小説
焔の光へ
その存在の消失は、思っていたよりもずっとずっとあっけなく。
それでも、心の奥底。
どこか大きな棘が刺さったかのように
時折ひどく冷たく響いては私に存在を思い起こさせた。
『ジェイド!』
劣化した赤い髪。
橙色ともよべるそれ。
長さを持っていた時は風に揺れて私たちの目を向けさせていた。
ばっさりと、その決意と共に切り落とされた時は、誰もまだ彼を信じることを恐れていた。
再び裏切られることを。
少なからず、心寄せてもよいと、そう思える素直さが垣間見えていた彼。
その矢先、起こったあの出来事は、どんなに頑張ったところで彼のせいであって。
そして、私の油断が招いたもの。
あれが、私の過去の副産物だと、理解していたというのに。
小さな、まだ七つのその存在。
図体だけがでかくて、中身は本当に子供そのもの。
うまくいかなければ癇癪をおこし、何かあれば周りを頼り。
褒めてほしいとそんな甘い感情で、この世界を、壊した。
幼くて、素直になりきれない、そんな、ただの子供。
だというのに
私は、その子供に世界を託した。
その子供に罪を背負わせるがごとく。
幼い彼に教えられた感情。
怒りも、憎しみも、悔しさも、不甲斐なさも。
嬉しいと感じる心を。
あきらめることを許すなと諭したあの熱い瞳。
自分が生きる価値がないと泣くあの姿勢。
人と共にいることで得られる様々な感情を、あの子自身が身をもって示してくれた。
我がままで、傲慢で、
素直で、まっさらで、穢れなき心のもちぬし。
とても弱くて弱くて、小さくて
とても脆い存在。
彼は望んだ、「生きたい」と。
でも、それよりもずっとずっと切望したのだ、「生きて」と。
大事な友の犠牲で成り立つ世界など、何一つ意味がないというのに。
皮肉にも、彼が望んだ英雄の称号は、彼の残した傷跡に。
彼が望んだ存在理由は、彼の墓前に。
彼が守りたかった世界は、確かにここに。
どんなにあがいたところで、彼がこの場所に再び現れるなど不可能だ。
もしかして、そんな無駄な感情にとらわれることすらできない自分の優秀さに反吐が出る。
それでも、それでも願わずには居られなかった。
自分が最も嫌うものに、いないと知ってしまっているものに。
どうか、彼がもう一度あの笑顔を見せてくれることを。
あなたを、友人だと言った時に見せたあの泣きそうな笑顔を。
「ジェイド」
聞きなれた低い声。
私に向けられる言葉以上に柔らかな瞳の色に、いささか居心地の悪さを感じながらも目をやる。
「・・・まったく、仕事をしてください、仕事を。」
太陽の光を表すかのようなその金色の髪。
この王都にふさわしき蒼色を身にまとって。
私には眩しすぎる笑顔を浮かべたその王は、足元にたくさんの生物をはべらしていて。
「かわいいだろう。」
丸々と太ったそれらは一歩間違えれば間違いなく調理場へ連れて行かれるだろう。
それを溺愛するこの人は、まったくもって王らしくはなく。
それでも、その愛を、慈しむ感情を、この広い世界大地国民に向けていて。
自分の感情はすべて後回し。
それは、どこかあの橙色を彷彿させて。
すり、と足もとに感じる温もり。
ぶひぶひと擦り寄ってくるその温もりは、今の私にはひどく優しすぎるもので。
「ルークがお前に会いたがっていたからな。」
いつもは触れることなどしないというのに、どうしようもなく、泣きたいような気分になって。
そっと触れればもっともっととせがむかのように鼻をこちらに押し付けてきて。
『ジェイド』
褒めれば素直に笑った。
怒れば身を縮こまらせて半泣きになって。
笑えば同じように笑い返してきて。
諭せば理解しようと努力して。
叱れば改善を目標に掲げて。
そんな彼は、もういない。
強い衝撃が走った。
理解していたはずのそれは、やはり理解するだけで。
頭の中、「死」というものがどんなものなのか。
ただ人がいなくなるだけだと、会えなくなるだけだと。
それだけなのだと言っていた自分がいたのに。
会えないことが、もう二度と名前を呼ばれることがないことが
こんなにも「悲しい」と感じるなど。
「ルークは本当に、お前に大事なものを残していってくれたんだな。
なあ、ジェイド。」
ピオニーの穏やかな声があの子のものと重なって。
心臓が、失ったことを今さら実感するように、鼓動を速めた。
ああどうかどうか、二度とないあの日々よ。
失ってしまった大事な友よ。
再び私の前に現れてくれ。
それでも
大事な友よ、戻ること叶わぬならば。
せめてせめて、安らかに。
※※※※
ジェイドからルークへ
もう、どうしようもないような二人の後悔する関係性が好き。
ジェイドはルークにたくさん助けられたんだろうなあ、と。