ドリーム小説
その笑みはひどく
大学の部室棟の中の今は未使用になっている部屋。
そんな部屋があることを今日初めて知って。
そしてその場所に探している先輩がいることも知らなくて。
教えてくれた読書同好会の先輩を思い浮かべながらその部屋へと足を踏み入れる。
狭いその場所は他の部屋と同じように奥行きだけがあって。
奥へ奥へと進んでいけば一つの赤いソファが目に付く。
「七松先輩。」
その上に体を丸めるようにして横たわるおおがらなからだ。
いけいけどんどんと言葉を紡ぐその口は今は小さく寝息をたていて。
きらきらと太陽も顔負けの笑顔は今はなりを潜めて。
名前を呼ぶが返事はなく。
「七松小平太先輩」
再び呼ぶがそれにも反応はない。
どうしたものかと考える。
七松小平太。
サークルの先輩。
明るい人柄は同輩も先輩も後輩も、皆ひきつけてやまない。
かく言う自分もその一人で。
笑顔に魅せられる。
ソファの端っこに腰掛けて大人しい七松先輩を眺める。
そっと手を伸ばしてくしゃり、そのぼさぼさな髪に触れる。
「おお・・・」
見た目に反して柔らかなその髪質に思わず感嘆の声を上げた。
「・・・ん、」
さわさわとそれに触れ続けていけば、掌の下小さく声が響く。
慌てて手を離せばがしり、なぜか捕まれたその右手。
「・・・?」
寝起き特有の掠れた声にどくりと心臓が高鳴るのを感じながら、言葉をひねり出す。
「七松先輩、竹谷先輩が探してらっしゃいましたよ。」
本来の用件を述べ、顔をのぞき込めば、ゆるり、その瞳が数回瞬く。
普段は見ることのないぼおっとした姿に、また心臓が音を立てるのを感じながら平常心を心がける。
捕まれたままの手首が、熱い。
「・・・八左ヱ門、が?」
ゆっくりともう一つ瞬きをして、脳に言葉を送るように言葉を紡ぐ。
そのまま先輩は、ぐっ、と縮こまっていた体を伸ばして、はねるように飛び起きた。
手首から熱が消える。
離れたそれを少しばかり寂しく感じていれば、ぽん、と頭に温もりが乗せられて。
「探しにきてくれたのか。ありがとな!」
ぐしゃぐしゃと髪の毛をかき混ぜるように撫でられて、頭がぐらぐらする。
でも、その感触が気持ちよくて。
「じゃ、行くか!」
立ち上がってにかり、と、太陽のような笑み。
どくどくとさらに激しく音を立てる心臓。
確実に顔が赤くなっているだろうなあ、と思いながら七松先輩の顔を眺める。
立ち上がって、一歩進んだ先輩はそういえば、といいながらくるり、振り返る。
ソファに座ったままだったから見上げる形になって。
「わたしがここに居ることがよくわかったな?」
「長次先輩に教えていただいたんです。」
不思議そうに首を傾げて問いかけてくる先輩にそう返す。
と、ぴたり、今まで浮かんでいた笑みが止まった。
「・・・長次?」
先ほど傾げていた首を逆にかたむけて、落とすように言葉をこぼした。
「はい。中在家長次先輩です。七松先輩なら部室棟の使ってない部屋にいるって教えてくださって。」
脳裏に浮かべた無愛想な先輩。
その顔に似合わずかわいい物好きで面倒見がいい優しい先輩だ。
「なあ、。」
ふわり
突如呼ばれた名前。
なぜだかすごく優しい声のはずなのに、どこか冷たさも含んでいて。
そんな彼は珍しくて思わず顔を見る。
ふわり
すごく暖かいはずのその笑みが、じわり、一歩距離を積めるように近づいてくる。
「七松、先輩・・・?」
その様子に思わず声を漏らせばにっこり、すごく楽しそうに笑っていて。
「わたしのこと、なんて呼んでるっけ。」
疑問文のはずが、まったく問いかけてるようではなくて。
「七松、せんぱい、」
そうすればさらに笑みが深くなる。
「じゃあ、長次は?」
「長次、先輩。」
先輩が言いたいことが、何となくわかって。
それでもまさかと言う感情もあって。
「なあ、わたしは名前で呼んでくれないのか?」
ぎしり
いつのまにかつめられた距離。
思わず後ろへと逃れようと体を動かすが、後ろのソファもそんなに幅があるわけでもなくて。
ぎしり
先輩の右膝が、さらに一歩詰めるようにソファに乗せられて。
「なあ、」
目の前、先ほどの太陽のような笑みではないそれ。
口の端をあげて、ひどく艶やかな色。
右の手首が逃さないとでもいうように、強く、捕まれて。
「わたしの名前、さっさと呼べよ。」
鋭い視線がただ、体の奥底を揺さぶるように向けられていた。
その笑みはひどく、獣じみていた。
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