小説



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今回はみんなを泣かしてみました

バサラ
テニス

の順番です






ばさら










「佐助は泣かぬのだな・・・。」


真っ赤に目を腫らした幼い主は、俺を見て恥ずかしそうにそう笑った。



忍であれ。


師匠は、言った。


忍であれ。

感情を表にださず、ただの道具として生きろ。


怒りを殺せ

喜びを殺せ

悔しさを殺せ


悲しみを、殺せ。



そう言われ続けて育った俺に、幼い主は問う。


「どうして佐助は怒らないのだ?」

「どうして佐助は笑わないのだ?」

「佐助は悔しくないのか?」


「なぜ、泣かない?」


感情を殺すことと引き替えに生きる術を手に入れた俺に、なんて酷な言葉。



それでも、心のどこか、死んだ場所で、死んだはずの俺が歓喜する。




「泣け、佐助。」


部下の一人が死んだ。

そのときも、主のその言葉にもへらりと乾いた笑いを漏らすことしかできなくて。

そんな俺に向かって主は悲しげに笑う。





「佐助。」

また、一人の部下が死んだ。

俺の配分ミスで、大事な部下が一人、失われて。

それでも、心は死んだままだから、何の感情ももてぬまま。



「佐助。」

穏やかな主の声は、緩やかに水気を帯びて。

その赤く辛苦にもえる瞳からこぼれる幾筋もの涙。

「旦那」

小さくよべば、泣きながらも主は笑った。



「佐助、お主が泣かぬから、俺が代わりに泣いているのだ。」





死んだはずの心が、小さく音を立てた。




ああなんて、俺にはもったいないくらいにひどく優しい主様。








泣けない佐助




















※※※※※





てにす   常勝立海大





「仁王先輩。」


後ろに座る先輩の名前を呼んでもちらりと視線をよこされるだけで、またすぐにどこか遠くを見る。

バックに見える青空は俺の気持ちと裏腹に晴れ渡っていて。

俺は一個下だから、先輩達に置いて行かれるのは分かってるし理解してる。

それでも、それでも寂しいし、悲しい。

高校に行けばきっと先輩達もまたテニスをしてるんだろうけど、それでも、それはまた俺が置いて行かれることにつながって。

あの三人を倒して俺がトップに立つ。

その意志は変わっていない。

でも変わっていないと言うことは、叶えられていないと言うことで。

背中合わせに座っているからこそ伝わる温もり。

丸井先輩よりも低い体温はじわじわと俺の体温を奪う。

冷たいコンクリート。

ぎらぎらの太陽。

滅多に人がこない非常階段脇の隠れ家。

ぎゅう、と膝を抱え込んで、返事を返してくれない仁王先輩にじとりとした視線を向ける。

まあもちろんそれくらいでこちらを見てくれるわけでもないのだが。


「仁王せんぱぁい。」

もう一度名前を呼ぶ。

が、今度はついに返事すらしてくれないとか。

時間はお昼休み前の一番眠い授業中。

残念ながらあまり好きではない異国語の授業だからとひょいひょいと抜け出してきた隠れ家。

(自主休講という名でのさぼりだ。)

