ドリーム小説








主人公になれない 1













「お前誰だよい」


「ええと、どちら様でしょうか?」



私の部屋に突如落ちてきた、一人の男。

金色の髪はなかなかに独特の形状を保つ。

蒼色の瞳はきれいな色なのにどこかうろんげで。

はれぼったい唇から紡がれる音は低く脅すよう。


なにもない場所から突然現れた男は、こちらに全力の威嚇をもって睨みつけたのだった。


本当にいきなりのことで、理解ができない私に対して、男はしきりに目を動かして現状把握にいそしんでいた。

時折聞こえる、なんの能力だ、だとか、いったい何の目的が、だとか、それらの声を拾いながら、私は私で彼をあまり視界にいれないようにして携帯を取り出す。


よくわからないけれど、不法侵入でいいだろう。

役に立つお巡りさんを召還しようではないか。


「なに、してんだよい」


取り出した携帯のボタンを押そうとしたところで、じわり、はいあがるような低い声。

ぞくりとして振り向けば先ほどよりもいっそう鋭い目がこちらをみていて。


「海軍にでも、連絡する気か?」


・・・海軍?

ちょっと今理解できない言葉があったんだが。

だがしかし、それに気を向ける余裕はなく。


一歩距離を詰められた。

思わず後ずさろうとすれば、それは簡単に詰められて。


「あ、携帯!」


ひょい、と取り上げられた私の携帯。

それをしげしげと眺める男。

なんだ、このご時世に携帯が珍しいのか?


「なんだよい、これ。」


・・・今更だがなかなかに特徴的な語尾だなおい。


「ちょ、返して、それ私の携帯だから!」

手を伸ばすが憎らしいことに、目の前の男、たいそう背が高い。

手を伸ばすのはもちろん、飛び上がったところで全く届く気配がない。


そしてそれに夢中になっていたため、ドアが開いたのにも気がつかなかった。



「あら、。彼氏でもできたの?」

「あ?だれだよい。」

ぽわぽわとした笑みを浮かべてたっていたのは一人の女性。

向けられる鋭い視線にすらふわふわ笑っているのはたいそう大物だ。


「空ねえ!」

ぱあ、っと思わず名前を呼べばふわふわした笑みがぴたり、止まった。

「あら?もしかして、の本意ではないのかしら?」

それに首を縦に振れば、ふんわり、本日最大の笑みを空ねえは見せた。


「大事な妹になに、してるのかしら?」


風圧が、走った、と同時に私の前に空ねえが。

私の携帯は空ねえの手の中に。


「へえ、やるねい。」


男が鋭い視線の中に、好奇心を、浮かべた。


疑う、以外に見せた、初めての感情は、姉によってもたらされたのだった。






三つ違いの姉。

名前は空。

ほわほわ、笑ってるくせに、柔道、空手、剣道など様々な種目でまさかの黒帯をもつ。

黒髪ロングの姉に対して、茶髪短髪の私たちはよく似ていない、と言われるけれど、やはりそれは姉妹なわけで。

つきあいの長い友人からはそっくりだというお言葉をいただく。


どこが、といいたいのだが。


きれいでかわいくて、優しい姉は、よくもてて。

頭も良くて、要領もよくて、だけど、少しだけ抜けたところもあって。

料理はできないけれど、それ以外の家事は得意。


そんな姉が、私は大好きで、大切で、愛しくて、少しだけ、嫌い。


だって、ほら、今だってそう。


「あら、じゃあこの世界の人じゃないのね?」

「たぶん、だがな。こんなところ、俺は知らねえよい」


私がなにもできなかったその人から簡単に言葉を引きだして。



「じゃあ行く宛もないのかしら?」

「そうだねい・・・」

「じゃあ、私の家においでなさいな。」


私ができないことを、簡単にやってのける。


「・・・世話になるよい。」


きっと、私だけじゃ、この人の笑顔を引き出せなかった。

きっと、私だけじゃ、この人の現状を理解できなかった。



わかってるから、こそ、悔しい。

わかってるから、こそ、悲しい。



私だって、人一人くらいかくまえた。

でも、姉の家の方が部屋はあって。

姉の方がお金もあって。









私のみに起こった非日常は、あっさりと姉にかっさらわれていきました。














「空。」

「マルコ」


あれから、数日しかたっていないのに。

仕事が早く終わったから、空ねえとあの人の様子を見に姉の家に向かった。


そこには、ひどく甘い空気を生み出す二人がいて。

私が知らない、名前を、紡ぐ姉がいて。


もしかしたら、その人に好きになってもらうのは、私だったかもしれないのに。


そう思うと、ひどく胸の中がじくじくと痛む。


あのときは悪かった、と苦笑する男の人。

あのとき、それは、もう、過去のことだったと。

空がいてよかった。

ああ、それは、私はいなかってもよかったっていうこと?

、もう少しだけ空を貸しておいてくれるかい?

まって、まって、私はまだあなたの名前だってまともにしらないのに。









私はちゃんとした理由も知らなくて。

なにがあったのか、それもわからなくて。

まだ自分を養うだけで精一杯で。




息苦しくなって、逃げ出した姉の部屋。



今までよく訪れた部屋から逃げ出して、顔だって、店に行くこともなくなって。

同時に、姉も私の部屋に来ることがなくなって。



一月後、久しぶりにみた姉のそばに、あの人はいなかった。






自分の世界に、帰ったのよ。






笑いながら言う姉の頬には緩やかな涙の後

優しくすがめる瞳には紅い色が浮かんでいた。







勝手に現れて、勝手に消えていく。
どうせなら痕跡すら消していってほしかった。
























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