最近知り合った後輩がいる。


知り合ったといっても、前々からその存在を知ってはいた。



友人である三郎に何度も話を聞いていたし、廊下ですれ違うことも何度もあった。




喜八郎を訪ねて作法の委員会室に顔を出すこともしばしばなので、大概の生徒宜しく一方的に知っていた。



それが、急に頭上から降ってきたのは本当にごく最近。




存在に気付いていなかったわけではないのだが、急に降りてくるとは思わなかったがために思わず声が出てしまった。



そうして初めて、後輩、の目に、の姿が映ったのである。





まあそんな馴れ初めの話はさて置き。







上級生になっても、食堂のお手伝い当番というのは等しく回ってくるのだ。



故には食堂に立っていた。



今日はおばちゃんが不在で殊更忙しいというのに、運悪く、共に当番を言いつけられた同じクラスの友人は使いで外出中。



いたしかたなく一人で頑張っていたのだけれど。




実のところ、は料理が不得手である。



食材を切るとことから火を通すところまで、完璧に下手くそなのだ。





持ち前の器用さで盛り付けだけはどうにか得意だが、それにしても、調理全般が目も当てられないぐらいにひどい結果に終わると自負していた。






詰まる所、一番最初の食材を切る段階で右手に握った包丁で右手を切るという御約束な反則技を披露してしまったのだが。





情けない気分に浸りながら、大した傷でもないので気にせず作業を再開しようとした。





「すみません、おばちゃん・・・・・・・、あれ?」





そこで登場した来訪者に、見た目だけはきれいに包丁を握った手がぴたりと止まった。



きょとんと眼を瞬かせる砂糖色に思わず訪ねてきた4年生は首をかしげるので、説明のために口を開く。




「えっと、おばちゃんなら今日は御用で外出してるけれど・・・・・、」



「そうなんですか・・・。先輩、おひとりですか?」



「うん。一緒に当番の子がお使いに出ちゃってて。」




少し困った風に笑ってそんなことを言う様を同じクラスの生徒が見れば、確実に制止をかけただろう。


5年ろ組には「を一人で調理場に立たせてはいけない」という暗黙ルールがあるのだ。



しかしそんなものをが知っているはずもないので、止めることはしない。



ただぼんやりと、包丁を握る手の甲に切り傷があるのが目に留まった程度だ。




故には、食材の切断作業を再開した。




次の瞬間。



「あ、」




今度は添えていた左手に、見事に刃が入ってしまった。



右手のそれよりも深いそれのせいでだらだらと赤色が流れ出し、大根がじんわりと赤くなっていく。




「っ?!!先輩!手!上げてください!!心臓より上に!!」



「え?・・・あ、うん。」




あわててその手を掴み取り、高い所に持ち上げた。



されるがままのに、少しばかりため息をつきたくなる。





多少抜けている人だとは思っていたが、これは多少というレベルでもないだろうに。




やる時はきちんとやるのに、すごいギャップである。





「先輩、切るのは俺がやっておきますから、保健室に行ってきてください。」




両手とも切ってしまったこの状況では(右手の裂傷も包丁で切ったことぐらい見当はついた)調理の続行は困難だろう。



そう思っての発言だったが、は申し訳なさそうな顔をする。


そんな顔をされてはも強く言えなくなってしまうではないか。



しかしここは心を鬼にしなければ、などと自己暗示をかけ、もう一度同じようなこと言うと、ようやくは保健室へ向かってくれた。


今度は安心して、もう一度ため息をついた。




さて、と殆ど手つかずの状態の食材を見る。




先ほどのの手際を見るからに、戻ってきたところで似たような状況になることは明白だ。




だからこそ、





気合を入れて袖をまくり、は作業を開始した。


















両手を治療し、伊作にくどくどと怒られてから、ようやくは食堂まで戻ってくる。


近づくにつれてとてもいいにおいがしてきたので、本当にいたたまれない気持ちになった。



どう考えても後輩がやってくれたのだろう。




「ご、ごめんね!」




言って食堂に駆け込めば、なんでもないことのように笑顔を向けられてしまった。



ああ、それでは言葉を間違えてしまったようだ。




「ありがとう。」



言い直してぐつりと煮える鍋を見る。



中ではが必死に格闘した結果惨敗した大根も、きれいに切りそろえられて煮えている。




「後は盛り付けるだけですから、そこまでやっちゃいますね。」



気遣うように言うに、はあわてて首を横に振った。


さすがにそこまで迷惑をかけるわけにはいくまい。




「大丈夫だよ、私、盛り付けは得意だから、」



一生懸命なそんな言葉に任せたいところだが、しかし俄かに信じがたく。



先ほどのあの無器用っぷりを披露されているので尚更だった。


それ故作られた若干微妙な表情に、は綿菓子のように笑んで見せる。




「大丈夫、まかせて。」



裏も淀みも何もなく、真っ直ぐ柔らかに。



そんな顔をされたら、反論などできなくなってしまうではないか。




息詰まるにもう一度笑み直し、重なる皿に手を伸ばした。







昼も過ぎて、ようやく食堂に立っていた二人も昼食にありつけるようになる。



まだ駆け込んでくる生徒がいないでもないが、大した数でもないので見切りをつけ、向かい合って席に着いた。




皿に盛られた食事は、なるほど確かに美味しそうだ。



