酒は飲んでも飲まれるな!













「あのね、れえさん」

舌っ足らずな声で

「ぜろ、ってことは、すべてがないんじゃないですよ」

ふわふわとした定まらない視点で、

「ぜろって、すべてのはじまりなんです」

赤らめた頬で、

「すべてのしゅうちゃくてんで、すべてのしゅっぱつてん」

甘やかな瞳に俺を映して

「れえさんはすべてをもってるってこと、なんです、よ」

彼女が発した言葉に、心臓全てをつかまれたような、気がした。












「安室さん今日もめっちゃかっこいい〜!」

ポアロに響く甲高い声。
他に客はいないので、邪魔にはならないけれども、その声の方向に視線を向ける。
ぱちり、かち合った視線に彼女は一度、二度、瞳を瞬かせて、ふにゃりとうれしそうに笑う。
茶髪の中、一部だけ染められた髪は金色。
見た目は派手な彼女だけれど、食べる仕草はそれとなく綺麗で。
軽い口調の割に言葉の端々に知識が感じられて。

誰かの変装にしてはお粗末だけれど、どことなく疑いのもてる彼女を野放しにできるような、僕が今ついているのはそんな安全な仕事ではなく。

「梓ちゃん、いいなぁ〜、こんなイケメンさんと一緒にお仕事できるなんてぇ〜」

梓さんの友人、そう称して現れた彼女。
初対面のはずの彼女は僕を映して、一瞬泣きそうに瞳を揺らした後、驚くほど綺麗に笑った。

___はじめましてぇ〜!梓ちゃんの友人です〜!!___

きゃらきゃらとした軽い声が、態度が、仕草が、全てを台無しにしたけれど。


「あなたも一緒にここでバイトしますか?」

音を立てずに頼まれたコーヒーを彼女の前に置いて。
にっこりと安室透の笑顔で笑ってみせれば、彼女は虚を突かれたように瞬いて瞳を伏せる。

そういった動作、一つ一つすら、彼女を疑う要素となり得るというのに

「えぇ〜?いいんですかぁ??あ、でもぉ私あんまり時間なくてぇ〜」

すぐにこちらを見上げてきて、くるり、自身の髪を指に絡ませて。

時間がない、といいながら彼女はこのポアロに通い続けているのはどう言い訳する気なのか。

「う〜ん、でもぉ安室さんと一緒にアルバイトは、してみたいなぁ・・・・・・?」

悩む仕草を見せるくせに、その心は決まっているのだろう。
こちらをまっすぐにみてくる瞳が揺らぐことは、ない。

言動も行動も、頭の抜けた女子大生のように振る舞うくせに___

すべて、この瞳が台無しにしているといっても過言ではない。

こちらが驚くほどのの意志を定めたその瞳は、どんな表情を浮かべようと、どんな行動をとろうとも、決してその意志を違えることはない、と言い張って。

「そうですか・・・・・・僕ももう少しあなたとお話ししたいと思ってたんですが・・・・・・」

ぴしり、僕の言葉に彼女は固まる。

そばにいた梓さんが驚いた瞳で僕をみていて。

「え、安室さん、それって・・・・・・!」

きゃー!と梓さんが声を上げるその横で、笑顔のまま固まる彼女をまっすぐに見つめて

丁度良い
そろそろこの中途半端な腹のさぐり合いにも飽きたところだ

「もっとあなたのことを知りたいんです」

彼女の机に手をついて、そっと上からのぞき込むように。
彼女が一番弱い表情を作って見せて___

「___よければ、今日の夜一緒に飲みに行きませんか?」

お酒にあまり強くないことは、調査済み。
最終的には寝落ちてしまうことも。

そして、起きたとき、記憶が曖昧なことも。



そろそろあなたの謎を、解き明かしましょうか






一般的なレストランで食事をして。
そのまま向かったとあるバーにて。
ただ、飲みながら話を交わしつづけるには限度があるもの。
だからこそ、提案しただけだった。

「ゲームを、しましょうか」



一杯グラスを空けるごとに、相手に質問ができる、と。
その質問には嘘偽りなく、答えること、と。

嘘で塗り固められた僕には皮肉な内容ではあるけれど、安室透にとっての真実を話すだけだから。

昼間、ポアロで目にする時とは違い、暗い照明の下ではひどくおとなしく___大人びて見える彼女。
そんな彼女を横に見ながら取り留めのない話を交わす。