数人にしか知られていないその場所。

いたのは部活の先輩・・・元、先輩で。

久しぶりにみたその銀色に喜んではしゃげばうるさいと一刀両断。

ぺしりと軽くはたかれた頭。

痛くはないけれど、あまり機嫌がよろしくもなかったのでしぶしぶではあるがおとなしくする。

大会が終わって、先輩方が引退して。

俺、が、部長になって。

なんだかんだでかわいがってくれていた先輩達だからよく顔を見せてくれるだろうと思ってた。

でも、その予想は外れて。

引退してから顔を出してくれたことは、ほとんど、ない。

幸村部長が引継のために数回顔を出してくれただけで。

寂しい。

同年代のチームメイトはみんないいやつばっかだし、せんぱいたちの強さはもちろん俺の代も引き継いでいるし。

でも、やっぱり寂しい。

今まで当然であった存在が、いないのだと。

練習中、振り向けばベンチに座ってにこやかにほほえむ幸村部長がいない。

遅刻して慌てていけば、怒りながら俺の頭をしばく真田副部長は、いない。

テスト返却の後隠したはずのテストの点数をあっさりと言い放つ柳先輩も、いない。

俺の大事なお菓子をいつの間にか食い荒らす丸井先輩もいなければ、振り回されるジャッカル先輩も、いなくて。

銀色のいたずら好きな詐欺師も、めがねがひかる紳士も。


俺の側に、もういない。

俺を引っ張ってくれていたあの手はなくて、俺を押し出してくれる言葉もない。

ぎゅう、と顔を膝に埋める。

日陰になっているとはいえ、まだまだ続く残暑。
暑いのが苦手なこの先輩は、だからこそこんなにも機嫌が悪いのだと自分に納得させて。

むう、と膨れる。

部活は楽しい。

勉強は好きじゃない。

それでも、好きなことをやってるだけじゃだめだとわかるほどには大人で。

大好きな人たちに会えないことを悲しむほどには幼くて。

引退したらもう俺たち後輩のことなんて、どうでもいいんだろうか。

ぼんやり

背中合わせの温もりへと視線を向けて考える。

「・・・はあ。」

じいっと見つめていればとうとうため息までつかれた。

「・・・ごめんなさいっす。俺もう行きますね。」

ちらり、こちらに向けられた視線がひどく痛くて。

慌ててへらりと笑って見せて立ち上がった。


「赤也」


俺の名前。

久しぶりに先輩から呼ばれた名前。


「・・・っ・・」


こちらを見てきた表情が、ひどく優しいものだから、
俺の中にいた待っていた悲しみがあっけなくあふれだして。

「ああもう、泣きなさんな。」

べしょり、その場所に座り込んでぼろぼろぼろぼろあふれる涙を必死で拭う。

腕の合間から見える仁王先輩は苦笑している。

ああ、本当にみっともない。


「っ、せんぱっ、来てくれ、ないっしっ、」

せんぱいたちが引退するとき、任せてくださいよ、と笑って見せたのに。

うまく行かないチームメイトとの関係。

未だに足りない責任感。

不安定な感情は、ただチームメイトに迷惑をかけるだけだって分かっていたのに。


いない人を求めても仕方がないって知ってるのに


「っ、もっ、おれ、のこととかっ、ど、でもいっってっ」

「そんなこと、なかよ。」

「でもっ、だれ、も、きてくれっ、な」

「うん。だれも行かんかった。それは確かじゃき。」

ゆっくりと穏やかな声が、俺の感情を揺さぶって。

「っ、なんっ、」

思わず叫ぶみたいにあふれた言葉。

ばっ、とあげた視線の先。

そこには銀色以外の色が、広がっていて。


「だって、せっかくお前ががんばってるのに手、だすのは邪推ってやつだろい?」


赤い髪が太陽みたいで


「ごめんな。行きたくなかったわけじゃないんだぜ?」


人のよい笑顔は困ったように


「そろそろ泣き出す頃だろうと思っていた。」


糸目のくせに見えてんのかとか


「まったく。仁王君。あんなに切原君に会わないようにと言ったでしょう」

「仕方なかろう?来よったんやから。」

めがねが反射して、え、ていうか、それ、

またじわりと涙がこぼれそうになる。

「やっぱ、り、おれ、のこと、嫌っ」

「バカだねえ赤也。そんなことあるわけないだろう?

