ドリーム小説
誕生日はいつ?
始まりはそんな些細な話題。
わいわいと楽しそうに話す彼らへとお茶を持っていっただけなのに、なぜか放り込まれて。
永倉さんが、不意に私に話題をふった。
それに対して笑顔で答えれば、ぴたり、その場の空気が固まった。
「それ、もうすぎてるじゃん・・・!」
平助くんがまるでこの世の終わりとばかりに愕然としながら言葉を発した。
「まあ、少し前ですしね」
それに対してあっさり返事を返せばなぜか永倉さんが立ち上がった。
「なんっで、言わねえんだよ!!」
ものすごく息をためて、心のこもった言葉を吐き出された。
いや、何でといわれても、誕生日を教えあうほどあのころは仲良くなかったし、むしろ誕生日ごときで彼らを煩わせる勇気も持ち得ていなかった。
「私の誕生日如き、みなさまのお手を煩わせるわけには___」
ぺしり。
頭に軽い衝撃。
痛くはないけれども、そこに手をやって、思わず振り向けば原田さんが少し怒ったように眉をひそめていて。
「ごとき、じゃないだろう?」
ぽすり
今度はその手が、優しく頭に乗せられた。
そのままぐわんぐわんとかき回すかのようにゆらされて。
「お前が生まれた大事な日だろ。そんな大切な日を・・・忘れさせてごめんな。」
目が回ります、原田さん、
そんな言葉を発しながらも、その温もりが優しさが嬉しくて。
本当は、少し寂しかった。
誰にも祝われないと言うことは、誰にも祝福されないと言うことは、思った以上に悲しくて。
「何をしている、左之」
ぺしり
頭の上にあった手が、たたき落とされる音。
少しだけ目が回りながらも上を見上げれば、どことなく不機嫌そうな斉藤さんがいて。
「なあ、斉藤。おまえ、こいつの誕生日いつだったか知ってる?」
質問に答えることなく楽しそうに原田さんが問いかける。
「誕生日、だと?」
眉を顰めて斉藤さんは問い返す。
それに対してにんまり、原田さんは笑みを深めて。
「いつだ」
原田さんの笑みにむ、っとしたように斉藤さんは今度はこちらに視線を向けてきた。
そして疑問文ではない言葉で、問いかけをされて。
「ええと__」
先ほどと同じように、もう過ぎてしまったその日付けを答えれば、ぴしり、斉藤さんはその場に固まって。
「斉藤さん?」
そして、じとりとした瞳を向けられる。
・・・こんなにもすさんだ瞳をみるのは初めてかもしれない。
「よし!!」
今まで黙り込んでいた永倉さんが、私の肩を引き寄せて叫んだ。
「今日は宴会だ!!」
「すぎちゃったけど、ま、いいよね」
「賛成」
永倉さんの言葉に平助君が、原田さんが同意を示して。
いつもは反対に回るであろう斉藤さんが、ただ無言でうなずいた。
「と、いうことで、誕生日おめでとうおおおお!!!」
目の前に広がる酒酒酒。
おつまみはほとんどない。
すでに一部はべろんべろんに酔っぱらい、楽しそうに笑い声をあげている。
宴会とはいえど、一部の者たちが一室に集まって飲んでいるだけなので、そんなに豪華なこともできず。
お酒も彼らの懐からでたお金で買われているわけで。
主役のはずだけれども、彼らのお世話をしながら思う。
誕生日って言うのは口実で、ただ飲みたかっただけなんだろう。
それでも、祝ってもらえることは嬉しいもので、先ほどから時折渡されるお猪口を笑顔で受け取り飲み干す。
お返しとばかりに注ぎ返して、また片づけへと戻る。
そんなことを繰り返していれば、いつの間にか、部屋の中には屍類類。
「おまえさん、強いな」
自分も相当飲んでいるだろうにかすかに頬を染めるだけでとどまる原田さん。
楽しそうに口角をあげて、こちらを見つめて言葉を紡ぐ。
「原田さんほどじゃないですよ」
そう返せばくつり、笑いが返された。
そのまま鷹揚な仕草で原田さんは立ち上がって、距離をつめてくる。
「他の奴、全員つぶれてるからな。・・・俺と二人で飲むか?」
目の前にしゃがみ込んで、彼はこてり、首を傾げた。
仕草は子供っぽいのに、視線は熱くて。
そのアンバランスさに笑いがこみ上げた。
「酔っぱらいはそのまま寝るのをおすすめしますね」
少し笑いながら言えば、ふてくされたように原田さんは視線を逸らす。
「酔っぱらってねえよ」
「酔っぱらいはみんなそういうんです」
そんな言葉とともに、げしり、目の前の彼の体がきれいに横に蹴倒されるのが見えた。
その原因へと視線をやれば、そこにはゆらり、幽霊のごとく立ち上がる斉藤さんの姿。
「よっぱらいめ・・・」
憎々しそうにそう言葉を放つけれど、ぶっちゃけ斉藤さん、あなたもよっぱらいですよ。
ちなみに倒された原田さんはすやすやと夢の中へと旅立たれたようです。
その光景に笑えば、じとり、視線を感じて。
そちらに視線をやれば、こちらを見下ろす斉藤さんの姿。
「斉藤さん?」
大丈夫ですか?
