ドリーム小説
_ すべてわすれていいから、いきて_
頭の中にこだまする、誰かの声。
忘れてはいけない、そんな気はするのに。
意識をそちらに向けた瞬間、その声は霧散して。
誰だったのか、なんだったのか。
それは、形になることなく、記憶の奥底に沈んでいく。
「大丈夫?調子悪いの?」
「病院行く??」
私に向けられた、確かな声に意識を戻す。
そこにあるのは、心配そうな表情を浮かべる私の”友人”たち。
大丈夫、なんでもないよ。
そう返事して、彼女たちのほうへと足を踏み出す。
「それならよかった」
「まだ病み上がりなんだから、無理しちゃだめだよ」
”友人”たちは、確かに私を想って言葉をくれる。
だから、わかりもしない記憶に意識を向けるなんて、失礼だ。
そう、言い聞かせて、忘れてはいけない、いけなかった、なにかから、目をそらした。
私には、半年より前の記憶がない。
覚えている初めの記憶は、白い天井と同じ色のカーテン。
それから、私が目を覚ましたことに涙する一人の女性。
私の母だというその人は、その両腕で私を抱きしめた。
記憶がない、そうわかったときも、それでも私の娘だと、そう言ってくれた優しい人。
目を覚ましたことを聞きつけた二人の女性。
小さなころからの友人だという二人は、私に抱き着いて、顔をくしゃくしゃにしながら泣いた。
記憶がない、そうわかったときも、大事な友人だと、そう言ってくれた優しい人たち。
そんな周りに助けられて、私は病院を退院して。
友人二人と共に、入院するまでに通っていたらしい大学に、通っている。
幸いなことに消えた記憶は日常生活に支障をきたすものではなく。
ただ、私の周りの人たちの記憶が、失われているだけのようで。
優しい彼女たちの為にも、はやく、思い出さなければいけないと、そう思うのに。
_ すべて わすれて から いきて_
また、誰かの声が、邪魔をする。
前を歩く友人二人について階段をおりようとした、その時、浮かんだ声に頭を振って。
それが、原因か。
次の段に、足をおいた、筈なのに。
その下には何もなく。
体が傾いで、落ちる、そう思うより、早く、鼻腔をかすった、なにかのにおい。
土のような、柔らかなお日様のような、匂い。
どこか、懐かしい、匂いが、した、気がした。
がくん、落ちそうになった体を、支えたのは、どうやら、誰かの腕の様で。
緑色のジャージのような素材を纏った、腕が、私のおなかに回っていて。
「っぶな、」
その腕の持ち主が、発した音に、体全体が、耳になったように、敏感になる。
微かに宙に浮いていた足が、段の上にゆっくりと降ろされて。
そのままふにゃりとへたり込む。
少し前を歩いていた友人二人が私の状態に気づき、顔を真っ青にしながら走ってくる。
ああ、二人が悪いわけじゃないのに、そんな顔をさせてしまった、ごめん。
二人に意識を向けたその瞬間、また、霧散する、何か。
今、何を思っていた?
何を感じていた?
