それはまるで
「ぐ、届かぬ・・・!」
薄暗い室内。
窓から射し込む日はてっぺんなどとうにすぎ。
現在夕焼けこやけが流れてきそうな茜色。
烏が鳴いたらかーえろ
そんなことができていた小学生に戻りたい___否、小学生までは戻らなくてもいいか。
思考は迷子になりつつも、体はぎしぎしとすでに限界を訴えている。
精一杯のばす腕。
足はまるで生まれたての子鹿!
ぷるっぷるする!!
だというのに目的のものにかする気配もみせない。
「、んで、こんなたっかい・・・!」
正直、わかっていた。
脚立に立っていても届かないことは明白だった。
もしかしたら、自分には知られざる力があるかもしれない。
もしかしたら身長のびてるかもしれない、だなんて淡い期待を抱いた私が悪かった。
でも、言いたい。
だれだこんな高いところに資料しまったのは。
だれだこんな高いところにある資料をもってこいって言ったのは!
頭によぎる、褐色の肌、光のあたり具合によって色を変えるミルクティー色の髪。
年齢不詳にみせる顔。その顔面偏差値は非常に高い、あの童顔め!
あの綺麗な顔をぺちぺちと資料でしばきたい!!
また迷子になっていた思考。
それが原因だろう、ぐらり、突如として頑張ることを放棄した足が、ゆれた。
視界が、ぶれる。
あ、落ちる
冷静な思考はそれだけを認識。
咄嗟に体は動くけれど、ここは所狭しと資料が並んでいて。
受け身とか、無理。
早々にあがくのをあきらめた体は固い地面に打ち付けられるのを___
「何やってるんだばか!」
暖かい何かに遮られた。
見上げた先、褐色の肌。
いつもは鋭い瞳はどこかあせった色が見える。
でもそれはたぶん気のせい。
地面とこんにちはを防いでくれたのは今回の原因でもある上司なわけで。
「何って、上司に頼まれた資料を取りに来てただけですけど?」
今の状態を一言で言うなれば、お姫さまだっこ、というやつか。
残念ながらそれに夢見る年頃も、夢見ていられる現実などないともう知っている。
「あまりにも遅いから様子を見に来てやった上司に言う言葉がそれか」
「自分で来るなら私に頼まないでくださいよー。私だって暇じゃないんですよー。」
私の言葉に上司は大きな溜息。
失礼な。
任された仕事は確かにこなしたい。
しかしながらそれは自分の力の及ぶ限りの話なわけで。
この資料室の中、一番高い脚立を使った。
公安という特殊な部署柄、他の誰かに頼むわけには行かない。
その結果が今である。
今回は、私は悪くないはずだ。
私は悪くない、そんな表情で上司を見つめ続け、れ、ば
そっと視線を逸らされた。
目元を手で覆って、溜息をはいて。
「___すまなかったな」
上司からの珍しい謝罪。
お、と思いながら隠れた顔をのぞきこむ。
そして、気づく。
その目が笑っていないことに。
「部下の身長を知っていたにも関わらず、届かないであろう場所に置かれた資料を取りに行かせた、これは俺の落ち度だな」
にっこり、音がでるほどよい笑顔。
あ、なんかいらんスイッチおしたっぽい。
そうは思っていても、がっちりと体は支えられたまま。
逃げだそうにも彼の後ろに出口はあって。
ああ、長い小言が始まるだろうな・・・
遠い目をした私を咎める声がまた響いた。
※※※※※※
「ってことがあったんですよー!」
浮かぶのは数時間前の上司の姿。
落ち掛かっていたところを受け止めてもらった、その事実など、落ち掛かるような資料を取りに行かせたことで相殺されている。
それどころかその後に長々と続いたお小言がでマイナス一直線だ!
訴える先、見慣れた自分の家のソファに深く座りグラスを傾けるニット帽の男。
からん、涼しげな音を立てるグラスを満たすウィスキー。
くつり、笑い声はこの人のもの。
「つまり?」
「あんの上司人の身長が低いことわかっててあえてあんな高いところの物取らせたに決まってんですよ!」
あの資料室の時間がなければ、今日は定時に終わって、大好きな人ともっと早く会えていたというのに・・・!
