小説
今度は私が守るから。
「嘘はつきたくないの。」
いつもみたいに笑って、いるのに
「でも本当のことも言いたくない。」
いつもみたいに、優しい声をくれるのに
「大丈夫よイヴ。すぐに追いかけるから。」
目の前できらきらきらきら、散っていくその命の色。
「いきなさい。」
その言葉に押し出されるように私の足は動き出して。
ふわり、後ろで笑う気配。
小さく聞こえた、声。
「いい子ね、イヴ。」
違う違う、私はいい子なんかじゃない。
だって、だって、私は、
「・・・さよなら。イヴ」
遠ざかる声。
進むしかない足。
止まらない、涙。
どうしてどうしてどうして、私はあなたを置いていかなければならないの。
確かに私は幼いわ。
確かに私は無知だわ。
それでも、わかる。
今あなたを置いていくということが、どういうことなのかということくらい。
それでも、それでも、あなたが望むのならば、
あなたが、願うのならば。
最後までやっぱりいい子のふりで。
あなたをおいていくことしか、私にはできないの。
はじめ会った時は怖い人だと思った。
誰もいないこの場所で、出会ったあなた。
私よりもずっと背が高くて、見下ろされる瞳は鋭くて。
けれど、何度も助けてくれた。
私よりもずっと大きな手で、力強く私を引っ張ってくれる。
私よりもずっと大きな体で私を守ってくれる。
お母さんみたいで、お父さんみたいで。
とてもとても頼りになる人。
はじめは一人だったのに、途中からあなたが居てくれたから私は頑張れた。
その二人は三人になって、またあなたと離れて二人になって。
どうしようもなく怖くて仕方がなかった。
あの大きな背中がないことに
あの暖かい手のひらがないことに
あの優しい笑顔がみれないことに。
あの柔らかな声が聞こえないことに。
メアリーの明るい声に、少しだけ元気になりながらも、でもあなたがいないかと探してしまうの。
ようやっと見つけたあなたは、ウサギさんに向かって楽しそうに笑っていて。
置いていかないで、お願い。
必死にその頬を叩いて。
名前を呼んで。
「・・・イヴ?」
どうしようもないくらいぐちゃぐちゃな感情。
今まで知らなかったその感情。
必死であなたのその体に抱きついて。
ぎゅうぎゅうにしがみついて。
お願いだからおいていかないで。
言葉にできないその思いを必死で伝えるように。
「ごめんなさい、イヴ」
私の名前がこんなに綺麗に聞こえるのは初めてで。
優しい手のひらに、暖かな声に、柔らかな温もりに。
こらえていた涙があふれだした。
「さがって、イヴ」
背中にかばわれて、メアリーとの距離を遮られて。
大きな背中。
守られてばかりの私。
ごめんなさい、足手まといでごめんなさい。
その背中にしがみついてそっとつぶやいた。
メアリーから逃げるようにして向かった先。
クレヨンで落書きされたような世界。
封鎖されたスケッチブックの世界。
きっとここはメアリーの世界。
描かれた理想郷。
彼女の、世界。
あいもかわらず手を引かれて、ただついていくだけの私。
名前を呼べば返事がある。
それがとても嬉しくて。
その手についていけば安心。
私の道しるべみたいに。
落とされたおもちゃ箱。
見つからない私の薔薇。
笑うメアリー。
向けられる笑顔笑顔笑顔。
交換された、青い薔薇。
私に戻ってきた赤い薔薇の代わりに、どんどん顔色が悪くなっていくあなた。
やめてやめて、メアリー。
お願いお願い。
お願いだから
ギャリーをつれていかないで。
必死で追いかけたメアリー。
落ちている青い花びら。
ギャリーギャリーギャリー!!
追いついた先、残る茎だけの薔薇。
「 イヴ 」
あふれ出す感情。
今走ってきた道をもどって、戻って、戻って。
たどり着いた先。
穏やかに笑む、ギャリー。
動かない、ギャリー。
そっと触れた体には温もりはなく。
抱きついた体には音はなく。
「ギャリー」
名前を呼んでも、返事などない。
「ぎゃりー」
ただわらったままのひょうじょうで
「ぎゃ、り、」
やさしいこえはもうない
「ぎゃりっ、・・・!」
ぼとぼとと落ちる涙。
それを拭ってくれる手は、ない。
ぎゅう、ともう一度抱きしめて。
その手の中にあったライターを手にとって立ち上がる。
「ごめん、ギャリーちょっとだけ、待ってて。」
すぐに、戻ってくるから。
階段を上がった先、行く手を遮るようにある茨の道。
おとぎ話の中、眠ったお姫様を助けにいく王子様みたいに。
私を助けてくれたあなたを、一人になんかしないから。
大好きなあなたに
ギャリーとイヴが可愛くて仕方がない。