「何を飲みますか?」

「安室さんは何飲むんですぅ?」

いつもよりも控えめな、それでもあっけらかんとした声で、彼女は聞き返す。

「もしなんなら、僕があなたの飲むものを___選んでも?」

それに対してふにゃり、笑って彼女は頷く___と思ったのに

「じゃぁ、私はバーボンロックでお願いしまぁす!安室さんは___ライ、でどうですかぁ?」

にこにこと笑顔を浮かべながら、こちらに聞いている、というのに、その言葉は目の前のバーテンダーに向けられていて。

バーボン
ライ

まるで計ったかのようなその選択に、一瞬だけ、口をつぐむ。

「僕はどうせならライよりスコッチのほうが好きですね」

そっと横から口添えしてライを変更させて。
バーテンダーが静かに用意しだしたのを楽しそうに眺める彼女。
瞳は暗い店内でもきらきらと輝いて見える。

「バーボン、お好きなんですか?」

そんな彼女を眺めながら問いかければ、くるり、こちらに視線が向けられた。

「だぁいすき、なんです、ほかの、何よりも___バーボンが」

心から、そう思っている。
そんな表情で、口調で、仕草で。

お酒に向けられている感想だというのに、一瞬動揺しそうになるくらいにはそれはまっすぐに僕に向けられていて。

「安室さんは、ライはお嫌いなんですかぁ?」

お返し、とばかりに帰ってきた返事。
”ライ”深い意味を持たないであろう問いかけだというのに___

「大嫌いですね、この世界で何よりも」

思わず、そう返してしまった。

「まぁ好き嫌いは人それぞれですよねぇ〜」

からからと笑いながら彼女は出されたロックグラスをこちらに傾けた。

「安室さんと〜お酒が飲める”奇跡”にかんぱぁい!」

言うや否や___

「、ちょっと!!」

ぐぐい、と一気に飲み切りやがった。
ダン、と机にたたきつけられたグラス。
カラン、氷だけ残ったそれが音を立てて。

「おにぃさん、もういっぱい〜」

へらり、楽しそうに笑って言うと、彼女は俺を見上げてきた。

「一つ目の質問いいですかぁ?」

___これは、もしかしなくて、まずいことになった、か?




と、思った数十分前の自分の肩をたたきたい。

すきな食べ物、きらいな食べ物
休日の日の過ごし方
今までの探偵業で一番驚いた話

だされるお酒をぐいぐい煽る彼女。
飲み干す度に向けられる質問はひどく簡単な、それこそ雑談のようなものばかり

ゆっくりとしたペースでそれに答えながら酒を流し込む。

もうすでに呂律が危ないが___大丈夫だろうか。

落ちてしまう前に、とりあえず聞きたいことを聞いておかないと。

ぐい、とグラスに残った一口を煽り、それを彼女の前に見せて。

「次は、僕の番、ですね」

机に頬杖をついて、彼女を下からのぞき込むように、首を傾けて。

「僕の、”何”を知っているんですか?」

本当はいくつか前置き代わりの質問を考えてはいたけれど、それを問いかけている間に彼女が眠ってしまっては本末転倒だ。

まっすぐに彼女を見つめて問えば、同じようにまっすぐとした瞳がこちらに帰ってきて。

赤い頬
とろりとした瞳
上下する肩
緩慢な動作

すべてが彼女を酔っていると指し示しているというのに、その瞳だけは相変わらず濁る様子など見せず。

「あむろさんのこと、ですか?」

舌足らずな声で。
でも、どこか、常とは違う、話し方で

「しってますよ、いーっぱい」

先ほどまでのけらけらとした笑い方ではなく、どことなく大人っぽく見えるような、穏やかな笑い方で。

「___例えば?」

僕の低い声に反応することなく、彼女は穏やかなまま言葉を続けた

「あむろとおる、さん。もうりたんていの助手でポアロのあるばいたー」

そういうことが知りたいんじゃない。
それでも、彼女の言葉を聞き続ける。

「やさしくて、かしこくて、つよくて、___まもるべきものを、みあやまらない、ひと」

___護るべきものを、見誤らない___
その言葉の真意が掴めずに眉をひそめる

「だいじなもののために、ほかをうしなっても、けっしてそのしんねんをまげない、つよいひと」

なにを、しっている___?
彼女は、いったいなにを、知っている?