否、何かを想っていたのか、感じていたのか、それすら定かではなくなって。
いつの間にか体に回っていた腕は、どこにもなく。
後ろを見ても、誰がいることもなく。
微かによぎった、何かを、私はまた、見失った。
_ すべて わ れて から いきて_
土のような、お日様の匂い。
温かくて、どこか懐かしい。
なのに、なぜか、せつなくて
離して欲しい。
そんな私の言葉に、むっとした表情で二人は声を荒げる
「だめだよ、だって、気づいたら、危ない目に合ってるんだもん」
「離さないからね!!」
階段を落ちそうになって以来、より一層過保護になった友人二人。
自分の不注意が招いたことだからこそ、強く出ることもできず。
さらにいえば、信号無視の車が突っ込んできそうになったり、道を歩いていれば何故か空いていたマンホールに落ちそうになったり。
何故か最近不運に巻き込まれるため、違うとも言えず。
両側をがっしりと囲まれたまま、小さくため息をつく。
そんな二人の優しさをむげにしたいわけではないけれど。
自分の腕に回された華奢な腕。
それは、階段から落ちそうになったときに腰に回された腕に比べるととても頼りなくて。
これは、もう、私が守られるんじゃなくて、私が守ってあげないといけないんじゃないかな、だなんてぼんやりと思う。
そう、私は、守られるだけは、嫌で。
私も、守りた、くて。
がちり、頭の中、どこかで音がした。
噛み合わない歯車を合わせるように。
そこにある異物を、押し出すように。
守られるんじゃなくて、守りたくて
__何を?
__何から?
ふわり、浮かぶ感情は、相も変わらずあっさりと霧散する。
消えて、いく。
それじゃあ、だめなのに。
忘れては、いけないのに。
_ す て わ れて から きて_
擦り切れたビデオテープみたいに、それが、薄れていく。
あの時感じた匂いも、もう、遠くなって。
その声も、意味も、なにも、感じ取れなくなっていく。
「美味しいよねぇ、これ!」
「並んで入った甲斐があったよね」
野菜食堂
その名前の通り、ふんだんに野菜を使ったレストランは、健康志向の若い女性に大人気で。
その若い女性の例に漏れぬ私たちも、案の定列に並んで。
ようやっと回ってきた番に、友人二人はにこにこと野菜をほうばる。
確かに、美味しい。
でも、彼らが、彼が、作った野菜のほうが___
……彼ら、とは。
彼、とは、誰だろうか。
はてさて。
不意に浮かんだ考えに、こてりと首を傾けて。
思い当たらない答えに、思考を早々に諦めて。
色鮮やかな野菜に、創作をこなした料理。
見た目にも鮮やかな女性を引き付けるそれら。
それは、確かに食欲をそそる光景の、はずなのに。
どこか、物足りなくて。
なにがだろう、なんでだろう。
相変わらず思考はすぐに迷走する。
辿りつかないのはわかっているのに。
もしかしたら、だなんて、みつからない窓口を探し続けている。
がちり、また一つ歯車が巡る。
微かな痛みを伴って。
それ以上はだめだと警告をするように。
_ _
とうとう、声は、失われた。
それは、意味のない、何かになった。
記憶から薄れていく、だなんて表現じゃ生ぬるい。
ただ、うしなわれたのだ なにを うしなったのかも わからぬまま
「なんで、そんなによく色々巻き込まれるの?!」
「自分から危険に首突っ込んでない?!」
友人二人からの叱咤にへらりと笑う。
そんなつもりはないんだよ。
危ないことに首を突っ込んでるつもりも、自分から巻き込まれに行ってるつもりも、ない。
ただ、なんかわかんないけれど、行く先々で色々と起こるだけで。
けれど、私の素直な弁明も、涙目の二人の前では意味をなさず。
ごめんね、と繰り返すだけ。
だって、橋から落ちそうになったり、人にぶつかって道路に飛び出しそうになったり。
それはどうやっても自分で行ったわけじゃなくて。
まあ何故かどれも怪我もせず平和的に解決してるので、許してほしい。
だから、自分で、なんとかなってるから、守ってもらわなくても、大丈夫だよ。
そう、口にした、そう、くちに、したんだ。
いぜんも、おなじことばを、誰かにむかって、くちにしたんだ
そうしたら、誰かは、むっと、した表情になって、たしか、怒ったんだ。
「それでも、守るからね」
_それでも、まもるからね_
「私の大事な友人なんだから」
_僕の大切な あるじだから_
がたん、頭上で何か大きな音が鳴った。
見上げた先には大きな看板。
不自然なはずのそれは、とても自然な成り行きで、私に、向かって、おちて__
「っつ、あるじ!!!」
懐かしい、土の匂い、お日様の匂い。
緑色を纏った腕が、私の体に回って。
引き寄せられた体は、温もりに包まれて。
がちり、噛み合った歯車は、異物を完全に、取り除いた歯車は、
