ドリーム小説
我が本丸の桑名江は、常に愛の言葉をささやいている。

発端はおそらく短刀たち。
内面は信じられないほど長寿であれど、外見は可愛らしい子供にしか見えない彼らはしばしばその外見に引きずられるような行動を、とる。
はじめは、その一環だったのだと、思う

「あるじさま、だいすきです!!」

幼い外見で、にこにこと楽しそうに放たれた愛の言葉。
否、愛などという言葉で表すにはひどく滑稽な、好意の言葉。

「あるじ、あいしてるよ」

ほかの短刀たちもつられたようにこちらに言葉を放って。
私の呼びかけに答えてくれた彼ら、そんな存在に好かれるのが嫌な訳はなく。

「主・・・・・・すき」

投げかけられる言葉たちに、うれしいよ、と。ありがとう、と。私もだよ、と。そう答えて。
はじめは照れていた子たちもいつしか挨拶のように、短刀たちは言葉をくれるようになった。







「あるじ、すきだよ」

可愛らしい短刀たちの声とは異なる、低い、声。
いつもと違う声に、それでも反射のように、ありがとう、私もだよ、と返そうと振り向いて、固まった。
心臓がばくりと音を立てる。
そこにいたのは、最近本丸にきたばかりの新しい刀。
緑を基調とした内番衣装。
畑が好きで当番じゃない日も基本そこにいて。
大きめの体格だけれど、威圧感はなくどこか大型犬を彷彿させる雰囲気。
内番の時にかぶっている帽子ははずされて、その大きな手に収まっている。
長めの前髪に隠れた瞳の色を、私はまだ知らない。

「あるじ?」

思わず言葉に詰まった私に、彼、桑名江は不思議そうに首を傾けて。

「あ、りがとう、桑名江」

ひねり出した声は少し裏返ってしまったような気がする。

「うん、短刀たちが言っているのを聞いてたから、言ってみたかったんだあ」

ふわふわとした雰囲気を醸し出しながら、桑名江は笑う。
満足そうに、桑名江はうなずいて。

「じゃあ、いくね、あるじ」

心臓はいまだに音を立てている。
その言葉を言うのは短刀たちばかりだと、去っていく楽しそうな背中に向かって言うことはできなかった。





「すきだよ、あるじ」
「ありがとう、桑名江。うれしいよ」

それ以来、桑名江は会う度にうれしそうにその言葉を言い放つようになった。
はじめは心臓がばくりと音を立てていたそれも、回数を重ねるごとに、穏やかさを取り戻していって。
今では自然にありがとう、と返せるようになった。

「おはよう、あるじ、すきだよ」

朝起きて一番の挨拶に

「すきだよ、あるじ、今日はいい天気だね」

通り過ぎる挨拶に

「あるじ、すきだよ、おやすみ」

夜寝る前の挨拶に。


「お、おおすぎじゃ、ない?」

浴びせられる愛の言葉が多くて、窒息しそうだ。
縁側でほけほけと湯飲みを傾けていた三日月と小狐丸のそばで崩れ落ちる。
短刀たちの柔らかな愛の言葉とは違い、桑名江の言葉はどこか重くて。

「はっはっは、主は愛されているな」
「主様、主様、小狐丸も、主様を好いておりますよ」

どうみても面白そうとしか思っていない三日月と、崩れ落ちた私の背を優しく撫でてくれる小狐丸。
真逆な対応の二人。
けれど、この本丸の古参である二人のそばにいると非常に落ち着くのだ。

「うるさい、三日月。小狐丸、ありがとう、私も大好きだよ」

私にとっての癒しである小狐丸に、ぎゅう、と抱きつけば、彼も答えるように抱きしめてくれて。
実家のような安心感は、ほかの刀たちのそばでは得られないものだ。
ぽふり、頭を撫でてくる三日月。
慰めるような動きに、身体は弛緩する。
桑名江からの愛の言葉はうれしくて、そして同時に困ってしまうのだ。
彼が向ける感情と同じものなど、あげられはしないというのに。

「まあ、じじいは優しく見守ってやるぞ」
「主様、なにかあれば、この小狐丸にお話ください」

ありがとう、とへらり笑って、返事した。



__のが数時間前のこと。

「ねえ、あるじ、好きだよ」

「ありがと、桑名江」

廊下にて。
なんだかいつもと違う雰囲気の桑名江に出会った。
すれ違うさいにいつもの言葉。
いつものようにこちらも返事して。

「・・・・・・すきだよ」

「?うれしいよ、ありがとう」

いつもであれば、一度言えば満足して去っていくのに。
なぜか、桑名江は不満そうな表情を浮かべていて。
ほわほわとした雰囲気もなりを潜めていて。

「ねえ、あるじ」

すい、と距離をつめられた。
あまりにも自然なそれに、一歩後ずさるのは間に合わず。
とん、とこれまた自然な動きで、両腕に囲われた。
後ろはいつの間にやら壁である。
つまり、なぜか、逃げ場がなくなった。