俺の言葉はあっさり遮られて。

そこには深い青色の髪を持った幸村部長があのときみたいに不適に笑っていて。

「誰一人として赤也を嫌ってなんかいない。俺たちが見に行ったらお前、俺たちに頼ってしまうだろう?」

ふんわり、笑う部長。

ぼとり

瞼に残っていた涙がぼとり、また落ちた。


「赤也。今のテニス部はお前のチームだ。」


「お前が引っ張っていかないといけない。次は全国に行ってくれるんだろう?」



太陽を背にした幸村部長は、そういって笑った。



「・・・と、いうよりも。赤也、仁王。なぜお前等は授業中の今ここにいる?」


まあ、その後俺と仁王先輩が授業をさぼっていたのがばれて鉄槌という名のげんこつをおとされることになるのだが。

・・・仁王先輩は見事に逃げてた。





※※※
仁王がみんなをメールでよびだしたよ。











※※※


てにす 勝つのは氷帝









泣くものか、そんな意志がありありと伝わる。

表面上はひどく冷静を装いながら、その手はひどく強く拳を作り出していて。

「ようやっと上がいなくなると思うと清々しますよ。」

いつものようにたたく憎まれ口。

それが常よりも覇気がないと、本人は気づいているのか、いないのか。

特徴的な前髪の中から覗く、鋭い眼光は、まるで何かをこらえるかのようによりいっそう強く光る。

「うう、宍戸さ〜ん・・・」

彼の後ろ、彼よりも背が高い銀色は、すでにぼろぼろとその瞳から大粒の滴を落としていて。

「長太郎、今生の別れじゃねえんだから。」

それを帽子をかぶった少年が苦笑しながら眺めていて。

ふつうならつられて涙を落とすであろう状況でも、必死でそれをこらえる姿は、まだまだ幼い。

必死に自分を確立しようとする姿は、かわいい後輩のまま。

「長太郎、ほら、これでふきなよ。」

さらりとした髪を揺らしながら、くすくすと笑う滝。

「ほんっと、長太郎は宍戸のこと好きだなあ。」

あきれたように、岳人は赤い髪を揺らして。

「樺地は泣かないの?」

うとうとと目をこすりながらもジローが樺地に問えば

「うす。」

いつもの低い声でそれに返事を返して。

「なんや、日吉。お前は泣かへんのかいな。」

ゆっくりと言葉を紡いだ忍足には、キッ、とした鋭い視線が向けられる。

「泣きませんよ。なんで俺が泣かないといけないんですか。」

むすりと、非常に機嫌が悪そうな表情をしてみせるが、そおれはもう、泣かないために、という意志がありありと伝わってくる。

くつくつと楽しげにのどを鳴らした忍足に、さらにきっつい視線が返されて。

「日吉〜泣いちまえば?楽になんぞ?」

それはそれはいい笑顔で笑う岳人に、日吉の機嫌はひどく底辺だ。

「日吉」

凛、としたひどく耳に残る声が、響く。

日吉は自らの名前を呼んだ方へと視線をまっすぐに向けて、向き合うように睨み返す。

その視線をまっこうから受け止めて、不適に笑う彼は、朗々と言葉を言い放つ。

「これからはお前がこのテニス部のトップだ。お前がどんなチームを作るのか、上から見ててやるよ。」

「跡部さん。俺は絶対あなたを越えます。」

間髪入れずに返されたそれにますますうれしそうに楽しそうに跡部は笑う。

「できるものならやって見ろ。俺はずっとお前の前を歩いてやるよ。」

「そちらこそ、余裕でいられるのも今のうちですよ。」

「くくっ、待っててやるよ。」


跡部の言葉に、かすかに驚きを見せたその瞳は、じわり、小さく揺らいで。

あわててしたをむいて、言い募る日吉の姿を見つめる周りの目はひどく優しい。

「宍戸さ〜ん!」

「うおっ!?」

和やかな別れの空気。

それを切り裂いたのは、鳳の声。

皆がそちらを見れば、まるで大型犬が飼い主に飛びつくようにして、宍戸に飛びついている姿。

「宍戸、ずるいなあ。」

それに楽しげに便乗するのは滝。

ぎゅうぎゅうと抱きつかれたままの宍戸に楽しげにくっついていった。

「いーなー。よし、樺地ー!!」

それをみてしばし考えた後、ジローはいつものようにかばじに飛びついて。

樺地は樺地で、ジローを体にひっつけたまま、跡部の側によっていく。

「・・・よし!じゃあ俺は日吉で!」

さらに便乗するのは岳人。

小さな体を十分に生かして日吉に飛びついて。

「っ、向日先輩、何するんですかっ!!」

それに慌てて逃げようとするも、ギュウギュウ飛びつかれてしまえば動くに動けず。

「ええなあ、岳人。俺もいれてえな。」

さらにはにやにやととてつもなく楽しそうな忍足も日吉をぎゅう、と抱きしめて。

「っ、あんたら、からかうんはやめてください!!」

それはそれは焦って、困って、そうして驚いて

完全に切れてる表情はこの二年間ずっと側で見ていたもの。

「日吉、ありがとな。」

暴れていたからだが、ぴたり、制止する。

「お前とのダブルス、楽しかったぞ!」

ぐしゃぐしゃとその形のいい頭をかき回せば、いつもは言い返してくるのに俯いて黙ってしまって。

「なんや、泣いとんのかいな。」

「っ、泣いてませんっ!」

忍足の言葉に、慌てて上がった顔はくしゃり、歪んでいて。

その瞳は微かに赤らんでいて。

「頑張りや、日吉」

その目を隠してやるように、そっと忍足の手が日吉の目元に伏せられる。

「来年こそは、全国一、や。」

じわり、掌に広がる湿った気配。

それに微かにほおを緩める忍足。

視線が合った岳人と仕方がなさそうに笑いあった。









泣きたい時は、泣けばいいんや




※※※※





てにす どんどんどどどん四天宝寺







背が高い。

