尾浜勘右衛門



視界の端でふわあり。
綺麗な黒髪が見えました。
それを無意識に目で追えば蒼色装束。
黒髪の持ち主を見やってそうして今まで手にしていた書物に再び目を落とす。

見ている本はいわゆる御伽噺。
私たち女の忍びにはまったくもって必要のないもの。
だけども嫌いではない。

だって現実の男の方たちに心許すことが許されないのならば、それ以外に心を許すしかないのです。
だから私は書物の中の男の子に恋をする。
そうすれば私は彼らに心許すことなく生きられる。

綺麗なお話。
作られた会話たち。

悪い人に連れて行かれたお姫様は王子様によって助けられるのです。
そうして二人は結ばれて、めでたしめでたし。

「勘ちゃん、今日の授業で___」

先ほど視界を外した方から聞こえてくるにぎやかな声。
楽しげで嬉しげな声。
柔らかな声色は蒼い空にゆっくりと溶けて行く。

ぱたん
見ていた本を閉じました。

綺麗な黒髪、微かにうねりを持ちふわりふわりと動く。
本の中の王子様はそんな姿をしてました。



(そうすることでしかこの心を隠すことができないのですもの。)