小説
猶予の時間はもうおしまい
あの場所からの脱出を果たして早幾歳。
9歳の幼い少女は時がたつごとに、花が開花するかのように鮮やかに色づいて。
どれだけ時が流れようとも埋まらぬこの年の差に悔いるばかりだ。
「ギャリー」
アタシを呼ぶその声が、微かに甘く色めき立っているのは、出会った時から知っていた。
幼い子供が窮地に立った時、傍にいたものを頼るように、アタシに身を任せていたことも知っている。
あの場所から出た時から、あの子がアタシをずっと見ていたのは、錯覚だと言い聞かせて。
けれども数年がたった今も、あの子のまなざしが向けられるのはアタシ。
これはうぬぼれでもなんでもないと、知っている。
そうして、もう一つ。
アタシ自身あの子に会った時から気がついていたこと。
アタシの中に生まれていたこの想い。
こんなんでもあの子よりもずっと生きていて。
まだあの子が気づいてなどいない時から、あの子を見ていた。
あの場所であんなにも頑張れた理由も、あんなにも怖がりなアタシが出口を見つけられた理由も。
あの子が愛しかったから。
気がついた瞬間、溢れる感情。
相手は幼いからといい聞かせて。
あの子が望んでいることを知っていたにもかかわらず、気づかないふりをして。
そうして数年の猶予をあなたにあげたわ。
ずるくて穢れ切ったこのアタシという存在から逃げられるように。
アタシから遠ざかれるように。
まだあなたを手放してあげられるうちに、さっさとあなたから離れてくれることを願って。
けど、もう、その猶予はおしまい。
一日一日、すぎるごとにより一層艶やかに鮮やかに変わっていくあなたを、もう知らないふりなんてしてあげない。
誰かに告白されたとか、困ったように笑うあなたを、もうほおっておくわけがないわ。
他の人の手によって開花させられるくらいならば、アタシのこの手でより一層艶やかに。
その手を、腕を、足を、胸を、髪を、唇を、あなたを
全てを、アタシのものにして。
全てを、アタシに依存させて。
「ギャリー・・・?」
豹変したアタシにどんな顔をしてくれるのかしら。
笑うその表情が、アタシを映して柔らかく変わる表情が、
恐怖に歪む。
そんなあなたすら愛しいわ、きっと。
「悪い顔。」
ソファで寝転がって本を読むふりをしてそんなことを考えていれば、ぽつり呟かれた言葉。
そちらを見れば呆れたような金色の彼女の胡乱気な瞳。
「ねえ、ギャリー。」
「なあに、メアリー。」
アタシとメアリーしかいないこの家。
イヴは用事があるようでそれを済ませたらここに来ると言っていた。
メアリーと二人だとはっきり言ってなにもすることも話すこともない。
なぜならアタシとメアリーをつなぐものはイヴだから。
そういえば、そんな世間話を離すかのように放たれたメアリーの言葉。
「ギャリー。あなたにイヴは渡さないわよ。」
「あら、偶然ね。アタシだってメアリー。あなたにあの子をあげないわ。」
かちり、かみあった視線。
まっすぐにアタシに向けられる瞳。
あの場所から三人出てこれたこの場所で。
アタシとメアリーの中心はいつだってあの子。
ぎしり。
アタシが寝転ぶソファに小さく体重が乗せられて。
アタシの上に覆いかぶさってくるメアリー。
至近距離で見る彼女の顔はひどく整っていて、美しいと感じる。
さらり、顔にかかる金色の髪。
イヴとは違う眩しい色。
「私はイブのこと、大好きなのよ。」
「アタシもよ」
アタシ達は本質がとてもよく似ていて。
たとえば、たったひとつのもののために、それ以外を切り捨てることなんて簡単だと思うところとか。
例えるならば同族嫌悪。
ただただお互いに大事な彼女を相手に取られたくない。
あの子を渡したくないと。
自分の一番があの子であるように、あの子の一番が自分であってほしいと。
だからといって渡してあげられるほどアタシは大人でも優しくもない。
ゆるり、口の端をあげて、挑発するような笑みを作り上げる。
「でもね、気がついてるでしょう?あの子が好きなのは、アタシだって。」
至近距離の瞳が小さく陰る。
「そんなの気がついてるわよ。それでも、あの子にとって一番の友達は私なのよ。」
ぐっ、とさらに詰められる距離。
唇にお互いの吐息がかかるほどの距離。
「そしてギャリーあなたの一番もあの子。」
その瞳の奥見え隠れする不安の意味が、ようやく理解できて。
一つ、笑って。
メアリーのその金色の髪に腕を回す。
ぐい、と自分の方に引き寄せて、胸元に押し付けて。
「安心しなさい。アタシとイヴがくっついたところであなたを置いて言ったりはしないわよ。」
まだこの世界に出てきて数年のこの子は見かけによらず弱くて。
だからこそ時折言葉を口にしなければ不安で壊れてしまいそうなそんな表情をするから。
一回二回その髪をなでる。
アタシにとっての一番は何があろうとイヴなの。
それは世界がどんな変化を遂げようが変わらない。
たった一人の愛しい存在。
あの子が消えてしまえばアタシは生きる意味をなくす。
そう思えるほど。
けれども同時に確かにこの子も大事な幼子で。
どんなに強がっていても、口は悪くても。
可愛い可愛い子。
イヴとは全く違った意味で共にありたい子。
欲張りだとかそんなこと言われたところで、どちらからも手を離してあげはしないわ。
※※※※※
「ギャリー、メアリー、遅くなっちゃってごめ、・・・」
「!ちょ、イヴ!違うのよ?!これはっ、」
「助けてーイヴーギャリーに襲われるー」
「・・・」
「ちょ、メアリー棒読みよ!?・・・ええと、イヴ?イヴさーん?」
「あれ?イヴうつむいちゃってどうしたの?」
「・・・」
「きゃー!なんで泣きそうなのよ!」
「あーあ、ギャリーがイブ泣かしたー」
「だれのせいだと!」
「ギャリー!」
「っ!はい!?」
「既成事実は私と作ろう。」
「イヴ!?」