いつの間にかいなくなる。

頭に葉っぱをつけてたり、猫と一緒に寝ていたりする。

かわいいものが好きらしい。

部活だけでなく授業への出席率もすこぶる低い、というのは部長情報。


名前は、千歳千里。

このテニス部の問題児の一人。

そして、俺が今探している相手。


「・・・いないんっすけど。」

部長に言われたところをうろうろと探してみたけれど、その姿は、見えない。

屋上に非常階段。

中庭に飼育小屋。

残念ながらそれらのどこにもいない。

一つ、ため息と同時に空を見ればそこにあるのはいらだつほどの青い空。

燦々と降り注ぐ太陽が恨めしい。


浮かび上がるのは昨日の光景。


黄色いボールが地面をはねる。

向かってくるそれに反応できないまま。

「財前!!」

名前を呼ばれると同時に突き飛ばされて、大きくはない衝撃が体に走る。

「謙也っ!!」

同時に響いたのは鋭い部長の声。

隣のコートで練習しとった部員のこぼれ玉。

運悪く死角から来たそれに、俺自身反応でけへんくて。

とっさに謙也さんが俺を突き飛ばしてくれたおかげで顔面にそれがあたんのは防がれたけど、代わりに謙也さんが見事なまでにその場にスライングして。

ぶっちゃけ、擦り傷だけらしい。

ものっそい見事に滑り込んださかい、俺も驚いてしもて。

けどそのまま銀さんに担がれて保健室に連行されたさかいほんまの怪我の状態は知らんまま。

そっから今まで俺は謙也さんのこと見てへん。



「あーもー、千歳先輩おらへんし・・・どないしろっちゅうねん。」


コートに着いた瞬間、にっこり、えらく満面の笑顔で部長に言われた言葉。

「なあ財前。千歳、探してきてくれへん?」

思わずそれにいやな顔を浮かべれば、さらに笑みは深くなって。

「部長命令。」

部長、それはもうお願いっていわん。

だがまあ正直ちょっと昨日の謙也さんのことが気になっとったから、ちょっと気分かえられていいかな、とか思った数分前の自分を恨みたい。


がさがさと今度は裏山の方を探す。

もうこれは道というか獣道だろう。

がさがさと草をかき分けつつ進んでいけば、奥の方、うじゃりとした黒いもの。

なんやあれ。

そう思って近づいてけば、そこにはすやすやと猫を抱きしめて眠る大きな男。

紛れもなく探していた人物だ。


「・・・千歳先輩。」

名前を呼ぶ。

もちろん、返事はない。

幾度か名前を予備はしたが、ことごとく、返事はない。

あまりにも気持ちよさそうにすやすやと眠っているものだから、いろんなものがどうでもよくなって、その横に座り込む。

「・・・はぁ。」

ため息をついて、千歳先輩の横、うにょうにょ寝とる猫に手を伸ばす。

するり、首の下をなでればかすかに目を開けて、すり寄ってくる。

えらく人なつこい。

かわいい。

かいぐりかいぐりまわしていれば、猫は完全に起きて俺の膝の方にくる。

膝の上にのっかって、ごろんと動きまくる。

地味にいたい。

「・・・謙也さん、ほんまに大丈夫なんやろうか。」

ぽつり、小さくこぼれた声。

聞いているのは猫だけ、のはずだった。

「心配なかとよ。」

柔らかい声は猫のものとは違って。

思わずそちらを向けば、いつのまに起きたのか千歳先輩がにこにこと笑いながら座り込んでいて。

「千歳、先輩、」

「大丈夫、心配なか。」

もう一度、ゆっくり繰り返されたそれ。

じわり、冷えていた指先に温もりが広がるように、浸透する言葉。


「大丈夫、なんですか?」

「なんも心配なか。」

その表情はひどく穏やかで。

謙也が言ってた、と続けられる言葉。


「財前は怪我してへんやろうか、て。」


ああもう、普段はひどく幼く見えるその人。

それでもふとしたときに見せる年上の貫禄(本当にたまにだが)それは弱った俺にはひどく優しくてイヤになる。

ぽすり、膝の上に乗っけていた猫がなでる手が止まったのに不満を言うようにパンチを繰り出す。

地味にいたい。

それに目を落とせばこんどは大きな手が、俺の頭に乗せられて。

猫のように柔らかくかき回される。

そんなことされたら、泣きたくなるというのに。

「っ、」

「泣きなっせ。」

「よう我慢したとね。泣きなっせ。」

ずるい。

そんな言葉。

泣きたくないのに、泣くしかないじゃないか。

ぎゅっと目をつむって。

膝に顔を埋めて。

頭の上には千歳先輩の手。



「あー!光も千歳もおった!!」


がさり、大きな音を立てた茂みの奥。
現れた赤い色。

「おお、金ちゃん、悪かねえ。探しに来てくれよったと?」

「おーそっちおったんか?」

同時に近づいてくるいくつもの声。

ああ、泣いてるのを見られるのはイヤだと、思うのは思考の端のほう。

ぐい、と腕を引っ張られて、思わずよろける。

背中に地面が。

目の前に青色が。

さらにはその上からなんらかの温もりが___

というか、猫が

「光?顔に猫のっけてなにしとんの?」

千歳先輩の機転なのかなんなのか。

顔に乗っけられた猫のおかげで俺の涙は見えてへんようで。

金チャンが不思議そうに訪ねてくる。

ちらり、少しだけ見えた隙間から先輩を見れば、ドヤ顔してて。

いやいやいや。

思わずあきれて涙も止まりましたわ。

「謙也さん、怪我大丈夫なんすか?」

猫をのかして、立ち上がって。

いつの間にか来てた謙也さんに訪ねる。

「スピードスターは傷の治りもはやいっちゅー話や。」

太陽みたいに、笑って、そんなことを言われたら、返さないわけには行かなくて。

「そーなんすか。」

「なんやっ、財前!冷たいぞっ!」

