ドリーム小説
賭は、私の負けで終わった。
誰一人、私を認識することなく。
ひどくあっさりと、私はこの船に戻る羽目になった。
赤髪のひどく愉しそうな笑みと共に。
そして、今。
目の前には赤い髪。
その先には見慣れた木目の天井。
自分の体の下には、かすかな柔らかさ。
一言で言えば、押し倒されている。
この船に戻って、この男は一番に私を部屋に連れ込んで。
待ってましたとばかりにベッドへと投げ込んで。
この船に乗る、ということは、そういうことも含まれるのだろう。
そう思っていたから甘んじて受け入れようと、抵抗もせず、赤髪を見つめた。
だというのに。
目の前の男はひどく不機嫌そうに表情を曇らせて。
ただ一言、告げた。
「つまらん。」
と。
そして、船に正式に乗ることになったその日から、私はこの男に言葉をかけられることが、なくなった。
この船に正式に乗り込んでから、幾度目の戦闘だろうか。
考えるのはもう飽きた。
ぼんやりと考えるのは、自分の変化。
戦いの気配が、わかるようになってしまった。
肌に感じるぴりぴりとしたものを。
楽しい、だなんて感じることはできない。
待ち望んでいた、なんてうそをつくことはできない。
それでも、この人の為にあらなくてはいけないという感情は、植え付けられたまま。
たとえ、いないものとして扱われたとしても。
赤髪に向かう刃をはらいのけて、代わりにその腹に、食い込ませる私の刃。
この手は、この体は、覚えてしまった。
人の体を貫通する感触も、吹き出す赤のよけ方も。
一人、また一人。
条件反射を覚えた体はひどく簡単にこの手を赤く染めていく。
一通り倒して、緩やかに息を吐く。
と、
「」
久しぶりの、自分の名前。
あの日から私を見なくなった人物から。
ゆっくりと振り向いた先、赤い色の中、ひときわ目立つ、赤が一つ。
浮かべられた表情は、一言でいって、無。
確かに、笑みが浮かべられているはずなのに、それは私のためには何一つ、ない。
名前を呼んだ今だって、私を見る気などないとそう告げるように。
ぞくりと、体がふるえる。
一歩、また一歩。
赤髪は私へと足を進めて。
それと同時に私の足は後ろへと下がっていく。
「今のおまえは、」
私に近づきながら紡ぐ言葉。
それはひどく穏やかでやさしくて、冷たい。
かつん
足が、甲板の端へとたどり着く。
赤髪の一つしかない手が、私へのばされて。
「つまらん」
伸ばされた腕は、ぐ、と喉へと張り付く。
急所のはずのそこを捕まれて、いつもであれば動くからだ。
けれど、それは対象が守るべき人物だからか、ぴくりとも動かない。
緩やかに、けれど確かに力を込められて。
乾いた声が、もれる。
「お、かしら。」
私が呼んだ名称は、どうやらお気に召さなかったようで。
ずるずると、そのままその手は私の方を、腕を、通り過ぎて、手首に到達する。
「いっ!」
ぐい、と手首を持ち上げられて、そのまま足が地面から離れる。
一カ所だけに集められた負荷はひどく体をさいなむ。
だというのに、赤髪は決して笑みを崩しはしない。
そして その男は、
柔らかな唇で、絶望の言葉をはき捨てる。
「そんなおまえは、いらない。」
いらない
その言葉はひどくするどい棘となり、私の心へ突き刺さった。
痛い、痛い。
捕まれた手首よりも、なによりも、心臓が、いたい。
いらないと、不必要だと、そんな言葉、わたしだって、いらない。
気がつけば、足の下は海。
赤髪が手を離せば私は簡単に海の藻屑。
この人は、きっと簡単に、私を殺すのだろう。
さっき切り捨てた男たちのように。
今この場所で息絶えている奴らのように。
この男は、本当に、私がいらないのだろう。
そう理解した瞬間、すとん、と胸のなか、何かが落ちた。
「たの、しい?」
ぽつり、つぶやいた言葉。
うまく聞き取れなかったのか、赤髪がこてん、と首を傾ける。
ゆるゆると、視線をあげて。
赤髪のその瞳をまっすぐと、みた。
「私で遊ぶのは、そんなに楽しい?」
笑っていた赤髪の表情が、少しだけゆがむ。
