ドリーム小説


歴史を守るために呼び出された刀剣男士というものは、見目麗しく、神様だというのに、えらく親しげに審神者と接する。
審神者の霊力に導かれて顕現しているのだから、それも当然で。
けれど、彼らは、いかに善良そうに見えようと、人ではなく。
本来であれば私達人間が手を出すなど畏れ多い、神様で。
だというのに、まわりの審神者たちが、いつしか刀剣たちに心を開いて行く様子を見て、私はそれが理解できなかった。

主さん!
そう言ってこちらを柔らかく見つめる瞳が、いつ軽蔑の色を浮かべるのか


そう言って差し出してくる手がいつ突き放すものになるのか

主様、危ない
そう言って私を守る刃がいつ私を殺めるものに変わるのか

毎日がそんな恐怖との戦いで。
そう、私にとって刀剣男士とは、歴史を守るための存在であると同時に、恐怖の対象だった。
なんの思い入れもなく、人よりも少し高い霊力を持っている、というだけで審神者となることを命ぜられた私では、彼らに寄り添おうとする心すら持たず。

けれど、私が、彼らを、呼びだしたのだ。
歴史を守ってほしい、だなんて大義名分を持ち出して。
彼らのかつての主を人質にとるかのような真似をして。
霊力の源である私は彼らにとって守らなければいけない存在で。

なれば、彼らが気持ちよく守れる存在になろうと、思った。
本音を、笑顔に隠して。
恐怖を、言葉で濁して。
畏れを、心の奥底に沈めて。
彼らにとって都合のいい存在になろうと、務めた。

否、審神者となり幾年過ぎた今でも、彼らにとってそういう存在であるように、務めている。












空が黄昏色に染まり、烏も山に帰る頃。
今日の仕事もなんとか終わらせて、疲れた体を縁側で休ませる。
ぼおっと飛んでいく烏を見ていれば、きしり、微かに鳴った床板。
気配なく近づいてくるのは刀剣たちによくあることだったから、驚くことはなく、そちらに目を向けた。
そこにいたのは一人の刀剣男士。
まだここにきて日の浅い刀剣の一人だ。
緑色のジャージを模った内番姿は少々汚れている。
彼が好んで向かう畑のせいだろう。
前髪は長く、瞳をうかがうことはできない。
こちらからわかる口元は楽しいことでもあったのか、微かにほころんで見えて。

「主だあ」

少し大きめな体格に似合わず、ほわりとした空気を醸し出して私を呼んだ。
口元の表情に違わず、どうやら機嫌は良いようで。

「お疲れ、桑名江」

彼に応えるように、笑みを作って労りの言葉を投げかける。
そうすれば、桑名江はさらににこにことして。

「何かいいことでもあった?」

問いかければ桑名江はこっくりと一つ頷いて、座っている私の横に同じように腰かける。
微かに触れそうな肩に気付いて、不自然にならないように間をあけた。

「明日ようやっと収穫できる作物があってね、今日から楽しみなんだあ」

桑名江の話すことは70%くらい畑の事だから、そんなことだろうと思った。
けれどそんな胸の内を話す必要などなく。

「そうか、それは明日の食事が楽しみだ」

心からそう思っている。
そんな風を装って言葉を返す。
桑名江はまた一度頷くと、ゆっくりとなげだしていた自分の両足を引き寄せて。
その上にこてん、と自らの頭を乗せかけると、こちらを下から覗きこむようにゆるりと私に視線をくれた。

「主って」

見えない瞳が、真っ直ぐに私を見ている気がしてどことなく居心地が悪く。
けれど今動くと不自然にみえそうで、そのまま彼の瞳があると思われる場所を見返した。

「主って、僕の事苦手だよねえ」

突然もたらされた言葉に、瞬時に頭を回転させる。
彼にとって、なにか不自然だと思われる仕草をとってしまったのだろうか。
そして自問した応えにたどり着く前に、からり、笑顔を浮かべて取り繕う。

