ドリーム小説
鋭い瞳
射ぬかれると、呼吸が止まりそうになる。
穏やかな口調
それでもその中に込められる棘は痛々しく
「斉藤さん」
はじめは、呼ばなければその瞳に私を写してはくれなかった。
写しても、何の感情もなくただ私をみる、だけで。
監視する対象。
ただ、いらないことをしないように。
使い方のあるうちは、と。
「斉藤さん」
それが、変化しだしたのはいつからだっただろう。
呼べば、穏やかな返事を返してくれるようになった。
呼ばなくても、私にかまってくれるようになった。
穏やかに、笑ってくれることが増えてきた。
「斉藤さん」
彼の名前を呼ばなくても、目が合うようになった。
けれど鋭い瞳には、どことなく戸惑いの色が混じるようになって。
私を写して、苦しそうにゆがむようになった。
私が、あの人を苦しめているかもしれない事実に、愕然とした。
離れてみようかと、葛藤したことも一度や二度ではない。
でも、やっぱり、一緒にありたかった。
彼の痛みを知って、彼の戸惑いを悟って、彼と同じ場所にたって。
彼と共に、これからを、歩いていきたかった。
何度もすれ違って、戸惑って、そうして、ようやっと二人での道を手にして。
そして、私は、彼と確かに生きている。
そして、今
「斉藤さん」
呼んでも、こちらをみてはくれない。
寒い中、背中を向けたまま私を映し出してはくれなくて。
「斉藤さん」
再度呼んで、次は顔をのぞき込もうとしてはみるけれど、さりげなく、逃げられて。
小さく、胸が痛みを訴える。
「斉藤、さん・・・」
どんどん、私の声が小さくなるのに気がついてなのか、斉藤さんの背中が動揺を見せた。
けれども、こちらをみてはくれない。
寂しい
彼がこちらをみてくれないことが
悲しい
彼が私をその瞳に写してくれないことが
痛い
胸が痛みを訴える。
「___一、ちゃん・・・」
目の前の体が、一気に脱力した。
冷たい雪が積もるその場所に、うずくまる彼にあわてて寄り添う。
「どうして、あなたは・・・」
久しぶりに聞けた声。
少し困ったような声色。
それでも、聞けたのが嬉しくて。
温もりを少しでもあげられるように、とそっとその冷たい手を取る。
「一ちゃん」
再度、呼べば向けられるまっすぐな視線。
その中に宿る温もりを、私はもうよく知っている。
「もっと、違う呼び方はなかったんですか・・・?」
名前で呼んでほしい、そう願われて。
ずっと呼べなかったそれ。
頭の中では、心の中では、何度も何度もいえたのに。
ようやっと口にでたその名前は、すこしばかり恥ずかしくて。
ごまかすように”はじめちゃん”となってしまって。
けれども思った以上にしっくりときたそれに、かまわずに何度も呼ぶ。
「一ちゃん」
繰り返されるそれに、彼の頬がかすかに赤らむ。
ふてくされたように視線をはずされたけれど、そんな姿だってかわいくて、いとおしい。
「」
ゆっくりと、名前を呼ばれて。
小さく胸が音を立てた。
低い、穏やかな声が、しっかりと私を象るように。
ゆるり、下からのぞき込むように、その瞳を向けられた
「一___」
答えるように、名前を呼ぼうとしたのに、言葉を発するのを咎めるように口元に人差し指があてられて。
「それ以上、俺のことをそんな風に呼ぶならば、」
穏やかだったその瞳に宿る、鋭い、色。
同時に、いつの間にか後ろに回されていた彼の手が私を引き寄せて。
体に回る温もり
他の人たちよりも少しだけ細い腕。
でも、それは確かに私を守ってくれたもの。
ぐ、っと息が詰まるくらいに強く、抱きしめられて。
ぞくり
耳元に感じた吐息。
低い声が、直接耳朶に送り込まれた。
「そんな風に呼ぶその口をふさいでしまおうか」
それが口実になるならば、これから先もずっとそのように呼ばなくては、なんて、思ってしまった。
戻る