ほっとしたのを隠してつぶやけば、叫ぶように返されて。

いつも道理のその姿にひどく安堵して。

「謙也。財前心配しちょった。」

「っ、千歳先輩!!」


千歳先輩の言葉にひどくうれしそうに笑った謙也先輩にムカついた。




※※
千歳と光のなんともいえない組み合わせがすごく好き。




※※※※


忍  







今のうちに泣いておこう。

だって、だって、いずれこの心は何も感じなくなるから


大嫌いも

大好きも

嬉しいも

悲しいも

悔しいも

むかつくも

楽しいも

美しいも



すべてすべて




この感情も消えてしまうのだから









だからどうか







いまだけは___










※※※


忍 三年生






いずれ、人の身勝手で、この手で殺してしまうことになる命だからこそ、どうかどうか、そのときまでは___

エゴだと分かっている。

理解している。

自分が納得するために言い聞かせているだけのこと。


それでも、それでも、時がくるそのときまでは、慈しんで大切に大切に愛して愛して愛して愛したいから。

そのときまでは、どうか___







二人。

毒蝶の蝶子と蝶美が、昨日、先輩方と共に忍務へと飛び立った。

そうして、今日。

帰ってきた先輩方のそばに、その姿はなかった。



昨日まで彼女たちがいた小屋。

他にも毒蝶はいても、それは彼女らではなくて。

二人が好きだった花をそっとその場所に捧げる。


知っている、分かっている。

僕が慈しんで育てた子たちが、いずれどうなるのかなど。

この手でどんなに大事に大事に、愛したところで、すべて水の泡。


小屋から出て、飼育小屋の横に座り込んで。

一つ、二つ、青い空を見上げながら滴を落とす。

いつもはある首もとの温もりも、今日はいない。

朝起きたときにはいなかったから、愛しい気まぐれなあの子はきっと散歩にでも行っているのだろう。

ほろりほろり

こぼれる滴をそのままに、いなくなった彼女たちへと思いを馳せる。

少し恥ずかしがり屋だった蝶子。

お姉さんのようにそんな彼女を守っていた蝶美。

かわいくいとおしい、子達だった。


ほろりほろり


彼女たちだけでなく、僕が三年生になってから、否、三年生になるまでに、消えた数は片手では足りず。


はじめの衝撃はひどいものだった。

昨日まで共に生きていたその存在が突然姿を消すなど。

それを、先輩は嘘をつくこともできたのに、先輩ははっきりと本当のことを教えてくれた。

まだ幼かった一年の僕に。


ほろりほろり


何度も何度もとどまること知らないかのように、滴がこぼれる。


悲しい悲しい、寂しい。


その存在が、この場所にないことが、ただ悲しくて寂しくてむなしくて。


「孫兵。」

気配はあったから知っていた。

横にすとんと座り込んでくる温もりは暖かい。


「誰がいなくなったんだ?」


ゆるりとした口調。

なにも考えていないように見えて、皆に気を配るのが上手な三之助はいつもふらりと現れる。

「蝶子と蝶美。」

「ああ、あの紫色の羽がすごくきれいだった子たちか。」

そう。

蝶子も蝶美もひどくきれいな紫色をまとっていた。

それこそ、なにも知らないものであればふらりと誘われていってしまうような。

皮肉なことに、とても上手に敵を怪かす。

だからこそ、今回の忍務につれて行かれることになったのだけれども。

ふわり

青い空が消えて、目元が温もりに包まれる。

じわり

感情が沸き上がるように、涙がさらにあふれて。

「泣け、孫兵」

その言葉を皮切りに、ほろほろとこぼれるだけだった涙は
ぼとぼとと量を増やした。

「僕がいくと、いつも、そばによってきて、くれてっ、」

嗚咽があふれて、言葉がこぼれて。

「っ、ごめんっ、ごめんっ。最後まで、そばにいて、あげれなくてっ、最後まで、一緒にいて、あげれなくって、」

感情があふれて、痛みが広がって。

「そんなことないよ。二人とも、きっと孫兵に感謝してる。」

「あんなにたくさん大好きだって言い続けたんだから」

三之助とは逆側に温もりが広がる。

頭に何かが乗せられて、ゆるゆるとあやすようになでられる。

「っ、僕の自己満足なの、にっ」

「うん。でも孫兵とともにいれた時間は、きっと彼女たちにとってとても幸せだったよ。」

ゆるりゆるり


かけられる言葉はひどく優しい。

温もりはとても愛しい。


「孫兵!じゅんこが心配しているぞ!」


するり、腕にはうほどよい冷たさ。

巻き付くそれは、愛しい子のもの。

この子を連れてきてくれたのは、左門で。


「・・・ほんっとおまえ等方向音痴なくせにこういうときだけしっかり孫兵のところにいけるんだからな。」

あきれたような声を上げながらも最後に現れたのは作兵衛で。


いつもそう。

ぼとぼと涙をこぼす僕の周りに、三之助が来て藤内がきて、数馬が左門が作兵衛がきて。

泣いてもいいんだと言葉をくれる。


それに甘えて、僕は、いつも泣く。


同じ級友にはもらせない弱音もこいつらにならぼろぼろ漏らすことができて。

苦しいと悲しいと寂しいと胸が痛いと、叫んで叫んで、こいつらに甘えて。

僕を泣かせるだけ泣かせて、最後にみんな笑うんだ。



本当に、本当に優しい人たちだ。


忍になるにはもったいないくらい、優しい人たち。


左門と三之助が迷子になるのを作兵衛が見つけに行って、それに協力しようとした数馬が穴に落ちて。
それを藤内が苦笑しながら助けて。
そしてそんなこいつらを僕が一歩見たところから見守っている。

