ドリーム小説
せかいはやさしくなどなくて
「お目覚めかい?」
温もりにすがり、緩やかな意識を浮上させれば目の前には艶やかに笑う一人の男の人。
この人は誰だったか、いったいなにがあったのか。
ぼんやりとした意識で答えをさがすが見つかることもなく。
ぐ、っと顔を近づけられて、至近距離でその目を見つめる。
「サッチがつれて帰ったってぇ言ったからな。どんなにいい女かと思ったんだが。」
その後に続く言葉には慣れている。
「それとも、アッチが、そんなにいいってことかね。」
くつり、のどの奥で笑う気配。
まるで補職されるようだと、頭の隅で思う。
「食べられてみるか?」
欲をはらむ瞳で、投げつけられた言葉。
それにうなずくでも、首をふるでもなく。
「次の島には、いつ着きますか。」
頭に浮かんだのは船を下りるという決心。
不意をつかれたようにきょとんとしたその人は、はあ、と一つ大きなため息を落として、立ち上がる。
「次の島は当分先だ。ま、それまでに一度くらい相手してくれるってんなら嬉しいね。」
わしゃわしゃときれいな黒髪を大きな手のひらでかき回して大きなあくびを一つ。
そしてその人は口にキセルを加えてこちらをみやった。
「サッチと喧嘩でもしたのか?」
その言葉にようやっと昨日のことが思い起こされる。
いろんなことがどうでもよくなって、ポツポツと話せばふうん、と相づちが返ってくる。
「なんだ。毎日ヤリまくってんのかと思ってたってぇのに。あいつにしちゃあ珍しいこともあるもんだ。」
くゆらせた煙が室内に広がる。
けほり、小さく咳をするがその人はちらりとこちらをみただけで。
「ま、少しの間ならここにいてもいい。」
「・・・え?」
思わず驚きの声を上げればまた煙を一つ、彼は吐く。
「どうせ帰りにくいとかおもってんだろ?俺はどちらかというと相手の部屋にいく方が多いからな。いないときであれば自由に使え。」
「で、も、」
「交換条件が必要ってんなら、この着物の手入れでも頼もうかね。」
そこでようやっと、この人が懐かしい衣装を身につけていることに気がついて。
「き、もの・・・」
そっと近づいてふれたそれは、確かに故郷のものと同じもので。
「知ってるのか?」
その問いに大きくうなずいて、懐かしいそれを目に焼き付ける。
「私の国の正装です。」
「・・・おまえの名前は?」
「私は、と言います。お名前をお聞きしても?」
「イゾウ、だ。、おまえは和食を作れるか?」
キセルから口をはなして、ずずい、と距離を詰められる。
きれいな顔立ちが突然近づくわけで、驚きながらも一つうなずけば、始めてみる満面の笑み。
「作れ。」
まるで女王様のような笑みで、しぐさで、声で、イゾウさんはそうのたまった。
「!?」
ずるずると引っ張られてつれていかれた食堂。
イゾウさんに手を引かれ姿を現した私に向けられるのはもちろんいいものではなく。
私の名前を呼んであわてて走りよってきたのはサッチさん。
「サッチ、食堂の端、に使わさせろ。」
心配そうな、それでいてどこか起こった表情を見せるサッチさんに言葉を返す間もなく、ぐい、と引かれたままキッチンへと放り込まれて。
「俺はとりあえず和食に飢えてる。作ってみろ。」
「!昨日はどこにいたんだ?!」
サッチさんがどこか怒ったように声をかけてきて。
それに口を閉ざせば横にいて料理をみていたイゾウさんがそれに返事を返した。
「俺の部屋だが?」
その言葉にサッチさんが無言でこちらに向きなおり、体をぺたぺたとさわってきた。
「なにもされてねえか?」
言葉は優しくて、瞳は心配そうで。
ああ、本当にこの人は___
「昨日はお楽しみだったんだろう?」
イゾウさんがどこか楽しそうに言葉を発せばサッチさんは視線をさまよわせる。
やっぱり、私がいることでいろんな気を使わせてしまっていたんだと、今更ながらに実感して。
そして探しにきてはくれなかったということに、心臓が痛んだ自分が、どうしようもなく嫌になった。
「けどどうしてイゾウが?」
一通り体にふれて、そうして視線を今度はイゾウさんへと向かわせれば、相変わらずな表情でイゾウさんは返事を返した
「物置で拾ったんでな。」
「。」
がしり、肩をサッチさんに捕まれて、至近距離で瞳を見つめられる。
「ここは男ばかりなんだ。物置で寝るとかかにを考えてる?イゾウだったからまだよかったものを、ほかの奴らならふつうに喰われてるぞ?」
なら、探しにきてほしかった
口をついてでそうになった言葉を飲み込んで、苦く笑ってみせる。
「ごめんなさい。」
心配かけて、気がつけなくて。
「今日からもう、別のところでお休みします。だから、もう気にしないでくださいね。」
あなたはなにも悪くないから
なにも我慢もしてほしくはないから。
「そういうことだ。」
ぺしり、捕まれていた肩から温もりが消える。
イゾウさんがたたき落としたサッチさんの手は、だらり、重力に従って落ちた。
「___そうか。」
一つ、瞬きをした、その瞬間、サッチさんの表情は一気に削げ落ちて。
向けられた視線は、ただ、冷たいもの。
私に今まで向けられていた温もりは、消えて。
怒りでも、なくて、それはつまり
「じゃあ、もう俺はおまえにかまわねえ。」
無関心というものに、なった。
4 もう直らない壊れものの話
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