ドリーム小説
花嫁修業 理由
「そういえば___」
昼食の時間が終わり、片づけに追われる時間。
とりあえず忙しい時間だというのに、なぜか珍しくも食堂に残った男。
無言の訴えにより、砂糖とミルクたっぷりのコーヒーを彼の目の前においた。
そのまま片づけに戻ろうとすれば突然かけられた声。
ゆるり、視線をそちらに向ければ、彼は続きの言葉をつづった。
「なんで船から下りたんだ?」
白髭海賊団の特徴の一つとして、家族に手を出されれば容赦しない、というものがある。
それはもちろん家族である私にも適用されるわけであって。
「今は、修行中なんですよ。」
片づけを先に終わらせて、自分用のコーヒーを入れて、彼の前の席に着く。
「修行?」
彼の言葉に一つうなずく。
「大事な大事な親父さんの、家族たちの役に立てるように。もっともっと、強く、大きくなれるように。」
ふわり、うかぶ偉大なる親父さんの姿。
私を愛しんでくれる、大切な大切な家族たち
彼らの役に立てるように、彼らを私が守れるように。
「それから、」
柔らかな色。
海の、空の、この世界の色をまとった、愛しい、人。
「愛しい人に、認めてもらうために。」
少し眠たげな瞳はいつだって、遅くまで作業をしているから。
いつもだるそうな言葉は、悪い目つきを和らげるために。
傷は治るからと、自分が傷つくことで仲間を守る、優しすぎる人。
世界の何よりも家族を愛する、とてもとても希有な人。
彼が求めるいい女に。
彼を支えられる立派な女に。
彼が認めてくれる強い女に。
だから、目の前のこの人が、私の一番になることは、決してない。
興味深そうに、楽しそうに、男は笑う。
それに小さく笑い返して続きを紡ぐ。
「さしずめ、花嫁修業ってか?」
それはもう、的確に今の私の状態を彼は当てる。
少しだけ苦笑してうなずいて見せれば、さらに先を促されて。
「もっといい女になるんだったら、考えてやるって、言われたんです。」
あきらめるために告げた言葉。
それがまだ望みがあることが発覚して。
まだあきらめなくていいならば。
あなたの望む、すてきなひとに、なるために。
トラファルガーの瞳が、一度二度、瞬いて、じい、っと私を見つめてきた。
「俺なら、今のままのおまえでいいと言ってやるが?」
興味本位でいっぱいのその言葉。
そんな言葉なんかにときめいてあげるほどかわいい女じゃ、ない。
今の私でいいなんて、そんな簡単な言葉、いらない。
私が納得しない私を認められたって、うれしくなんかない。
「”これから”がんばる私をみてくれない男なんかに、私はもったいないですよ。」
挑発的に笑ってみせる。
サッチ隊長が、敵に見せるように。
イゾウ隊長が、あざ笑うように。
マルコ隊長が、余裕を見せるように。
私を、さらに成長させてくれる相手じゃないと、私には物足りないんだ。
私の言葉に、彼は一度面食らったように驚いて、そして、それはそれは楽しそうに笑った。
伸ばされた手が、頬にふれる。
いつであろうとこの人の体温はどこか低い。
あの人とは、全く違う。
「いつか、その瞳を俺に向けさせてやるよ。」
その瞳に宿るのは、ただの興味。
私を愛しいと思ってなんていないくせに。
「そんなときがくることは一生ないでしょうね。私の愛しい蒼い人に勝てる人なんて、どこにもいやしないもの。」
想い人がばれてもいいと、思った。
だって、私は決してこの人を想うことはない。
この人が私を心から愛することがないように。
私にとって何があろうと一番は親父さんで。
大事なのは家族で。
偽りのクルーだと認めてくれているこの場所は、心地よいけれど、決して私の居場所ではない。
「楽しみにしておけ。」
くつり、笑みを浮かべた男は髪に触れる。
潮風にいたんだ髪に。
そのまま、ふわり、唇を落とすもんだから、なれないそれに思わず顔が赤くなる。
動揺を見せないように、立ち上がり、その手を振り払う。
「さて、夕飯の下準備にかかりますから。」
顔が赤くなっていたのが、どうかばれていないといいのだけれど。
戻る