ドリーム小説





束縛する気はないけれど




















ぎしり


小さく自分が寝ころんでいるソファが音を立てた。

いつもであれば誰かがそばに来ればすぐに意識が浮上するというのに、珍しい。

そう思って意識を向ければ、ふわり、鼻孔をくすぐる香り。

落ち着くその香り。

柔らかなそれ。

頭に浮かぶのは一人の後輩。

同時にこの子ならば気がつかなくてもしかたがない、とも思った。

珍しくもわたしの内側の子だから。

今年はいってきたばかりのその子はふわりと笑うかわいい子。

何でここにいるのかと疑問に思いながらも、まあいいか、と再び睡眠にはいろうかと意識をおとそうとする。

が、

ふわり

柔らかな温もりが、髪に触れる。

突然のそれに、さめきっていない意識はゆるり、反応する。

「おお・・・」

小さくあげられた感嘆の声。

その声が、耳をくすぐる。

「・・・ん」

そのこそばゆい感じに思わず声を漏らせば慌てたようにその温もりが離れていく。

それがあまりにも寂しく感じて、腕を、つかむ。

「・・・?」

腕をつかんだままゆっくりと呼んだ名前。

出した声は寝起き特有の掠れた音。

「七松先輩、竹谷先輩が探してらっしゃいましたよ。」

ゆるりとした落ち着いた声。

そっとのぞき込まれたその黒い瞳。

それを確かめるように幾度か瞬く。

「・・・八左ヱ門、が?」

回らない頭に言葉を送り込む。

つかんだままの腕が暖かい。

もう一度瞬きをして、ぐっと体を伸ばす。

起きあがる際につかんでいた手を、はなして。

けれど、わたしからはなした温もりが惜しくなって。

その形のよい頭に、きれいに整えられた髪に、触れる。

「探しにきてくれたのか。ありがとな!」

に似合ったその髪型。

かわいいと感じるそれ。

見るのは、わたしだけでいい。

ぐしゃりとかき回せばそれにあわせてぐらぐらと頭が揺れた。


「じゃ、行くか!」

いつまでも触れていたいその感覚。

でもそんなわけにはいかないから、手を離す。

立ち上がって笑えば、ふわり、笑みを返されて。

どくりと心臓が音を立てた。

それを押し隠すように立ち上がって距離をとる。

探しにきてくれたのはすごく嬉しいのだが、密室で二人きりというのはあまりよろしくない。

慌てて話題を変えるように、言葉をかける。

振り返りソファに座ったままのを見下ろす。

「わたしがここに居ることがよくわかったな?」

「長次先輩に教えていただいたんです。」

その言葉を聞いた瞬間、ぴしり、思考が止まった。

親しげな呼び方。

柔らかい笑み。

向けられる穏やかな感情。


そのベクトルの方向は、わたしでは、ない。


瞬間、あふれ出すどす黒いまでの感情


「・・・長次?」


脳裏に浮かぶ、唯一無二の友の姿。

その名前を言葉に出せば、じわり、苦い感情が広がって。

「はい。中在家長次先輩です。七松先輩なら部室棟の使ってない部屋にいるって教えてくださって。」

わたしを映すその瞳がどこか遠くを見るように。

わたしを呼ぶ甘やかな声は違う名を紡ぎ出す。


「なあ、。」


ふわり

笑って、みせる。

今の自分ができる精一杯の笑みを。


ねえ、どうして?


一歩、距離を詰めるように足を、踏み出す。


「七松、先輩・・・?」


おそるおそる、呼ばれた自分の名前。

それは、わたしを特定する語では、ない。


きっと、今のわたしはひどくいびつな笑みをしているだろう。


「わたしのこと、なんて呼んでるっけ。」


わかっていることを、あえて問う。

「七松、せんぱい、」

それはひどく他人のようで。

「じゃあ、長次は?」

「長次、先輩。」

声が、耳をすべる。

ずくりと重い重いなにかが、心臓にのしかかるよう。



「なあ、わたしは名前で呼んでくれないのか?」


ぎしり


ゆっくりとつめた距離。

目の前にある、の顔。

驚きと不安でいっぱいにしたその表情は、わたしのなかの、何かを、刺激して。


そう、それは、

わたしのなかの獣を呼び覚ます


さらに後ろに逃れようとするその些細な抵抗すら、いとおしい。


ぎしり

ソファにゆっくりと体重を乗せる。

右膝が、に触れる。

小さなその温もり。

欲望が、生まれる。


「なあ、


先ほどわたしに触れていたその手を、つかむ。


を束縛する気はない。

わたしが知らないところで誰と仲良くなろうがかまわない。

それでも、



「わたしの名前、さっさと呼べよ。」






束縛する気はないけれど

私より仲良くなるなんて許さない














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