組織が壊滅した。
言葉にすれば、そんな単純な一言で終わる。
ワイドショーで取り上げられてもそれはすぐに他の話題に塗り替えられていく。
あふれる情報の世界でそれは本当にひとかけらの事件。
関わらない大多数の人たちからみれば、ささいで、どうでもいいこと。
そう、大多数の人たちから、みれば。
けれど、じゃあ、関わった人たちは?
身を粉にして、その組織を追いつめるのに、尽力した、彼らは___彼は、まだ、とらわれている。
降谷零
バーボン
安室透
三つの顔を持つその人は、いつだって強い瞳で前を見ていた。
日本を守る、そのために存在すると誇らしげに胸を張っていた降谷零
組織の一員として策略を巡らせてその地位を保ちつづけたバーボン
”表”の彼は安室透と名乗り、探偵という職業をスムーズにこなしていて
組織壊滅と同時にそれらの顔は不要となったのだけれども。
残ったのは降谷零。
公安としての肩書きを背負う彼は、壊滅した後だってまっすぐに前を見て、二本の足でしっかりと立っていた___ように見えていた。
なんとなく感じていた嫌な予感。
いい予感なんて当たった試しがないのに、こういうのだけよく当たる。
帰宅しているであろうにインターホンを鳴らしても反応はなく。
ため息をつきながら、少しだけかじったことのあるピッキングでドアの鍵をあけた。
かすかな音を鳴らしながら開いたドア。
いつもであれば、それにだって反応するだろうに。
部屋の中は薄暗く、何の物音もしない。
やっぱり留守だったのか、その思いもよぎったけれど、足は部屋の中へと進んでいく。
がしゃん
暗い部屋の中、思わず何かをけとばした。
仕事柄几帳面なところが多い彼は、プライベートになった瞬間大ざっぱになる。
それは、最近のつきあいから知るようになったことで。
「これはひどい」
ぱちん、壁についた電気のスイッチを押せば露わになる部屋の中。
机と、ソファと、それしかない部屋に放られているのは缶ビールやウィスキーのボトル。
そのままの状態ではなく、袋に入った状態で、さらには横にきちんとまとめられていて。
それはこんなときなのに彼らしくて小さく笑いが漏れた。
机の上には飲みかけのウィスキーがそのままおかれている。
ソファの上、丸まって眠る一人の男。
何かから守るように両腕は自分を抱き込んでいる彼の肌の色は褐色。
日の下であればきらきらと輝くその髪は、蛍光灯の下ではくすんで見えて。
きれいな、宝石みたいに煌めく瞳は、今は瞼の下に秘められたまま。
眉間に寄せられた皺。
そばにたってその眉間にふれる。
ぐにぐにとふれても目の前の男はかすかに声を上げながらも起きることはしない。
彼の寝顔を初めて見れたのに___嬉しいとは感じられなくて。
「___ばか」
いつもなら、
いつもであれば、ドアの前に人が通るだけで気配を探る
いつもであれば、ドアが開いた瞬間に警戒して様子をうかがう
いつもであれば、部屋の電気がつく前に相手を確保する
いつもであれば、こんなそばにいる私に気がつかないはずがない。
彼の大きな仕事が終わったことは嬉しいはずなのに。
彼の負担が減ったことは喜ばしいことなのに。
なのに、お酒の力に頼らないと眠れないような、そんな弱ったこの人をみるならば、組織を追いかけていた方がずっとよかったんじゃないか、なんて。
ばかなことを考えてしまう。
「___降谷零」
名前を、呼ぶ。
この人の、この人だけの名前を。
ゆるり、閉じていた瞳がかすかに揺れて。
そして、ぼんやりと開いた。
「___」
言葉を発することなく、その唇からは息が漏れて。
「降谷零、」
再度呼べば揺らいでいた瞳が確かに私を写して、一度瞬いた。
「なんで、おまえがここにいる・・・?」
お酒の影響か、どことなくおぼつかない口調で問われた。
常の覇気がないそれは新鮮で___でも居心地はよくないわけで。
答えないまま彼の横たわったソファの端に腰掛けた。
「ああ___夢か」
そうすれば勝手に彼は勘違いを始めたようで。
ぼんやりとした口調とまなざしのまま、言葉は続く。
「そうだな。おまえが俺の部屋に現れるわけないな」
まあ確かに。
この部屋に入ったのは初めてで。
彼との立場上立ち入るわけにもいかなかったわけで。
「___夢なら、いいか」
ぽつり、落とされた言葉。
深く、一度つかれたため息。
そのままぽつり、ぽつりと彼の言葉があふれ出した。
「___もう安室透として笑わなくてよくなって」
探偵業の安室透は、人当たりがよくて物腰柔らかで、同一人物かはじめはまじめに疑った。
「バーボンである必要も、もうない」
組織に潜入する身である彼に出会うことは少なかったけれど、いつだって不敵に笑い、そしてとても冷たい目をしていた。
「もとの自分に戻ったけれど」
乾いた声は、静かな部屋に吸い込まれていく。
「___なんだか、疲れた」
息が、つまった。
こぼされたささやきのような音量のそれが、彼の心からの言葉だとわかってしまったから。
「もう奴らを追う必要も、策略を張り巡らせる必要も、顔を使い分ける必要も、なくなったけれど」
するすると、紐解かれるように
暴かれていく彼の本音。
「結局、今ここに残ったのは、すべて終わって残った僕は___俺は、なんなんだろな」
自嘲するように、ふ、っと笑い声が彼から漏れた。
___結局、今ここに残ったのは
ここに、残っているのは
___すべて終わって残った僕は
残っている、あなたは、
___俺は、なんなんだろな」
あなたは、なにがあろうと、誰になろうと、私の好きな___降谷零だ
「生きていく標を、失った気分だ」
瞬間、衝動的に、体が動いた。
「っ」
「あなたは降谷零だ。」
端正な顔を両手でつかんでその青い宝石をのぞき込む。
煌めく宝石に私が映るのが見えて。
「安室透も、バーボンも、必要なくなった?それでも、それはいまも全部あなただよ。あなた自身だ、降谷零」
ぐらぐら揺れていたそれ。
「すべて終わったからって何?」
一度二度、瞬いて、ゆっくりと見開かれていく。
「ただの降谷零だって、かっこよくてできる男で私の好きな人なんだから、」
彼の唇が、私の名前をかたどった。
「自信持ちなさい!!」
私を映したその青に、いつもの光が宿る
「それでも___何のために生きるのか、その理由がほしいなら、」
そっと捕まえていた頬から手を離して、こつりと額を重ね合わせた。
「私のために生きるって言っていいよ、零。」
至近距離、青に映るのは私だけ。
その距離で、ふ、っと彼はまた笑った。
先ほどとは全く違う、勝ち気な笑みで。
「___それは言えないな。」
からり、乾いた声。
それでも、先ほどまでの様子はそこにはなく。
「僕が生きるのは、この国を守るためだから」
ささやかな願いは
あっさりとポイ捨てされたけれど。
戻ってきたバーボンの時のような不敵な笑顔に。
降谷零の時と同じきらきら煌めく宝石に。
安室透の時と同じような弾む声に。
ああ、私はきっと、この先何度もこの人を、降谷零を、好きになる、そう思わずにはいられなかった。
※※※※※※
だめです。
かっこいい降谷さんかけません。あと何気に探偵夢初めて書いたので色々つかめてません。
こんなんかいといてなんですが、私は安室さんの胡散臭さが一番好きだったりします。
夢主設定的には、赤井さんの部下とか警察官とか、とりあえず、公安じゃない似た立場の人、かな、くらいの認識。