ぐ、と距離をつめる。
彼女の言葉を聞き逃さないように

「たくさんの顔をもって、つかいわける、きようなひとなのに、じぶんのこころがきずついているのに、しらないふりをしちゃう、ぶきような、ひと」

その腕を思わずつかんだ。

「なぜ、其れを知っているんですか」

いくつもの顔を使い分けていると、なぜそのことを知っている

強くなった語尾。
圧迫感を与える腕。

睨みつけるようにその瞳を射すくめる、というのに。

目の前の彼女はやっぱり笑うだけで。

「それは、ふるやれいさんの、眼、なんですね」

降谷零、さん


___彼女は、黒か


口元に人差し指を当てる。
それ以上しゃべるな、と伝えるように。
耳元に口を近づけて、ささやくように。
端から見れば、ねらっている女性を落とすような距離感で

「なぜ知っているのか、答えてくれますよね?」

「あむろさん、つぎのお酒のみきってないですよ〜?」

冗談めかして言う彼女の持っていたグラスを強引に奪い飲み干す。
ダン、と机にたたきつけた空のグラス。

「これで答えてくれますよね」

それに対して彼女は緩慢に首を傾けて。

「うーん、むつかしいん、ですよね」

と宣った。

「しってるのは、しってるから、としか、いえないんですけど___」

ゆるやかな口調でそういった彼女はそっと下を向いて。
今まで聞いたこともないほど静かなトーンで答えた

「でも、しってるだけ、なんです。わたしには、なにもできない。できな、かった」

ばくはつも、かんらんしゃも、すこっちさんも、ぜんぶわかっていたのに、わたしじゃできること、なくて

まもろうっておもったのに、まもらなきゃっておもったのに、まにあわなくて、とどかなくて、」

ばらばらな言葉たち。

支離滅裂なその言葉に、意識を持って行かれる。


爆発
観覧車
スコッチ

それら、すべてを、僕は良く知っていて

なぜそれを、知っているのか、それを聞かなければいけない、はずなのに。



「ごめんなさい、まもれなくて。」


まっすぐに僕を見て、告げる彼女に言葉が発せなくなった。

「ごめんなさい、れいさんの、だいじなひとたちを、たすけられなくて」

彼女の手が、僕の頬に延びて。
白いその指が、僕の輪郭をなぞる。

それに促されるように、口が、開いた。


「うぬぼれるな。たとえ君が何を知っていても、君ごときに護られるほど簡単な世界で俺たちは生きてはいない」

何を知っているか、まだ知らないけれど。
なぜ知っているか、明確な答えはないけれど。

それでも、いえる。


この身に、俺の周りに起こったことは何一つ、君のせいではない、と。


「皆が皆、覚悟の元生きている。その信念を、君に曲げられるようなそんな生き方はしていない」

そう、たとえ、たとえすべてを失っても、俺の名前の通り___

「すべてがゼロになったとしても、俺は___」

俺の言葉を聞いて、彼女は大きなその瞳を、瞬かせて。
くしゃり、表情をゆがめた。

「あのね、れえさん」

舌っ足らずな声で

「ぜろ、ってことは、すべてがないんじゃないですよ」

ふわふわとした定まらない視点で、

「ぜろって、すべてのはじまりなんです」

赤らめた頬で、

「すべてのしゅうちゃくてんで、すべてのしゅっぱつてん」

甘やかな瞳に俺を映して

「れえさんはすべてをもってるってこと、なんです、よ」

彼女が発した言葉に、心臓全てをつかまれたような、気がした。

こてん、と預けた肩の細さ。
体に触れてくる手の小ささ。

この手が、この体が、あいつらを護ろうとしたのだと

俺の心までも、すくい上げているのだと。



気づいて、しまったから



「れいさん、いっこ、さいごに、いっこだけ・・・・・・わたしのこと、きらいじゃない?うっとうしいって、おもって、な、い・・・・・・?」


途切れ途切れの言葉の末、耳元で響く穏やかな音。

すっかり酔っぱらって眠り込んだ彼女を支えて抱き上げて。

その柔らかな目尻に唇を一つ。



謎を抱える彼女を疑って、あわよくば距離をとらせようと、そう思っていた数時間前。

それがどうだ。

今、この彼女と離れがたく思っている俺がいる。

常のあの性格も、作り上げたものだろう。

先ほどの眠る前の彼女が、きっと本当の彼女で。

腕の中。あどけない表情を浮かべる彼女。


まだ、十分時間はある。

どこまで何を知っているのか、どうして、知っているのか。



もう少し彼女に近付いてからでも、遅くはないだろう




















大好きな、人だった。

画面の向こうで紙面の上で。

彼の元にいけたならば、彼を一人にしないと、そう言える相手になりたいと。

私がいるから一人じゃない、そう思ってくれるような関係性になりたいと。


そんな叶わない願いを抱き続けて。



ある日、気がつけば、ぽん、とこの世界に放り出されていた。