次々に、情報を、情景を、生み出していく。
私を、主と呼ぶ、その人は
そのひとたちは
_あーるじ!_
_あるじさん!!_
_あるじ_
その人たちは、
私がこの世界に、顕現させた
私が、この世界に呼び寄せた
この世界を守るための、わたしの、大切な、かたなたち
_あるじ すべて わすれていいから いきて_
思い出した、その言葉。
襲撃された私の本丸。
出払った戦力。
守られなきゃいけない私が、彼らを守ろうとしてしまった。
手入れ部屋で動けない彼らを、守ってしまった。
その結果、失ったのは、霊力の扱い方。
そうして、政府が下したのは__
記憶の剥奪と元の世界への帰還
_あるじ すべて わすれていいから いきて_
その言葉と共に、全ては、失われて
「っ、桑名江!!!」
思い出したそれを、叫ぶ。
その名前を、大切な、大切な、私の刀の名前を。
忘れぬように、繰り返す。
私の呼びかけに、いつもはほわほわと笑う彼が、驚いたような雰囲気を醸し出して。
そして、くしゃり、口元だけしか見えないのに、困ったように、笑ったのが、わかった。
私の手をとって、柔らかく引き寄せて。
ああ、やっぱり、これだ。
懐かしい、土の、お日様の匂い。
私の大切な、大事な、刀。
その体に手を回して、抱きしめた。
ようやっと、辿りついた。
ようやっと、見つけた。
もう二度と、
「なんなん……あるじ、なんかい忘れさせても、いっつもおもいだして……!」
何かを噛みしめるように、彼は言う。
その言葉を噛み砕いて、理解するよりも先に、彼の声がまた、響いて__
「だめだよ、あるじ、また、忘れてね」
もう二度と___
もうにどと、
それは、
また、
くりかえされ
る
そうして、私は、また、見失う。
私の大切な、何かを。
大事な、誰かを。
いつだって、
それは、
残らずに、
霧散して___
_ _
わすれるくらいなら、もう、いきたくはない
そんなことをおもったことすら
もう
おぼえて
いない
とある本丸が、襲撃された。
審判者はまだ若い女性であった。
就任してから一年と少し。
新米とも、ベテランともいえぬ審判者によって作られた本丸であった。
数日前に、第二部隊が予想外の強敵に出会い、手入れ部屋へ。
第一部隊がその原因を探りに出立した直後の事だった。
元より、審判者の霊力の関係から、顕現されている刀はそれほど多くなく、守りは薄かった。
本丸が半壊されるかされないかの時に、遠征に向っていた部隊が異常を察知して帰還。
その結果、本丸の全壊は免れた。
しかしながら被害は少なくはなく。
一番の被害は、審判者の怪我。
手入れ部屋で傷ついた刀剣たちを直している最中だった審判者は襲撃者から刀剣たちを庇って負傷。
幸いにも怪我は大きくはなく、すぐに完治。
しかしながら、うまく霊力を操ることができなくなった。
この本丸をどうするか。
時の政府たちの間で話し合いがなされ、結果。
本丸は刀剣たちの記憶を乖離させ別の本丸への統合を命じられた。
審判者に関しては、記憶を剥奪、後に元の世界への復帰を命じた。
しかしながら、力をうまく使えなくなったとはいえ、霊力を宿す身体。
また狙われぬとは限らぬ彼女を、政府は放置することもできず。
かわりに、一人の刀剣に彼女の警護を命じた。
審判者のことを覚えていられるその警護を、どの刀剣たちも望んだが、最終的に命ぜられたのは一人の打刀。
彼は、審判者によって襲撃者から庇われた本人であった。
「主のことは、僕が守るよ だから、皆も全部忘れていいから」
「なんなん、あるじ……なんでぇ……」
腕の中、抱きしめた体。
その温もりから、記憶を失わせるのは、これでもう何度目のことか。
もう、数え切れぬほどに、忘れさせて。
それなのに、そのたびに思い出して。
会わずにいれば、いいのに。
なのに、使い方を失えど、霊力を持つ彼女は時間遡行軍にとって格好の獲物で。
いつだって、どこでだって、彼女は狙われ続けていて。
それを守るためには、常に傍に居るしかなくて。
結果、自分が原因で思い出してしまう。
なんども、なんども、彼女の中に芽吹いた自分を、消しつづける。
記憶を、感情を、なんども、間引いて、くりかえして。
それでも、彼女の中で自分が根付いていることを知って、どうしようもなく、嬉しくて、そして、悲しくて。
あの時自分が動けていれば、彼女は記憶を失うこともなく、あの本丸を失うこともなく。
けれど、自分がいなければ、だなんて、彼女によって顕現された自分を否定することもできず。
「あるじ すべて わすれていいから いきて」
何度も繰り返した言葉。
忘れてほしい
思い出してほしい
葛藤する感情の中、それでも、願うのは、君が生きていること、それだけなんだ。
戻る