他学年からはよくそう思われるけど。



そうじゃない。


いつもいつも、いつもそう。


僕が、守られている。


こいつたちに、僕が見守られているのだ。


僕がどこで泣いていても、すぐに集まってきて。

泣くなと諭すわけではなく、ただ気が済むまで泣かせてくれて。


いい加減にしろというわけでもなく、泣くことが罪ではないと教えてくれて。




いずれいずれ、きっとこの涙も、こぼせなくなるその時が来るまでは。






まだ、どうかまだ。








この優しい仲間のそばで泣くことを、許してほしい。







※※※※※


忍   よねんせい







ぽろぽろと、その瞳からこぼれる滴は真珠や宝石のよう。



一つ一つ、落ちる度に、その水滴が服にしみこむ度に、こちらまで心臓が痛くなってくるかのような、そんな、誘う涙。


「おいで、綾ちゃん」

名前を呼んで、手を広げれば、ゆるり、上げられた顔。

広げた手を一瞥して、そのまま誘われるようにその手の中に収まるまだ幼き体。

大人と言うには、小さくて、子供と言うには、たくましい。

そんな曖昧な頃。

後輩たちを引っ張らなければいけない立場でありながら、まだ見えない未来におびえても許される年齢。

それでも、自らがおびえることを由としないプライドの高い年。

ぎゅうぎゅうと悲しみを感情をぶつけるように回される腕は、つよい。

蛸壺堀をするこの腕は、見た目のはかなさに比べひどくたくましい。




はらりはらり



きれいなその顔には感情のいっさいがこそげ落ちて。

ただ、なんの色もなく。

瞳はさまようように宙を舞って。


「ほら、滝ちゃんも。」


名前を呼べば、ゆるり、こちらに視線は向く。

それでも、綾ちゃんのように素直にこちらに体を預けるほどではなくて。

手を伸ばして、その腕に触れる。

痛くないように引けばあっさりとこちらに寄りかかってくるからだ。

はらりはらり

赤く腫れた目もと。

それすらも見るものを美しいと感じさせるだろう。

いずれ自らが進む先を理解してはいて。

それでも理解しても、感情はついていけず。

その手が奪うであろう命の重さをおそれ、おびえ。

乗り越えなければいけぬことだと、理解してはいても、心はまだ弱く。

感情を隠せるほど器用でもなく。



ふすまの前、だだもれな気配。

気づいてほしいとの意思表示。

このい組の二人よりも素直になれないかわいい子。


「ほら、三木ちゃん。」


名前を呼べど、こちらは姿を現さず。

前に綾ちゃんを、横に滝ちゃんをひっつけたまま立ち上がる。

こうやっていると実感する。

入学したときよりもずっと強くなった力。

自らの能力はまだまだこの子たちにすら及ばない。

それでも、僕はこの子たちよりも年上だから。


「三木ちゃん。」

ふすまを開けて、縁側にでて。

体育座りをしていた三木ちゃんの横に同じように座り込めば、きゅ、と小さく滝ちゃんとは逆の横から袖を引っ張られて。

自らが進む道。

決めたのは、自分。


何度も立ち止まり、弱くなる。

何度もためらい、あとずさる。


自らの手を汚してまで、

人の生を奪ってまで


自分に生きる価値はあるのかと。


自分が存在する意味はあるのかと。

何度も何度も自問自答。

何度も何度も繰り返し悩み。



そうして見つける答え。



それはなによりも尊い感情。



泣きつかれて寄りかかる三人。

ふわふわの髪をなでて、赤い目からこぼれる滴を拭って。

強くつかんだままの手をゆるめて。



まだまだあどけない寝顔。

まだまだ小さな存在。



守るべき、子供達。



「おやすみ。」


今はまだ、暖かなこの箱庭の中で、まだこない時をおそれることなどなく。

どうかどうか、


夢の中だけは、この子たちに緩やかな休息を。









どうかどうかおやすみよ。


まだ泣いても許されるのだから君たちは



※※※※

忍  ごねんせい





ぼろぼろぼろぼろ


いつもは大きく開かれたその瞳。

それは微かに伏せられて、そこからこぼれるのは大粒の涙。

笑顔を浮かべて、おいしいおいしいとお団子を頬張るその口は、今はただ嗚咽を漏らすだけ。


ぼろぼろぼろぼろ


感情の一切合財をこそげ落とされたようなその表情は、同室の豆腐小僧によく似ている。

痛いとか、苦しいとか、口で言ってしまえば少しでも楽になるであろうに、その気配は全く見せない


「勘ちゃん、勘ちゃん、」


ぎゅうぎゅうと、痛いくらいに勘右衛門を抱きしめてその名を呼ぶのは兵助で。

それでも、痛いであろうに一言も声をもらさず、ただただ、その瞳から透明な滴をいくつも、いくつも零れさす。


「勘、ちゃんっ、」


勘右衛門の瞳は黒く濁り、視線が定まらぬまま、ただゆらりゆらり、時折何かを探すようにさまよって。