「何を言っているんだ、桑名江。私は君を苦手だなんて、思ったことないよ」

不思議なことを言うんだなあ、そんな雰囲気を醸し出しながら、彼の言葉をうやむやにしようと笑う。
にも、関わらず、この桑名江という刀剣は私を逃がす様子はなく。

「ああ、違うねえ、僕だけじゃなくて、この本丸の皆の事、苦手でしょ?」

ああ、間違えちゃった、そんな軽い言葉でこの刀剣は私の中を暴こうと言葉を紡ぐ。
引き攣りそうになる笑顔に気付かないふりをして、私はしっかりと桑名江に向き直った。

「私は皆を平等に大切に慈しんでいるよ?もちろん、桑名江、君もだ」

誰一人、余すことなく、平等に感情を向けている。
嘘偽りなく、とはいわないけれど。
ちゃんと平等に、扱おうとしている。
神様の怒りを買うわけにはいかないから。

「うん、知ってるよお、主が僕たちみんなを平等に慈しんでくれてるのは」

にこにこと笑みの雰囲気はそのままで、さらに言葉を重ねる。

「それから、大切にしてくれてるのも」

桑名江の瞳から、うまく逃げられる気がしない。
むけられている視線は、真実を知っているかのようで。

「だけど、平等に、誰一人愛してもくれないてないよねえ」

誰一人、愛していない

そんなこと当たり前だろう。
君たちは刀剣男士であると同時に、私たち人間が畏れ敬うべき神様なのだ。
そんな刀剣たちに私が向けるべき感情は愛ではなく、尊敬で
彼らから向けられるべきなのは信頼で

そのためには、私は、私を偽ることなど苦ではないのだ。

ねえ、知ってる?
そう言いながら桑名江は抱えていた両足を離して、その手を伸ばしてくる。
微かに感じる威圧感。
ざらり、内側を見通すように向けられる視線を、隠れた瞳を、改めて、怖いと感じた。

「主は自分で思ってる以上に嘘をつくのが下手なんだよ」

近寄られた分だけ後ろに下がる。
その手に掴まれた瞬間、築き上げてきたいろんなものが壊れそうで。
逃げなければ、という本能にも似た警告が頭の中鳴り響く。

「皆も、気付いてるよ?」

皆、が誰をさしているのか。
知らない、気づかない、そう言い聞かせて。

また桑名江が距離を詰める。
そして私は後ろに下がる。

「主の初期刀も、愛されていないって知ってるよ」

愛してほしい、そう願う紅色の刀剣を脳裏に浮かべて、そしてすぐさまかき消す。
彼らに、刀剣に心をいれてはいけない。
それは、この身の破滅と同意義だ。

だって、彼らは神様だ。
私とは異なる存在。
敬い忘れれば、怒り、祟る、畏れなければいけない存在。

心を奪われてはいけない、それは私ができる最初で最後の防衛手段。

「主は分かりやすいから」

長く共にいたわけでもないこの刀剣のことを、こんな風に言葉を重ねる刀剣のことを、なぜ苦手じゃないなんて思えるのか。
我が初期刀も、他の刀剣たちも、気づいていても知らないふりをしてくれている。
私の壁を知っていても、その壁に手を触れたとしても、中までは入らないように、してくれる。

なのに、この刀剣は、この本丸に来て日の浅いこの男は、簡単に内側を暴こうと、してくるのだ。

私の触れてほしくないところにずかずかと土足で立ち入る。
それを他の刀剣たちが避けているのをわかっていながら、無遠慮に踏み入ってくる。

自らの好奇心を満たす、ただそれだけのために

「そして、皆の中で僕を一際苦手だって思ってるでしょ?」

背中が固いものにぶつかった。
恐らく壁だろう。
つまり、目の前の刀剣から、私は逃げることができなかったようで。
彼の手が、真っ直ぐに私の頬に、伸びてきた。

「桑名江」

その刀剣の名前を、恐れ多い神様の名前を、呼ぶ。
力持つ者の言葉には、魂が宿るという。
それを形どるように。
縛られるように、ぴたりと動きを止めた我が刀剣。

「私は君のそういうところが」

直前まで伸ばされていた手を、ぱしりと払い落とす。
神様だなんて、もう言ってられない。
体中から感情がほとばしる。
私は、この刀剣が、可愛らしいふりして、簡単に中に入ってこようとするこの男が__

「大嫌いだ」


私の言葉に桑名江はとてもうれしそうに、笑いやがった。


「つまり、僕だけを特別に意識してくれてるんだよねえ、嬉しいなあ」


そんな言葉を言い放って。







私は刀剣男士たちが恐ろしい。
だって、彼らはどんなに見目が人間に見えようと、神様なのだ。
私たちが敬い忘れれば、簡単にこちらに害をなす、恐ろしい存在なのだ。
だからこそ、私は彼らを敬い、尊び、慈しみ、大切に、大切にしなければいけなくて。

彼らに対して、負の感情を見せるわけにはいかなくて。

いかな、かったのに

「僕は正直な主のほうが好きだよ?」
「うるさい、私は君のような馬鹿正直な刀、大嫌いだ」

顕現して間もない刀剣に、私の今まで積み上げてきた諸々は叩き崩された。













※※※※


恐らく桑名江は恋愛感情ではない。
主もこいつまじで嫌だ、って思ってるくらい。
こっから進展するのかどうか……




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