないから。
ぺちぺちともう一度頬をたたく。

あのころとは違うけれど、それでも、またあなたたちに、あえたこと。
ここに、彼が___彼がいれば、さらに、

「おにいさん、ロリコン?警察呼んじゃう?」

知らない、はずの、第三者の声。
でも、なぜか、私は、彼は、彼らは、その声がどんな表情を浮かべているかを知っていて___
おそるおそる向けた視線の先、へらりと笑う一人の男。
みたことがない、しらない、といわないといけないだろうに。

体が子供になったのにつられて、中身もおそらく幼くなってるんだ。
だから、これは、悪くない。


「ほら、今日だってやっぱり特別な日、でしょ」


彼の笑顔にぽろり、涙がこぼれた。




___あなたたちと過ごした毎日は、あなたたちと過ごすであろう毎日は、いつだって特別で幸せな日々だから___





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由貴様夢企画「threeping」 「幸福 特別な日 しろ」DC夢、変換なし 。ライ、バーボン、スコッチとかまくらをつくったお話


この夢主はなんだかんだでなにもできないので、スコッチさんはたぶん赤井さんあたりが頑張って助けた。
組織にいたのはたまたま捨てられてて、組織の人間に拾ってもらって、ちょうどいいから日本人組に放りこんどけみたいな。
安室さんは夢主に薬を飲ませる気なかったのに、あっさり夢主が飲んだからお怒り。
それでも、責任を感じてるのでずっと大事にする予定。

ばれてるけど、ばれてない。
ばれてないけど、ばれてる、みたいな曖昧な状況だと思われます。

夢主は彼ら三人にとってろうそくみたいなほのかな光であればいいなぁ。

おつきあいありがとうございました