勘右衛門の名前を呼ぶ兵助の瞳にも、雫はたまって、ひとつ、また一つと零れ落ちる。

後ろから抱きしめているからその雫が彼の装束の色を濃くするが、それに関心を払う様子もなく。


「忘れないでっ、俺はっ、ここにいるんだよ、」


ぼろぼろぼろぼろ

みっともないくらいに零れ落ちる涙は、勘右衛門の視線を、気持ちを、心を、何一つこちらに向けさせる要素にはならなくて。

それにどうしようもなく心が痛んで、また一つ、兵助は涙をこぼす。



「勘右衛門」


小さな音を立てて、開いた襖。

外からの太陽の光を背に浴びて、立っているのは三人の人物。


「勘右衛門」


一番にこちらに駆け寄ってきたのはふわふわの髪をなびかせた雷蔵。

ぎゅうぎゅうと勘右衛門を、後ろから抱きついている兵助ごと抱きしめて。


「雷蔵」


抱きつかれた兵助はゆっくりと視線をあげて、ふにゃり、また一つ涙をこぼす。

雷蔵もそれをみてどうしようもない表情で一つ、二つ、ぽたぽたと雫を落として。


「・・・んでっ、なんでだよっ!!」


だまって突っ立ったままだった八左衛門が言葉を、激情が溢れるかのようにはきだした。

ぼたぼたぼたぼた

その表情は、怒りで、悲しみで、悔しさで、一杯で。

大粒の涙を流しながら、口から出る言葉は、何一つまとまりなく。


「・・・」


その横に、入口にもたれていた三郎が、ひとつため息。

「っわ!?」


驚きの声、後衝撃。

入り口でうだうだと言葉を紡ぎ続ける八左衛門の背中を蹴っ飛ばしたのは三郎。

雷蔵の横にダイブしたのは八左衛門。

「泣き叫べよ」

痛みで蹲る八左衛門の上にどしり、座り込み三郎はそう言った。


「お前には、そんな泣き方にあわねえよ。」



まるで、決壊が壊れるように




「っ、うっ、うわわわあああああっ」



響く鳴き声。

歳に似合わぬ幼き叫び声。

けれどもそれは、今の彼らたちにとって、たった一つの悲しみとサヨナラを告げるための手段。


「っ、ふぅ、っ___」

「___っ、」

それにつられるようにその部屋に満ちていく嗚咽。

今まで勘右衛門を守るように抱きしめていた雷蔵が、兵助が、逆に彼に縋りつくような形になって。


「へいすけ、らいぞう」


今まで抱きしめられていただけの勘右衛門が、ゆっくりと名前を呼ぶ。


濁った色しか映し出さなかったその瞳には微かに光が宿り

何も映し出さなかったその表情がゆっくりと変化して。


「なかないで」


今までぽろぽろと涙を流していたのは自分のくせに、縋りつく二人の体をぎゅうと抱きしめ返して言葉を紡ぐ。


「覚悟、してたはずなのになあ。」

涙とともに、ひとつ、ふたつ、言葉は零れて

「思ったより、つらいなあ。」

ぎゅうぎゅう抱きついてくる二人の頭をなだめるように撫でる。

「友達が、一人欠けるだけで」

こてり、首をかしげて。

その特徴ある髪をふわり、揺らして。

「こんなにも不安定になるなんて」

泣きながら笑う。


「でも」



「もう泣いてなんかいられないね。」



ゆっくりと袖で目元をぬぐって、ふにゃり、また笑う。


「はっちゃん、三郎。」


ゆっくりと上がった顔にまだ涙は流れていたけれど、それでも先ほどにくれべればひどく穏やかで。


「おいで」


広げられた手。

それに遠慮なく飛びつく八左衛門。

一歩後ずさる三郎。


すると目をこすりながら勘右衛門にへばりついていた雷蔵が立ち上がって三郎へと近づく。

「三郎、も、」

雷蔵からの誘いを三郎が断れるはずもなくて。

広げられた手にしぶしぶおさまった。

ぎゅう、と抱きしめられる感覚に、ほろり零れる涙。


「今だけは、もう少し、泣くことを許してね。」


小さな小さな勘右衛門の言葉に皆が小さくうなずいた。



※※※※



真っ赤な色。

染まる染まる。

鈍色の手。

汚れきったこの体。

染みついたにおい。


消えない罪。


「小平太、手当てするからこっちおいで。」


いさっくんの言葉。

私をいたわるように優しくかけられる言葉。


だめだよだめ。


私にはそんな言葉をかけられる資格なんてないんだ。


「ほら、小平太。いつまでもそんなところに閉じこもっていたら長次が困るだろう。」


少しだけ、咎めるような留三郎の声。

それでも私を優しく諭す言葉。


だめだよだめ。


私はそんな言葉に絆されるほど正直ものではないんだ。


「小平太。いい加減にしろ。」


少しだけ怒りを込めた長次の声。

なかに込められるのは心配という名の優しさ。


だめだよだめ。


私にそんな言葉をかけては駄目だよ。



「小平太。」


優しく呼ばれる名前。

それに私は泣きながら必死で答えた。


だめだよ、だめ。


「だめ、だよ、私は、いさっくんみたいに、怪我した人を治すことなんてできない。」




優しいその手は誰を相手にしても、ただその人を生かすために。




