立花仙蔵 ※※※※



あれは月夜が似合う。
そう呟いたのは誰だったか。
姿を消した先輩かもしれないし、嫁いでいった同級かもしれない。
でも私はそうは思わないのだ

暗いくらい闇の中。
月明かりがこうこうと照らす日。
忍びには似合わぬその夜は、彼の男を美しくも幻想的に映し出す。


「結姫」


木の上で月見酒をしていたその人はふ、と私に気がつき名を呼んだ。
その声は辺りに響く虫の声よりもずっと世界に溶け込み心に残る。

「立花仙蔵」

名を呼び返せば微かな苦笑。
いつまでたっても私はこの男をその呼び方以外で呼べない。

立花仙蔵

それがこの男を作る言葉。
それがこの男のすべて。

それを手放した時初めてこの男は闇にのまれゆく。


さらり私よりも長い黒髪が肩を流れる。
私よりも美しきその顔が緩やかに傾げられる。

それらを映す月明かり。
それらは何物にも代えがたいほど美しく。

けれど


私は思うのだ。
この男にはこすぎるほどの紅が似合うと。
柔らかく微笑むその裏に真っ暗な闇に浮かび上がる白い肌に一番似合うのは紅だと。



(私はこの男が早く早く闇にのまれることを願う。)