小説
伸ばした手は掴まれた
「おいで、イヴ。」
この美術館で何度もいわれた言葉。
でも、その中で一番暖かい声。
絵画の向こう。
焦ったような表情で私を呼ぶギャリー。
こちら側。
柔らかくほほえむお母さん。
「「おいで」」
異口同音。
今までずっと一緒に暮らしていたお母さん。
このよくわからない美術館でずっと私の手を引いていてくれたギャリー。
どちらを信じるの?
今の私には答えが決まりきっていて。
「おいで」
手を、のばす。
私をずっと引っ張ってくれたその手に。
私よりもずっと大きな背中を。
私を助けてくれた王子様みたいなあなたを
私は信じたい。
のばした先、ふれた温もり。
柔らかな笑み。
白くなる景色のなか、あふれるのはあなたへの想い。
気がついたとき、私は大きな絵の前にいて。
何か、とても大きなことがあったような、そんな気がするけれど。
それは記憶に残っていなくて。
それでも、心の中、何かが引っかかっていて。
何かが、足りなくて。
導かれるように動き出した足。
どこに向かっているのか、よくわからないけれど、それでも進まなくてはいけない気がして。
赤い赤いバラのオブジェ。
それを見た瞬間。
それをみる背の高い男性を見た瞬間。
ぶわり、感情があふれて。
「あら、どうかしたのお嬢さん。」
柔らかな笑み。
独特な口調。
穏やかな瞳。
ギャリー
それは誰の名前?
それはあなたの名前。
「イヴ」
どうして私の名前を知っているの。
どうして私はあなたの名前を知っているの?
向けられた背中。
あふれ出す涙が、止まらなくて。
まって、まって
思わず伸ばした手、
つかんだコート。
驚いて振り向くあなた。
目線をあわせるようにしゃがみ込んでくれて。
「あら、こんなハンカチ、持ってたかしら。」
涙を拭ってくれようとしたのか、取り出されたハンカチは、私のもので。
「っ、ギャリー」
すがりつくように飛びついて、忘れたくないとしがみついて。
「ギャリーギャリーギャリー!」
願うように何度も何度も名前を呼ぶ。
はじめは驚いていたギャリーは、それでも柔らかくほほえんで私をなでてくれて。
「まったくもう、どうしたのよ、イヴ。」
呼ばれた名前。
大事な名前。
また、あえたよろこび。
「ギャリー、大好き、」
いっぱいいっぱいの気持ちを、この一言に込めて。