得意だというだけのことは、確かにある。




彼は決して不器用なわけではないらしい。





「あ、そうだ、この後時間あるかな?」




こてん と首をかしげ、砂糖色の髪が揺れる。



ああ、仕草までこの人は、などと悶えそうになる精神を叱咤し肯定の言葉を返せば、ふにゃりと表情が緩んだ。




「それじゃあ、片付けまで済んだら私の部屋に来てもらってもいい?」



「先輩の部屋にですか?」



「うん。ちょっと渡したいものがあるんだ。」




本当に、悪意も下心も欠片すら含まず笑う人。




それが何か、と問うこともせず、盛大に頷いてしまった。




それだけで、彼は嬉しそうに笑ってくれる。









そんなこんなで片付けを終え、あまり速くない速度で歩くに続いて5年生の長屋へ。




日ごろそう足を踏み入れる場所ではないので、少しばかり緊張もする。


長屋の中でも隅の方の部屋のふすまを音もなく開けば、なぜか見覚えのある人間が。




「?あれ、どうしたの?三郎。」



も予期していなかったのか、不思議そうな顔をする。





三郎はと言えば、いつも通りの愉快そうな笑みを浮かべてはいない。



少し不貞腐れたような、そんな顔。


はて、なぜだろう、と思考を巡らせてみるが、にはこれといって思い当たる節はない。



そうしたら、くすくすと、肩を揺らせてが笑った。






「三郎、のこと取ったりしないから拗ねちゃだめだよ?」





め、と幼子をあやすように言って、より一層不快そうな顔をする三郎は潔く無視してに手招きした。



そういうことか、と納得して、微笑ましい気持ちを押し殺す。




表に出したらより一層この人は拗ねるだろう。



もちろん、先ほどが言った言葉だけでないことはわかる。





「先輩、俺も先輩のこと取ったりしませんから。」




口に出したら、やはり三郎は微妙な顔をした。



あたりだったようだ。





言われたとおり入室すれば、我が物顔で三郎が座布団を出してくれる。



その上に正座して部屋の中を見回した。



おそらく一人部屋なのだろう。



部屋の3分の1ぐらいは衝立の向こう側。




色々な物が所狭しと置かれている。




先ほどからはそこで何かを探しているらしかった。





「あったあった。お待たせ。」




目当てのものが見つかったのか、薄く平べったい白肌の木箱を抱えてが戻ってきた。


とん、と丁寧に、箱はの前に。




渡したいものがあると言っていたが、いったい何事だろう。



首をひねると、はにこにこしたまま箱を開ける。






「・・・・・・・・・・・・、着物。」




中に入っていたのは、女物の着物だった。



淡い色がほとんどで、どれも少し高そうに見える。




の私物だろうか。



確かに、どの色も彼に似合いそうだ。






「私が前に使っていたものなんだけどね、4年生でも女装の実習はあるし、よかった貰ってくれないかな?」





言われてみれば、少し彼には丈が合わなく見える。



彼も女装の実習で使っていたということなのだろう。





しかし、





「い、いえ、さすがに頂くわけには・・・・・・」





決して安いものではないのだ。



いくら使わないものとはいえ、ホイホイ貰えるわけがない。



だからあわてて首を振ったのに。





、貰っておけ。どうせ学園に寄付するつもりだったんだから。」




三郎にまで畳み掛けられる。


というかなんでそんなことまで知っているんだ。



苦笑を覚えつつもどうにか断ろうと言葉を捜すが、いかんせん、向うは二人がかりの上に5年生ともなれば口先だって数段上手。




あっさりと言いくるめられてしまった。






「すみません、なんか、」




「ううん。こちらこそ、手伝ってくれて有難う。」




申し訳ない気持ちも、居た堪れない気持ちもあったというのに。


ただ、不思議な先輩がいつもどおりの蕩けそうな笑みを浮かべただけで、どうでもよくなってしまうだなんて。



つくづく現金だ、と思いながら、愉快そうに笑ってくる委員会の先輩に苦笑を向けて、気を紛らわすことにした。


























きみのおさがり















「ね、三郎、にはどの色が似合うかな?」

「そうだな、・・・・・・・これとかどうだ?」

「いいね、ちょっと待ってね、今併せる帯も・・・・・」

「帯?!」

「あと、かんざしとかもあるから、良ければ一緒に・・・・」

「いやいやいやいや!流石にそこまでは!」







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輝きの灯火の煌那蔵さまに10000打記念として捧げます。

壱衣のあまりの遅筆のせいで既に3万打を疾うに越してらっしゃるんですけどね;;
嬉々としながらコラボ夢を書かせていただきました!

ちゃんを可愛がりたい衝動に駆られて溜まりません。
は女物の着物もいっぱい持っているのです。という設定をここぞとばかりに。
あと、ちゃんのお料理上手設定にときめきを隠し切れなかった結果がこれです。
どうもすみません。凄く、楽しかったです!

那蔵さまのみおもちかえりどうぞです! ※※※ きゃあー!!! 黒蜜豆乳プリンの壱衣様からいただきました! 10000記念夢です! コラボコラボ! なんて素敵なんでしょうか!! すっごくすっごく我宅の夢主が可愛い! 私が書くよりずっと可愛い!(え?) 壱衣様のところの夢主さんも超絶可愛い! というか、壱衣様が可愛い! あーもー本当にありがとうございました!