そんな意志を込めて、彼の前で手を振れば、その手をがしりと捕まれて。
「・・・こっち」
言葉少なに手を引かれ、逆らうことなくついていく。
「ここ」
ぺたり、そのまま庭に面した廊下に座り込んだ斉藤さん。
そのまま自分の横をぺしぺしとたたかれて。
腕も引かれたままなので、おとなしく同じように座り込む。
と、
「っ、斉藤さんっ!?」
膝の上にじわり、温もり。
見下ろすまでもなく、膝の上には斉藤さんの頭が。
思わず身動きをとりそうになるが、お腹まわりをがっしりと細いのにたくましいその腕で包囲されて。
やばい、お腹の脂肪がばれる。
じゃなくて、
「斉藤さん!!」
あわててその腕にふれれば、思った以上に彼の体は熱くて。
それは完璧な酔っぱらいのものだった。
と、いうか、斉藤さん、お酒強かったんじゃなかった!?
「どうか、このまま・・・」
小さく、かすれた声で彼は告げる。
そおっとその頭に触れれば、まるで猫のように斉藤さんはすり寄ってきて。
っ、かわいい!!
思わず口から出そうになった言葉。
あわてて止めようと口に手をやれば、なでるのをやめたのが不服だったのか、薄く瞳が開かれて。
じいっとこちらをみてくる瞳。
「お酒、強かったですよね・・・?」
そおっと問えば、瞳が一度、二度、瞬く。
「・・・常であれば、こんなには酔わぬ」
いつもよりも穏やかな、ゆっくりとした口調。
じゃあ、どうして?その言葉は次の彼の言葉によって喉の奥に張り付いた。
「こんなにも艶やかな肴を前に、酔わずにいれるはずがないだろう」
だめだ、この人、本当に酔っぱらってる!!
素面であれば絶対に口にしないそんなこと!
「もっと・・・」
混乱する私をよそに、彼はつぶやく。
請うように願うように、彼は手を上に伸ばして、髪にふれてくる。
さらり、それは指の間を通り過ぎて、あっさりと肩に戻ってくる。
けれども、そこには今までなかった熱が宿っていて。
「斉藤、さん」
名前を呼べば、ふにゃり、柔らかな笑みを返された。
「もっと、なでて」
彼に呼ばれた名前が、特別な色を宿した気がした。
「誕生日、知らなくて、すまなかった」
困ったように、本当に申し訳なさそうに彼は眉を顰めて。
「知っていれば、何かしたのに・・・」
再び、手が髪へと伸ばされて。
同じようにさらり、なでられて。
それが、ゆっくりと彼の口元に運ばれた。
「っ、」
髪に落とされた熱。
瞳に宿るいたずらっ子のような色。
「おめでとう、」
思わず真っ赤になって硬直する私を一人置き去りに、斉藤さんは満足そうに目を閉じた。
「何故、このような状態になっている・・・!?」
結局あのまま夜が明けた。
そう斉藤さんは私の膝で眠ったままで。
硬直して、緊張で、全く一睡もできなかった私をよそに、彼はすやすやと寝息をたてていた。
朝日が射し込むと同時にゆるり、瞳を開いた斉藤さんは、しばし、その瞳を瞬かせて、ふわり、とても綺麗に笑った後、硬直した。
がばり、体を起こして私から距離をとると、何事かと周りを見渡して。
そして冒頭の言葉である。
「おはようございます、斉藤さん」
にっこり、笑っていえば、動揺しながらも帰ってくる挨拶。
じんじんとしびれて動かない足はあきらめて、座ったまま彼を見上げる。
「昨日の記憶は・・・?」
そっと問えば、彼は呆然とした表情をゆっくりと青く変えていく。
「っ、すまない!!俺は、昨日っ、膝を、借りるなどっ」
動揺するさまは大変おもしろい。
というか、かわいい。
「膝を借りたことしか覚えていらっしゃらないんですか・・・?」
少し寂しいという表情を作り上げて、そっと視線をはずせば斉藤さんの焦る気配。
「いや、そんなことはないっ、ちゃんとすべて覚えて___っ」
覚えてないのだろう。
再び見上げた彼は、おろおろと視線をさまよわせている。
「・・・私をもてあそんだんですね・・・」
おもしろかったのでさらに問いつめるように言葉を連ねれば、今度こそ斉藤さんは動きを止めて。
「俺は、いったい、なにをっ・・・!責任を、とらねば・・・!」
「・・・なにをやっているんですか?」
音も立てず現れた山崎さん。
縁側で全力で土下座をしようとする斉藤さんとこれまた必死にとめる私を見て、ただその一言をつぶやいた。
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