ドリーム小説
「白澤様、しばらく泊めてください!」
地獄の鬼神を養父に持つ少女は、扉から姿を現した男を見た瞬間そう口にした。
「僕の家にお泊まり?ちゃんなら大歓迎〜」
そして中国にて最も尊いといっても過言ではない神獣は満面の笑みでそれを受けいれた。
「僕としてはお店に女の子が増えてうれしいことこの上ないよ」
従業員である兎たちにお給料という名のご飯をあげる。
ここ毎日の日課となったそれ。
にこにこと楽しそうに眺めるのはこの店の主である白澤。
彼にむかって邪魔ではないですか、との問いに彼は笑う。
楽しそうに言葉を紡ぐ白澤の様子からそれが事実であることが伺いしれて、はそっと安堵の息をついた。
「白澤様、私にできることがあるなら、やりますよ」
ふにゃり、笑みを浮かべて白澤に告げれば、彼の瞳は優しく細められて。
「じゃあ、添い寝でもしてくれる?」
「仕事してください」
白澤の言葉は、唯一のしゃべれる従業員である桃太郎によってきっぱりあっさり却下される。
彼の瞳は師匠を見るものではない。
あきれた、を通り越してあきらめの色しかない。
「桃タローくん。僕とちゃんの時間を邪魔しないでよ」
口調はすねたように、けれども笑みはそのままで白澤は返事をする。
「添い寝くらいできますよ」
ワンテンポ遅れて返事を返すに白澤の視線はすぐさま彼女に戻って。
「食べられちゃいますよ」
桃太郎の言葉にもふにゃふにゃと笑いながらは言葉を紡ぐ。
「だっていつも鬼灯様にしてますから」
「・・・」
「・・・」
あまりにも自然に、そんなことを言うものだから二人は言葉をなくして。
白澤の表情が、ぴしり、怒りを浮かべた瞬間、
「そういえばなんで、家出したんですか?」
絶妙なタイミングで桃太郎が言葉を発した。
「・・・もらったお手紙を破り捨てられました」
む、っと先ほどまでの笑みはなりを潜めて、静かな怒りを秘めて、彼女は話す。
今度よろしければ御飯でも行きませんか?
そんな文面だったらしいその手紙は、連絡先を読みとる前に、鬼灯によってゴミとかして。
今までたまりにたまったものが、それによってぶちり、と切れたらしい。
「ちゃん、恋文もらったの?あー・・・わかりたくないけど、あいつの気持ちも分かるかも。」
遠い目をする白澤。
「それでも、破ることなかったとおもいます」
うつむいて、今にも泣きそうに彼女はうなだれる。
そんな彼女を白澤は優しい瞳で見つめる。
そして慰めるようににふれた。
「ちゃんの気が済むまで、ここにいなよ」
白澤の言葉に、ふにゃり、は笑った。
「もうちょっと、危機感をもってほしいかな〜」
真上から見下ろされる。
いつもは笑みを形作る瞳は、口は、少しの優しさも浮かべずに。
縫いつけられた手が、シーツの上で少しの身じろぎも許さない。
「ねえ、ちゃん___」
積められていく距離。
近くで見ると本当に色彩鮮やかな色を放つ瞳。
素直にきれい、だとかんじて。
「白澤様だから、大丈夫なんです」
至近距離。
後指一本で唇が触れ合うかの距離。
彼女から発せられた言葉に、白澤は止まる。
「信じられないくらいに優しい白澤様だから」
彼女の声は穏やかで、優しい色をただ、醸し出す。
「いつだって、傷つかないように私に接してくれるでしょう?」
「今回だって、あなたは理由もなにも聞かない」
「私が私であれることを、優先してくれる白澤様だから」
「だから、鬼灯様もあなたには全力で勝負できるんです」
「あのあまのじゃくな鬼は、誰に対しても仮面をかぶり続ける人だから」
「白澤様。あなたはたった一人、あの人の仮面を剥がすことができる、希有な人」
そっと額に温もりがふれる。
三つ目の瞳がある、その場所は、白澤にとって急所ともいえる場所。
けれど、それに触れる手が余りにも優しいから。
浮かべる笑顔があまりにも美しいから。
すべて、彼女のなすがままに。
「それに、私みたいな平凡なちんちくりん、白澤様は物足りないでしょう?」
少しだけ目を細めて、からかうように紡がれる言葉。
だというのに、その表情はふにゃりと安心しきったように笑っていて。
こんな無防備だというのに、手を出すことを許されないなんて。
「はあ・・・」
大きなため息を一つ。
同時に拘束していた腕を解いて、ぎゅう、とその体を抱きしめる。
自分よりも小さくて、柔らかなその体を壊さないように。
ぽてり、背中に添えられた彼女の手が、あやすように前後する。
小さくて、小さくて、とても弱い存在。
一人では生きていけないのに、こんなにも強い存在感を放つ。
「ちゃんには、勝てる気がしないよ」
小さく声を漏らしたとき、彼女はすでに夢のなか。
くるり、体制を入れ替えて、彼女をそっと包み込む。
腕の中無防備すぎる存在。
汚れなき、無垢な少女。
今でも、思わずにはいられない。
あのとき、あの場所で。
この子を見つけたのがあの鬼ではなく自分であったなら。