そう、落ちたことよりも何よりも、滅多に会えないこの人にあう時間を削られたことが、つらい。
ちらり、視線を向ければ、切れ目の隈のある瞳がこちらをまっすぐに見ていることに___熱が、あがる。
___きっと、私が想うほどに彼は私を想ってはいないけれど。
それでも、その瞳が今現在私だけを写していることにどうしようもない満足感を覚えて。
怒りのゲージがじわじわと下がるのを自分で感じた。
「俺としては、君が落ちなかったことを喜びつつ、助けたのが男、というところが引っかかるわけだが?」
この人の言葉一つで一喜一憂して。
簡単に期待を持たせる言葉を選んで。
会う度に、話をする度に、時を過ごす毎に、想いは、気持ちは膨れ上がる。
___彼との想いの差は、縮まることはないのだろうけれど
ぐちゃぐちゃの想いを隠して、醜い感情を濁して、笑う。
「男?あれはクッションですよ。しゃべる機能とお小言機能が充実した筋肉質で柔らかくも何ともない気持ちよくないクッション!!」
「安室君もかわいそうに」
「なんですか!赤井さん、あの上司の肩持つんですか!」
ひどい!味方だと思ってたのに!
そう言いながらそっと彼の横に腰を下ろす。
背中から彼にもたれ掛かるようにソファの上で足を引き寄せて縮こまる。
そばに感じる温もりはいろんないらだちを、感情を、優しい色に変えてくれて。
どろどろとした浅ましい想いを、白く透明な物に変えていく。
ほっと一つ息を吐く。
身長が高い彼からすると、一般女性に比べても比較的小柄な私はとても小さくて。
お互いの仕事上一緒に出かける、なんてことできた試しがないけれど。
それでも並んで歩けば兄妹みたいに見られるに決まっていて。
しかも彼は外国育ち。
向こうにはぼんできゅでぼんな女の人がたくさん居たに決まっている。
なんでこの人が私を選んで側に置いてくれているのか、全く持って理解できない。
おとなしくなった私に対して、またくつりと笑う声。
くしゃり、頭の上に温もりを感じて。
頭を動かして彼をのぞけば、穏やかに瞳をすがめているのがみえた。
ばっくん
心臓がとてつもない音を立てる。
彼が私を選んでくれた理由は全く持って理解はできないけれど、この人の感情を嘘だと思いたくない、そうなるほどに私はこの人に想いをむけてしまっていて。
私が彼に向ける感情と、彼が私にくれる感情は、縮まらないほど明確な差があるのは知っている___のに。
「俺は自分仕事に誇りを持っているし、今の生活に不満はない___」
低く響く声。
耳になじむ愛しい声に、向けられる温もりにすり寄る。
「だが彼が少し羨ましいな」
この人が放つには珍しい言葉。
どういうことかなでられたまま首を傾けて問えば、赤井さんの手は私の喉元に移動した。
「君と物理的に距離が近いことはもちろん、君の会話にはいつだって彼が登場する」
なでるようにあやすように、人体の急所であるその場所をなでられたところで相手がこの人で会れば気持ちいい以外の感想はない。
「それは、俺では縮めることのできない距離だ」
ごろごろ、自分が猫になったような気分を味わいながら続きを聞く。
「これから先も、君に危険が迫ったとき俺はそばにいれないことが多い。その間に彼が君を助けて___その結果、君の気持ちが彼に向かないとも限らないだろう?」」
その言葉を聞いた瞬間、思考回路がストップした。
今、この人はなんて言った?
なんだかすごく、弱気なことを、言わなかった?
じわじわと、わき上がるのは喜び。
これは、つまり、控えめに言っても嫉妬されていると、そう思ってもいいんだろうか。
もしかして、私が思っているよりもずっと、この人は私を想っていてくれるんだろうか。
うぬぼれてしまいそうになる。
大人なはずのこの人なのに、縮まらないと思っていた、この距離に。
私が思っていた差は、思ったよりも小さいみたいで。
「私がどきどきするのも、顔が赤くなるのも、一緒にいたいって、そう思うのも、赤井さんだけなんですけど」
まっすぐに赤井さんを見ていえるほど、素直じゃないけど。
でも、今これを伝えないと後悔するって、わかった、から。
ちょっとだけ顔をそらして。
それでも、この人の顔を見ていたくて。
「___そうか」
花が開くような、そんな表現はこの人に似合わない。
言うなれば、
窓の外、
雨上がりに差し込む光のように柔らかく
茜色が闇に染まるその狭間の色を携えて
明け方の霜が降り立つ時間のように穏やかに
そんな表情で、この人は笑った___
「じゃあ、もういいか?」
その表情に見とれていた私にぽつり、落とされた声。
疑問文のはずのそれは、決して答えを求めるわけではなく
ぼおっと赤井さんを見つめる私の脇に手を入れて。
ひょい、とばかりに軽く持ち上げられた。
そのままおろされるのは、今まで二人で座っていたソファの上。
彼の温もりが残るままのそこに、そっと___
「ちょ、ちょっとまって!?赤井さん?なんで押し倒してんの?!」
自然な流れで行われたそれに叫んだ私。
なにを今更、と言わんばかりの表情で首を傾ける赤井さん。
「物理的にもっと距離を縮めてもいいころだろう?」
その一言と同時に手のひらをつながれて、ソファに押しつけられた。
「私赤井さんが今まで相手してきたであろう女の人たちみたいにぼんきゅぼんじゃない!絶対がっかりする!」
近づいてくる秀麗な顔に焦りながら叫んだそれも、彼にとってはなんの障害でもなく。
「安心しろ、俺は君の体を目当てに好きになったんじゃない」
「なにそれ!複雑!!」
すっごい微妙な言葉。
これはもの申さずには居られない!