「だめ、だよだめ。私は留みたいに、壊したものを直すことなんてできない。」




私が壊したものすら簡単に直してしまう器用な手。




「だめだよだめ。私は長次みたいに、元に戻すことなんて、できない。」




武骨な手はそれでもいとおしむように本に触れて、元通り。





「私には、壊すことしかできない。」





私にできるのは、この手で、人のいのちをうばうだけ。




誰かに大切に思われている人を、この手で、殺しちゃうだけ。





だめだよ、だめ




こんな私には優しい言葉なんて、かけちゃいけないの。






ああ、ごめんなさいごめんなさい


もう泣くこともできな人などたくさんいるのに、私が泣いてしまってごめんなさい。


温もりを感じることをしてはいけないのに、それを望んでしまってごめんなさい。




生きるために殺してごめんなさい




じわりじわり


闇色の感情は、ただただ私の心を壊すように。






「小平太」




柔らかく、柔らかく。


いとおしむようにかけられる穏やかな声。


大好きだよと

大切だよと


精一杯伝われと、込められる感情。



「そんなことないよ。」



見なくてもわかる、いさっくんの優しい笑顔。




ぽん、とかぶった布団が優しく撫でられる。




「僕の手はね、人を殺したその分を、勝手に責任転嫁してるだけ。」


「たくさん奪った手で、たくさん救うの。ただの自己満足。」



ちがう、そう言いたかった言葉は優しい次の言葉にとめられる。



「でもね、僕は小平太のその笑顔にいつも癒されているよ。」



いつもいつも、太陽みたいに僕たちを照らしてくれるから。



そんなの、いさっくんのほうがいつも私を穏やかな気持ちにさせてくれるのに。



「俺だって、この手ではたくさんの物を壊してきた。」


「この手が器用ってだけで、お前よりもずっとずっとエグイ方法でな。」


そんなことない、その言葉は口から出ることなく遮られて。



「俺は小平太がどんな俺たちにでも平気で触れてきてくれることに、感謝している。。」



この赤く色づいた私の手を振り払わないでいてくれるの?




「・・・何もかも元通りにすることなんてできるわけがない。」


「元通りにできるものなんて、何一つない。」


じゃあ私はどうなんだ?そう問いかける前に、言葉が、かぶる。



「いつも・・・小平太が楽しそうに声をかけてくれるから、私は・・・楽しい。」




長次が柔らかく笑った気配がした。





ああもう、どうしてこんなにも私の友は優しいのだろうか。


いさっくんも、留三郎も、長次も。

・・・先ほどから中に入ってこれずに襖の前で座り込むい組の二人組も。




私が何もできないと嘆くたびに、そんなことないと優しく手を差し伸べてくれる。

私は何も返せないと言っているのに、小平太が笑ってくれればいいと返される。





ああなんてなんて、優しいのだろうか。


お願いだから、お願いだからもう少し、もう少しだけ、こうやって泣くのを許してほしい。

















「さて、文次郎。どうやって中に入る?」

「・・・知るか。」

襖の前、二人して座り込んで。

文次郎に声をかける。

そっぽを向く文次郎の手の中にはおにぎりが包まれた布があって。

ゆっくりと文次郎から目を離して、空を見上げる。

黒い闇色。

私たち忍びのいろ。


一年生の時からそうだった。

普段は底抜けに明るい小平太。

それと反するように時折ひどく何かに脅え、引き込もる。

自分にできることはないのだと、嘆く。


そんなことはないと、何度言っても小平太は泣く。


いずれ来るその時を、恐れる。


いつもいつも、あの明るい笑顔に私たちは救われる。

いつもいつも、あのなんてことない行動に私たちは助けられる。

何も考えていないようでいて、実は私たちの中で一番様々なことを考えている。



伊作よりも優しくて

留三郎よりも武道派で

長次よりも繊細で

文次郎よりも忠実で

私よりも鋭くて







それでも、そんな小平太が私たちは大好きなのだ。






私たちはもう、泣けない。

心をなくしたわけではなく、心を殺したわけでもなく。

もう、泣かないのだ。


ただただ、小平太が私たちの代わりに泣いてくれるのであれば、もう私たちがなく必要はないのだ。


これから先もあの心やさしい暴君は何度も何度も一人でなくのだろう。


その時に傍に入れることはもうないかもしれない。


あやすことはできないのかもしれない。



それでも、あの優しい子が、どうかどうか、一人きりで消えてしまうことのないように。









淡い月が照らす夜。


どうかどうか、泣くことをまだ、許してほしい。













ありがとうございました!!