ドリーム小説
主人公になれない 7
静かな部屋の中。
いるのは私だけ。
与えられたソファに身を横たえるだけの日々。
手伝いたいと申し出たところで、いやそうな顔をされるだけならば、もう言うのも嫌で。
今日は宴があるらしく、私の夕ご飯は先ほどトレーによって運ばれてきた。
上の方で響く笑い声、どんちゃん騒ぎは私には遠い出来事で。
出来立てでおいしかったはずのパンはすっかりと冷めて。
それでもそれらに手を着ける気が起こらなくて。
この世界にきてしまったとき唯一持っていた携帯電話は、電源を切ったまま。
圏外の表示を観るのももう嫌で。
何のために生きているのだろうか。
もう何回も何回も考えたこと。
それでも答えはどこにもなく。
何をすることも許されず。
この場所から逃げ出すことも認めてもらえない。
私がここにいる意味は、ただ、あの人が姉に会うための手段。
でも、方法も何もわかってはいない。
きれいで優しくて、強くて大好きな姉。
でも、この状況は半分くらい姉のせいなのだろう。
そう思わずにはいられないのに、それでも願わずにもいられない。
「たすけて、空姉・・・」
つぶやく言葉は空気に溶けて。
冷たい沈黙だけが私を受け止める。
もういいや、すべて、もう、どうでもいい
ゆるり、ソファの上で体を縮めて丸まるが、睡魔はまだ姿を見せず。
ため息を、また一つ。
と、ソファが振動をひろう。
同時に地面が揺れる音。
「マルコー!!」
そして開かれる扉と、叫ばれる名前。
驚いてそちらを観れば、オレンジ色のテンガロハットをかぶった一人の青年。
そばかすが浮かぶにっこにこの笑顔。
頬は少し赤らんで、よっているのが伺える。
「__あれ?」
この部屋の持ち主の名前を叫んだけれど、その相手がいないとわかるやいなや、こてん、と首を傾けて。
「誰だ、おまえ。」
不思議そうな表情で私に問いかける。
それに曖昧に笑って返せば、ま、いいか、との返事。
ぐい、と捕まれた腕が、熱い。
久しぶりに触れた人肌に、思わず呼吸が止まる。
「こんなとこでじっとしてないで、一緒にご飯でも食べようぜ!」
否定の言葉がでてこない私を放って、ぐいぐいと腕を引かれる。
だめだよ、ここからでたら怒られる。
言わなきゃいけない言葉はたくさんあるのに、どれも口から発せられることはなく。
がちゃり、開かれた扉の先。
広がるのはたくさんの人たち。
楽しそうに愉快そうに歌を歌って、お酒を飲んで。
久しぶりの外。
思わず見上げれば満天の星。
「す、ごい・・・」
つぶやいた言葉は横の青年に手を引かれることで空気に溶ける。
「さっき赤髪が来たんだ!」
赤髪
それが何なのか、それすら私はわからない。
ただ、わかるのは、甲板の端にいた、彼が、こちらをみたということ、だけ。
「エース。」
低く、うなるような声。
背筋が凍る。
足がふるえる。
そんな私をかまいもせずに、隣の青年は、笑顔を浮かべて彼に走りよっていく。
「何を勝手に連れ出してんだよい」
「ん?なんかいたからつれてきた。」
理由にもならないそれにため息が一つ落とされて。
「何を勝手にでてるんだよい」
次いで向けられるのは冷たい言葉と視線。
固まった体は、動く機能を忘れたように。
緩やかに積められる距離とは別に、呼吸がしにくくなっていく。
と、視界のはしに、赤色が、写った。
「その毛色が違う娘、少し前に鷹の目がつれていたのによく似ているな。」
その言葉に、彼の眠たげな瞳が開かれる。
「赤髪、どういうことだよい。」
向けられていた視線は興味を一気に失ったように、私、は世界に置き去りにされる。
「んー、少し前に鷹の目に会ったんだがな。なんて言ったか・・・。空、とかいったっけか?その娘と似たような雰囲気の女を一緒に船に乗せていたな。」
空、姉
今、あなたは、この世界に、来ているの?
無意識、だった。
懐に手を入れて、携帯電話を手に持って、電源ボタンを長押しして。
ついた画面で手慣れた操作を行う。
空姉
その項目で受話器ボタンを押して。
圏外のはずのそれが、確かにコール音を、ならした。
いっかいにかい、数を数えるごとに心拍数はあがっていく。
がちゃり、音とともに、耳元で大好きだった、声が、響いた
「・・・?」
私の名前を呼んだのは、私の大事な
「っ、空、姉っ、!!」
あふれるのは感情と涙。
ぼろぼろと滴がこぼれる。
お姉ちゃん、
おねえちゃん、
おねえちゃん!!
「お願い、お姉ちゃんっ、___」
助けて
告げようとした言葉
それは持っていた携帯の喪失感で気づく。
「空、かよい・・・?」
届かなかった私の言葉。
「会いたい」
代わりに彼が、観たこともないような優しい表情で、愛しいと、告げるように微笑む。
「今どこにいるんだよい」
私には決して向かないそれ。
助けて、空姉
私の心からの叫び
遮ったのはまたこの人。
「すぐに飛んでいく、まってろよい」
私からすべてを奪う人。
ぶわり、あおいろがせかいを覆う。
空でも、海でもない蒼。
それをきれいだと感じれる心はすでになく。
「おい、マルコ。」
赤髪の言葉に蒼は振り向く。
「赤髪。その女、やるよい。俺にはもう、必要ねえからよい。」
姉が理由にしたがる私を、決して姉に会わせわしない。
彼の瞳は確かにそう告げていて。
携帯は彼が手にしたまま、私は姉との連絡手段も失って。
客人ではなくなれば、この船に乗っている意味もなくなった、と。
愉しそうに笑う赤い色を涙を落としながら眺めるしかできなかった。
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