なにをいっても殺されるなら、もう、何をいってもいいや。
「私を大切な家族から遠ざけて。」
蒼が、紫が、笑う顔が今はもう思い出せない。
「私の大事だったものを、一つ残らず壊して。」
あの暖かかったはずの場所は完全に冷えきって。
「何一つ手に残らなかった私に、自分がいると笑って見せて。」
優しいふりしてさしだした、その手を。
「やっぱりいらない、ってもてあそぶのは」
簡単にひっくり返してみせる。
「ねえ、そんなに愉しいの?」
今、この瞬間、私は怖いものがなくなった。
宙ぶらりんの体。
自由な片手。
そこにはまだ、私の短剣が握られていて。
甘く見られるにもほどがある。
私に戦うすべを、教えたのは、あんたたちだ。
艶やかに、笑って、片手に持った短剣をその片腕に降りおろす。
微かにひるんだ赤髪。
その腕から自分の手を取り返し、腕を起点に体をねじって、甲板の上に降り立つ。
動いた周りを牽制するように赤髪が手を挙げるのを見届けながら、刃を喉元へと突き刺す。
その、一歩手前で、止まる。
「ねえ、シャンクスさん」
赤髪でもなく、船長さんでもなく。
よぶのは、あなたの名前。
「私がどうなっても、あなたはかまわないんでしょう?」
身長差から、見上げるその顔。
逆光で、表情は伺いきれない。
「死んだって、何にも思わないでしょう?」
ただ、その口元はたいそう愉しげにゆがんでいる、それだけわかって。
「私は、そんなあなたが」
私がこの人に向ける、たった一つの真実。
「だいっきらい。」
刃を、今すぐに突き立ててしまいたい、そう思うほどには。
「くくっ」
笑い声。
それは、それは、楽しそうな響き。
同時に
乾いた音
喉元に当てていた刃が、簡単に打ち落とされる。
発信源がわからないほど無知ではない。
ちらり、向けた視線の先。
たゆたう煙。
副船長の愛用の銃。
この赤髪を慕うもの。
「」
視線をはずした私をとがめるような、赤髪の声。
ぐ、と顎を捕まれて、ひきよせられて。
指一本の距離だけ、残された。
「確かに愉しいな。」
残酷な、暗いくらい色の炎が瞳に宿る。
「おまえをもてあそぶのは」
先ほどの戦いで高ぶった熱は、まだ下がらない。
「なあ、」
甘い甘い、まるで恋人に向けるような声色で、赤髪は笑う
「俺を殺したいか?」
その言葉に、口角があがる。
きっと、この船に乗ってから一番の笑みを私は浮かべている。
まるで恋人に向けるような、甘い甘い色で。
「今すぐにでも」
私の答えに、赤髪はひどく満足そうに目をすがめて。
「いいだろう。いつだって受けてたってやるよ」
まるで私にはできない、そう告げるように。
バカにするな。
思いながらも笑いは止まらない。
どうやって、この人に刃を突き立てようか。
寝込みをおそう?
戦闘の流れで?
「首を洗って待っててください。」
ああ、それよりも、きっと一番愉しいのは___
ぐ、と、最後の距離を詰められて、唇の端、ぎりぎりを掠める熱。
「今のおまえは、めちゃくちゃ俺の好みだ。」
私を好むこの人を、どうにかして私に依存させて。
最後に手ひどく裏切ってみせようか。
離れた距離を再度、つめる。
その唇を、こちらから奪うように。
「それは、ひどく光栄です。」
まずはあなたが求める女に、なって見せようではないか。
※※※
nono様クエストありがとうございました。
嬉しいコメントもいただけて、とてもうれしいです。
nono様のご希望に添えているといいのですが・・・。
この赤髪は、たぶん思っている以上に夢主さんを好んでいて。
でも、切り捨てることは、苦ではない。
というか、たぶん執着心は本当に一部にしか働かない。
あのまま泣き寝入りしちゃうようだったら本当に簡単に殺しちゃう
何をしても殺されるなら、と開き直っちゃう感じで。
これからの夢主さんの生き甲斐は、いかにして赤髪を絶望させるか、だと思います。
そのためだったらたぶんなんでもやるんじゃないかと
素敵なリクエストをありがとうございました。
2015 那蔵