「ええ、と、桑名江?」

どうしたの?
言外に込めれど、むう、っとした表情はそのままで。
なにか琴線に触れたのだろうか。
全く分からない。

「す き だ よ」

ゆっくりと噛みしめるように、桑名江はまたその言葉を口にした。

「あ、ありが、」
「違うよ、あるじ」

ありがとう、そう告げるはずだった唇に、彼の堅い人差し指が、当てられる。
言葉を邪魔するようなそれに、理解が追いつかず。
そのまま桑名江を見上げる、と。

「ねえ、あるじ」

いつもであれば見えない前髪に隠された瞳。
それが、真っ直ぐに自分に向けられているのに気づいた瞬間、身体が、動かなくなった。
こんな色、してたんだ。
今初めて知った事実に思考が及びそうになったのを、低い桑名江の声が遮った。

「僕も、ほしいなぁ、あの言葉」

あの言葉、とはなんのことか。
見下ろされる威圧感に耐えながら考えれど答えは見つからず。
桑名江が、こてり、と首を傾けた。
前髪の下の瞳が、爛、と輝く。

「短刀たちだけに向ける返事なら我慢できたんだけどねえ」

短刀たちにだけ向ける返事とは、なんだ。
するり、桑名江の指が、私の唇をなぞるように触れる。
ぞわりとした感覚に背筋がふるえて。

「小狐丸にも言ってるのを聞いちゃったんだあ」

短刀にしかいっていなくって、でも、小狐丸に言っていた、その言葉。
それだけじゃ、答えにはたどり着けなくて。
困った表情をしていたのだろう。
桑名江は先ほどまでの雰囲気を和らげた。

「ね、僕の愛の言葉にも、”私も”って返してよ」

そこでようやっと気づいた。
短刀たちにも、小狐丸にも、すきだよ、と言われた時の返事を。

”私も”

そう、返していたことに。

ひゅ、と息をのむ。
桑名江の好意の言葉に、確かに私は一度だって同意を返したことはない。
否、返せるはずがないのだ。
彼の望む答えではないそれを。

「だめ、だよ」

私の返答に、桑名江の空気がぴしりと固まる。
私の唇に触れていた指が、ゆるり、私の喉元に移動する。
急所に触れる感覚に、ぞわりとする。

「どうして?あるじ、僕が嫌い?」

答えを求めているのか、いないのか、ゆるゆると出っ張りのない喉仏をさする指。
捕食者のような動きに、恐怖を、覚える。

「きらい、じゃ、ない」

嫌いなわけ、ないよ。
ここにいる皆は、私にとって大切な存在ばかりだから。

「じゃあ、どうして?」

ぴたり、指が止まる。
私の喉元を微かに押しつけて。
真っ直ぐに落ちてくる視線から逃げないようにその目を真っ直ぐに見て、答える。

「だって、私の同意は、桑名江の望むものじゃないから」

私の愛と、あなたの愛は、同じでは、ない。

喉元にあった人差し指が、するり、落ちる。
代わりにその手は私の頭に回って。
隙間がないくらいに引き寄せられ、て、たまるか!
ぐっ、とふんばれど、さすがに男の人の力には勝てず。
べしゃり、その分厚い胸板に顔からダイブした。
痛い、さすがにいたい。
そこで、気づく。
自分のではない、もう一つの心臓の音に。
ばくり、ばくり、激しく音を立てるそれは、どう考えても目の前の彼のもので。

「なんでえ、あるじ・・・・・・」

情けない声に見上げようとしたけれど、捕まった頭は胸板から離れることはできず。

「ねえ、あるじ、すきだよ、すき」

繰り返されるそれ。
私からあげられる言葉は、決まっているというのに。

「ありがとう、桑名江」

ぎゅう、と強くなる抱擁。
それが彼の気持ちを表すようで。

「ねえ、あるじ、すき、すきだよ、ねえ、おねがい、同意を、ちょうだい」


たとえ何度繰り返されようと、私から返せる言葉はたった二つだけなんだ。

「ありがとう、桑名江、うれしいよ」

抱擁が、また、強くなった。



だって、神様に、私なんかあげられないよ。
私なんかじゃ、たりないでしょうに


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