小さな頃あこがれたきらきらした正義の味方。
ふわふわのスカートに、かわいいアイテム。
そばには頼りになる仲間と、助けを求めてきた小さな妖精さんがいて。
自分は特別な存在だと、そう思うには十分な世界。
将来の夢は?
魔法少女になりたい!!
そんな夢みたいなことを言える年齢はとうに越してしまったけれど。
それでも、叶わないとわかっていながらも心の底、どこかで持ち続けている願いでもあって___
正義の味方として悪の組織と戦うよりも先に、今の私には仕事という大きな敵が立ちふさがっているので、夢見るのも程々に生きているわけだけれど。
今日の敵は手強かった・・・・・・
なんとか飛び乗った終電。
最寄りの駅は田舎なため電気も少なく。
精神的に、気力的にぼろぼろな体を引きずりながら目指す我が家。
と、街頭の下。
にゃーにゃーと鳴く猫の群。
何事かと近づけば、私に気づいた猫たちは一斉に逃げていったけれど。
その中、うずくまったまま動かない、何か。
ゆっくりとそばに行けば、そこにあったのは___ぬいぐるみ。
ぼろぼろになっているけれど、ただのぬいぐるみだった。
いつもであれば放っておくというのに、今の自分と同じようにぼろぼろなところに親近感を抱いてしまって。
そっと掌ですくい上げて家に連れてかえることにした。
家に帰ってすぐにわかしたお風呂にそのぬいぐるみを持ち込む。
ゆっくりと湯船に体を沈めながら手桶にお湯とぬいぐるみを放り込んで。
ぎゅぎゅ、と一度洗えば、透き通っていたお湯が一瞬で黒くなった。
「わー、まっくろ・・・・・・」
何度かお湯をかえて、洗剤でそれをごしごしと洗えば出てくる汚れ。
これは綺麗にしなければ、と謎の使命感に狩られて、自分の体を洗うよりもずっと丁寧に時間をかけて洗ってしまった。
風呂から上がってドライヤーでそれを乾かしていれば___事はおこった。
「ぬぬい」
そんな言葉が聞こえてきたのだ。
何事かと辺りを見渡せど、なにも、ない。
唯一いつもと違うのは手元のぬいぐるみ、だけ、で___
「___ぬぬい!!」
ゆっくり見下ろした先、ドライヤーの風をまっすぐに受けているであろう、ぬいぐるみ、が、
「ぬぬい!」
手を挙げて、何かを叫んだ。
え、なんで動いてんの、これ。
「ぬぬぬい!」
さらには口なのか、その場所は、にこやかに半円を描くその口っぽいところから声みたいなのが聞こえてきた?!
「ぬーい!」
いや、まって、何言ってるかわかんない!
混乱したまま立ち上がれば、ドライヤーのために膝に乗せていたそのぬいぐるみがころんと転げ落ちる。
ああ、ごめん、でもどういうこと?!
何とか起きあがったぬいぐるみが必死に私を指さして何か言ってくるけれど、残念、何言ってるのかわからない!
両手を上に上げて必死でなにかを訴えてくるけれど___
ごめんね!ぬいぐるみの言葉は、私わかんないんだ!!
混乱のままおでこっぽいところを押してみれば、こてん、とその生物は後ろに転げて。
あ、なんかかわいい。
「ぬぬい!」
怒ったように声があがるけれど、残念。
やっぱり何言ってるかわかんないんだって。
必死にのばされたその丸っこい手に人差し指を押しつけてまた転がそうとすれば___
”まったく!契約するのにどんだけ時間をかけるんですか!”
頭の中に突然響いた声。
しかも結構いい声で。
え、何今の。
きょろきょろあたりを見渡せど、だれもいない。
強いて言うなら目の前のこの生物しかいない。
”何をきょろきょろしてるんですか!目の前!目の前ですよ!”
ぬぬい、ぬぬい、動くそれがどうやら発信源、のようだけれど___
「まっさかぁ・・・・・・」
つぶやけば、そのぬいぐるみは、
むっとした表情を浮かべて。
目の前にあった私の手をたたた、と駆け上り始めた。
地味に怖い。
そのまま私の首あたりまで上ってきた生物は___
ちゅ、と可愛らしい音を立てて唇をうば___うばわれた?
見知らぬ、生物に??えええ?どういうこと???
理解しきらぬうちに、ぼん、と音を立てて目の前が煙に包まれる。
そこから現れたのは___褐色の肌。
ミルクティー色の髪。
綺麗な瞳。
先ほどのぬいぐるみによく似た色彩を持つ男で。
「これで信じてくれますね?」
めっちゃいい声で、めっちゃいい笑顔でその男は言った
「僕と契約したんですから、魔法少女になってもらいます」
にっこり笑顔のはずなのに、なんというか、非常に怖い。
かさり、どこから出したのか目の前にはA4サイズの紙が広げられて。
「契約内容はここに___ありますが、先ほどので契約は成されたので、読んだところで契約は覆りませんので。一応内容としてお伝えしておくところは、戦う相手は黒の組織。勤務日数は呼び出された分だけ。いつ奴らが現れるかわかりませんので、休日はないものと思ってもらった方がいいかと。いいですか?いいですね」
どこの悪徳商法だ!!
口を挟む暇も貰えず、ずずい、と目の前に書類が押し出された。
「___さ、書面上でも契約をお願いします」
にっこり笑顔のイケメンに、だまされて___あれよあれよと契約を交わされ、四六時中呼び出されて、黒の組織と戦うことになって、よく似たニット帽のぬいぐるみが現れたり、めがねの蝶ネクタイの子供が死んだような眼で私を仲間だと泣きついたり___そんな風になるまであと数日。
私、魔法少女にはあこがれていたけれど___こんな強制的魔法少女にはなりたくなかったんだけど!?