ドリーム小説

















せかいはやさしくなどなくて







 




「俺はおまえを思うことも、おまえを助けることも、ない。覚えておくといいよい。」



あっさりと突き放したその人は、あの世界で私の心を奪った人で。

この世界で生きてみようというたった一つの希望だった。

広い世界で見つけられたという事実は奇跡のようで。

けれどもそれははかなく散って。

サッチさんの計らいで彼らの船に乗せてもらえることになったけれど、やっぱり私にできることなどなにもなく。


サッチさんの女だと、そんな彼にとって不名誉以外の何者でもない名称を与えられて、この船に乗っている。

向けられる視線はいいものではないし、ぶつけられる言葉はひどいものが多い。

それでも、生きることが、できるこの船の上。



私はなにを、目的にして、何のために生きればいいのだろうか。


あの世界に戻ること、それは、あの町で、あの生き方をするときにあきらめていたから。



「マルコはこの船で一番海賊らしいんじゃねえかな。」

サッチさんは、暇ができるといつも私のそばにきてくれる。


とても優しい人。

事情を聞いて、ならば俺と一緒においでと、そう声をくれた人。


「女も酒も大好きだしな。無駄な殺戮はしねえが略奪はもちろん好んでする。」


すべての事情をはなして、けれども、それはきっと受け入れられてはいない。

サッチさんですら、おそらく信じてはいない。

それを養護してくれるはずの存在は、簡単に私を見限ったから。



あの世界ではあの狭い空間で、あの人にとって私しか頼る人はいなかったわけで。

けれども、この世界で、私は先に彼以外の養護者と出会ってしまっていたから。


「あんまりふさぎ込むなよ?俺はおまえを好んでこの船に乗せたんだ。それは、嘘じゃねえから。」


優しい、とてもやさしいひと

私が彼にできることは十中八九、この船から下りること。

それでも、あの町からでてしまった私はほかに頼るところなどなく、彼の優しさに甘えてしまっている。




この船の人はどうしようもないくらい、家族に甘くて、その反動のように家族以外には優しくはない。



「サッチ隊長を独り占めなんて、あなたずるいわ。」


数少ないできること。

掃除は体力が足りず、料理は不器用すぎて。

唯一任されることができた洗濯。

いつも忙しいナースのお姉さんたちの代わりに彼女たちのものを洗うこと。

それが私の仕事になって。

毎朝届けられる洗濯物が週間になってきた日、一人のナースさんがそういった。

とても寂しそうに言うものだから、言葉を返すことなどできず。

まったくの他人、サッチさんの女。

そんなポジションになってしまったため、自分の部屋などもてるはずもなく。

サッチさんの部屋でずっと寝泊まりしている。

サッチさんは私に手を出すでもなく、ただぎゅう、と抱きしめて寝てくれるのだ。

その感覚がとても嬉しくて、切なくて。

甘んじて受け入れてしまっていたのだ。


「サッチ隊長を独り占めなんて、ずるい」


彼女の言葉は私に深く突き刺さる。

あの町で、サッチ隊長は確かにそういうことをする目的で私を買った。

けれど、あれ以降なにをされることもなく、共にいてくれた。

きっと、ずっと我慢していてくれたのだろう。

ナースさんたちを部屋に呼ぶこともできない状態で。

ずっと、私に気を使ってくれていたのだろう。


「ごめんなさい、今日から、別のところで、寝ますね。」


言葉だけを落として踵を返したナースさん。

苦く笑ってそういえば、ふわり、とてもとてもきれいに笑い返されて。


「ありがとう、じゃあ、今日はサッチ隊長の部屋にいかせてもらいますね。」


すごく、すごくきれいな人。

私なんかでは太刀打ちできないくらいに。

サッチさん、ごめんなさい。

今日から別のところで寝かせてもらおうと思います。

宛は全くないけれど、それでも、あなたのじゃまにはなりたくないから。






「誰も、こないといいな」


物置になっているその部屋は、埃っぽく空気が悪い。
けれどそのためか、人はほとんど来ないようで。

隅っこに入り込んで、小さく体を丸めればまるで秘密基地のようになって。

今頃サッチ隊長の部屋にはあのナースさんがいるんだろうな、ぼんやりとそんなことを思う。

やっぱり、次の島に着いたら船を下りよう。

どうせ一度あの生き方を決めたんだ。

もう後は全部一緒だろう。

できることならば、少しでも治安がいい町であれば嬉しいな。


慣れることのできない海の上の揺れ。

今はそれが心地よい子守歌のように感じて。

緊張を強いられたままの体はゆっくりと緩急していった。






「こんなところで寝るたぁ、無防備にもほどがある。」



緩やかな声。

耳元で響くそれにぎゅう、と体を縮込めて。

少し肌寒いからだを、近づいてきた温もりにくっつける。

まどろむ意識の中、ため息と共に柔らかな浮遊間を感じて。

あまりにも優しいその動作に、再び意識は眠りの中へと誘われていった。










   3  残酷すぎる事実に気付く話















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