いつでも、どこにいても彼女の心を占める存在に、なれたのだろうか、と。
鬼神が拾ってきたこの少女。
亡者ではなく、鬼でもなく。
ただ、突然現世という世界から切り離された、少女。
現世に戻るすべもなく、転生もできない、そんなありえない、存在。
どうしようか、幾度となく繰り返される討論。
天国で預かるか、地獄で住まわせるか。
どちらも面倒ごとはいやだと、押しつけあって、責任を放棄したがった。
それを、すくい上げたのが鬼神だった。
面倒そうに、ため息をはきながら。
さっさとこの問題を終わらせて、別の仕事をしたい。
ただそれだけだったのだろう。
「私が見つけましたからね。、私が責任をとりましょう」
その言葉だけを発して、少女を養い子とした。
僕が出会ったのはそのすぐ後。
すべてにおびえて、怖がって、いやがって。
目の前の存在ですら怖いとその表情が示していたのに。
小さく、本当に小さく、鬼の服を握って、できるだけ距離をとろうとして、だけれども放そうとはしない。
頼れるのは目の前の存在だけだと、その行動で示していた。
揺れる瞳が、哀愁をよんで。
体のふるえが、庇護欲をわきたてる。
ふれたい、とおもわせた。
僕が見つければよかった。
思ったのは一度や二度じゃなく。
それは、少女が成長していくにつれて強く思うようになった。
そして、鬼神の養い子に向ける視線は日々変化していって。
今、あの鬼が、彼女に向ける視線は___
腕の中の存在が身じろぐ。
寝やすい体勢を探して、ぴったりと白澤の胸に顔をくっつけて。
この子に想われてみたい、その感情は確かにある。
けれども不器用すぎる少女と鬼神のやりとりをみるのもなかなかにおもしろくて。
それになにより・・・
白澤は思う。
きっと自分が育ててもこうはならなかっただろう、と。
甘やかして、とろけるくらいに甘やかして。
飴しか与えないで。
そうするときっと、今の彼女にはならなかっただろう。
小さく笑みが漏れた。
あの鬼神がこの光景を見たらどんな表情を浮かべるのか。
手塩にかけて大事に大事に育てた養い子が、大嫌いな自分のような男の腕の中で安心しきって身をゆだねているなんて。
考えるだけでおもしろい。
お香姉様のところで修行してきます。
そんな置き手紙とともに、養い子は姿を消した。
始めに見つけたのは賽の河原。
子供たちが遠巻きに見つめる少女は、ただ呆然と立ちすくんでいた。
恐怖を抱く瞳が、あたりをさまよい、そして鬼灯を写した。
黒く黒く、闇の色。
それでもかすかな輝きは彼女の魂の色のように。
鬼ではない。
しかし亡者でもない。
そんな、この場所にあってはいけない存在。
そう、存在し得てはいけないはずの、存在。
すべてをおそれて怖がって。
けれども出した手を確かにつかんだ。
どこで引き取るか、どうするか。
終わらない討論の末、引き取ることに決めたきっかけは至極、簡単なこと。
この感情のない瞳に、自分が必要とされたとき、どんな色を写すのか。
ちょっとした興味と暇つぶしのため、少女は養い子となった。
おとなしかった少女は活発になり、
おびえを含んでいた瞳は信頼を携えて。
幼さを残す声は高くなり、思考も身体も大人へと成長していく。
そして、想いも変化して。
ただの、子供に向けていたかった感情。
それが、今では一人の女性に対する者に。
気持ちに自覚したその瞬間ほど、この子を養子としたことを恨んだ日はない。
お香さんのところへ行っているなら、と、彼女の言葉を信じていた。
だというのに、仕事の途中であったお香さんに、彼女を預かっている様子はなく。
こんな時、あれの行く場所が簡単にわかってしまった自分がいて、
すぐに考えるに至らなかった自分に嫌気がさした。
「」
名前を呼べばこちらをむく。
瞳にあるのは罪悪感。
けれども彼女の瞳に自分が映るというその事実にただ、ほっとして。
「きなさい」
手を出して促すが、彼女はそっと神獣の後ろへと姿を隠して。
いらりとした感情がうかぶが、感情を外に出さないように押し込めて。
「」
再度、呼ぶ。
そうすればおずおずと、それでも確かにこちらへと向かって足を踏み出してくる。
手を伸ばせば、そおっと、その掌を乗せてきて。
愛しい
溢れる感情を隠すように少しだけほおを緩めて。
「お帰りなさい」
「ただいま、鬼灯様・・・ごめんなさい」
悪いのは私のほうだろうに、それでも謝るこの子がかわいくて仕方がない。
「私も、すみませんでした」
私の言葉に、ふにゃり、がわらった。
「またおいでね、ちゃん」
それに返事を返す暇を与えず、を抱え上げて店を後にした。
ちらり、ドアの隙間から見えた神獣の楽しそうな瞳に反吐が出る。
大事に育てた愛し子を誰がおまえにやるものか
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