以前とは違う両親

異なる地名

それでも、確かに私の中にはこの世界で生きていたような、そんな記憶があって。

けれど同時に、この世界を文字に、マンガにしるされた記憶もあって。



念願の彼に会えるかもしれない。

気持ちが高揚したのは、一瞬。

この広い世界で、たった一人を見つける難しさはよく知っている。

日夜過ごすごとに薄れていく記憶を、自分が一番実感している。

それでも、諦めたくは、なくて。


突飛な行動をとることの増えた私を両親は驚きながらも見守ってくれた。

そんな性格だと思いこませるように、頭の緩い子のような、そんな風を装って。


本当は、彼が一人になってしまう原因を___

失われてしまう彼らのことを、助けたかったけれど。


爆発事故を知ったのは、テレビの中で。

私はその日、キッチンでケーキを作っている最中だった。

観覧車事故がその時から数年後だとわかってはいたけれど、

正確な時間も、場所も曖昧なまま。


それでも諦めきれずに動いた先、目の前で観覧車は爆発した。



ああ、やっぱりあの人は、強くも弱い、”ゼロ”の名前を抱く彼は、傷つくことしかできないのか




こっそり通い出した喫茶店。

看板娘の梓ちゃんと仲良くなって、常連の名前を手に入れて

そうして、満を期して出会った、降谷零さんは___安室、透さんは、



びっくりするほどかっこよかった。



通い詰める私を不審そうな眼で見ながらも一瞬でその色を隠してしまうような、そんな器用な人

あの頃思っていたような甘い願いなど叶わないと知っているから、知っていたから、

ただ、イケメンの店員さんをキャーキャーと眺める、一人のお客のままでいよう、そう思ってたのに。

それは、本当に突然だった


「そうですか・・・・・・僕ももう少しあなたとお話ししたいと思ってたんですが・・・・・・」

秀麗な眉をひそめて、どこか甘やかな色を醸し出して

「もっとあなたのことを知りたいんです」

私の机に手をついて、そっと上からのぞき込むように。
私が一番弱い表情を作って見せて___

「___よければ、今日の夜一緒に飲みに行きませんか?」



そんなお誘いのらないわけがなかった。



レストランでご飯を食べて、そして連れて行ってもったバーで。

何を飲むか、
頼んでも良いか

その問いに、なんかもう疑われてるのはわかってるし、私に安室さんの追及をかわせるはずがない。


ならばもう、初っぱなから諦めていこう。

そう思い選んだウィスキー

”ライウィスキーは嫌い”そう豪語したことにかすかに笑って。


あなたと飲める”奇跡”その意味をきっとあなたは知らないままだけれども


ぐい、と煽ったお酒。

正直強くはないけれど、それでも、素面のままで話を聞けるような、そんな度胸はなくて。

安室さんの日常を、日々を、辿るように
問いかけていけば、彼はちゃんと、”安室”さんの答えをくれて

彼の言う、うそをつかないゲーム、がすでに成立していないことを私が知っているとは、この人は知らないわけで。



ふわふわとした意識の中、彼が真剣な表情で問いかけてきた言葉を最後に___




正直、記憶がない

何をしゃべった、あの日の私!!

あれ以来、安室さんの態度がころっと、変わった。

優しい、というよりも、私に気を許している、ような。

私を見ると瞳が柔らかくなる

私と話すことを楽しそうにしてくれるようになった。

甘い声で、柔らかな表情で、力強い腕で。

私に接してくれるようになった。


「ええとぉ、安室さぁん?」

「なんですか?あなたから話しかけてくれるのはうれしいですね」


あの日、絶対何かしゃべったんだろうけど!

記憶に残ってないんです!!


「私!あの日、なにかやったんですかぁ!?」

「、まさか、覚えていらっしゃらないんですか・・・・・・?」

目尻をさげて寂しそうな表情を浮かべて。

そんなイケメンの切なげフェイスにぎゅう、と胸が痛くなる。
私本当に何したんだろう!?

「ご、ごめんなさぁい、記憶が曖昧、でぇ・・・・・・」

「___あの熱い夜を覚えていないなんて・・・・・・ひどい人、ですね」



店内に沸き上がる黄色い悲鳴。

梓ちゃん、そんなきらきらした目で見ないで!?

そこの小学生、愕然としないで!?

女子高生、顔を赤らめないでぇええ!!

ちょ、安室さん、かんっぺき笑ってるじゃないですかぁ!




ぶわりあがる熱を隠すように机に突っ伏して心の中で叫んだ。



あの日の記憶まじでかえってきてぇえええ!!!












※※※
あえて緩い話方をする子を書きたかっただけなんです……
本当は救済できたバージョンで書いてたんですが、最後まとまらずこっちになりました
皆様の素晴らしいお話ですくって……爆処とか、すこっちさんとか、たすけたげて……ゆめみたい……
ありがとうございました