「君であれば、なんでもいい」
「まって、聞きようによっちゃめっちゃ失礼じゃないですか!?」
混乱する言葉ではこの人の言葉にうまく反論なんかできるはずもなく。
「もういいから黙ってろ」
イエスもノーも言うことは許されず。
声はくぐもって部屋に落ちていった。
ありがとうございました。
身長145センチ。
生まれてこの方20とうん年。
わたしの身長は小学生で成長をあきらめた。
結果!
「潜入操作にばっちり」
「かわいい」
「あめちゃんあげるね」
「見おろすなー!」
それでも優秀なわけで
FBIと仲良し
「赤井ちゃん!どうかと思うんだけど!」
差は確かに大きいが___
ぐい、と持ち上げられた。
視界が、一気に広がった。
世界は、きらきらと輝いて
縮めることは簡単だ
月の綺麗な夜
珍しくも起きている時間に姿を見せた彼とともにベランダで空を見上げる。
隣にいる長身の彼は煙草をくゆらせて。
いつもかぶっているニット帽はお役ごめんとばかりに部屋の中のソファの上。
だから、涼しげな目元が露わになって、癖のある髪が風になびく。
そんな彼から空に目をうつして綺麗な月夜に、一つ息を吐く。
そういえば、と思い浮かぶのはとある有名な言葉。
「___月が、綺麗ですね」
突然の私の言葉に、ゆっくりと彼はこちらを見て。
しばし思考を巡らせた後、ああ、と思い出したように声を上げた。
「君は、なんと訳す?」
言葉少なに聞かれる。
日本人は愛しているだなんて言葉簡単には使えない。
だからこそ、月が綺麗ですね、それだけで愛が伝わるのだと。
そう言ったのは昔の文豪。
私は、私ならば___
「あなたが見ている月を、私も見ています」
”あなた”と共にだなんて、将来の約束だなんて、曖昧なことこの人に望むわけには行かないから。
私の想いが、存在がこの人にとってのマイナスにならないように。
この人の足を引っ張ることだけは、自分自身で許せないもの。
だからこそ、願う。
もう一度、否、何度だって願う”あなたと共に、あれる未来を”そんな難しいことは、言わない。
ただ一つだけ。
あなたが生きてさえ居てくれれば、同じ月を眺めているとそう思えるのであれば
異なる場所でも、同じものを見ているのであれば
それで、十分。
それで、満足。
多くは望まない。
望んじゃいけない。
だからこその、願い。
言葉に託す、愛の言葉。
「赤井さんは、なんて訳すんですか?」
追求される前に、と言葉を重ねれば、彼は体ごとこちらに向き直った。
ポケットに入れていた携帯灰皿にすっていた煙草を押しつけて火を消す。
ゆるり、向けられる宝石みたいな綺麗な瞳。
闇夜に溶けこむ髪色とは異なる、緑色。
「___愛している、と」
言葉と同時、柔らかく細まる緑色。
頬が温もりを感知する。
大きな手のひらが頬を包み込んで、親指で目元を優しくこすられて。
___愛している___
ぶわり、見なくてもわかる。
自分の顔に熱が上がっていることを。
柔らかな瞳が映すのが私だと言うことが、ただうれしくて、同時に怖い。
「だ、って」
「確かに俺はいつ居なくなるかわからん職業に就いている。会えないこともざらだ」
言い聞かせるように、しっとりとした言葉は滲みいる。
困ったように眉を寄せられる。
ああ、そんな顔をして欲しい訳じゃないのに。
「だからこそ、帰ってくる場所は決めているんでね。」
ぐ、と距離をつめられた。
風にさらされた額が、温もりとぶつかって。
今までみた中で一番近い距離で緑色が光る。
「日本人の奥ゆかしさは嫌いじゃないが、もっと貪欲に欲してほしいものだ。」
反論の言葉は、口の中くぐもって消えていった。
※※※※※※※※※※※※
赤井さんを束縛したくない女の子と
卑怯だとわかっていても離す気がない赤井さん
由貴様企画「threeping」提出物
「窓」「縮まらない差」「もういいかい」