ドリーム小説
逃げ脚だけは一流です 66
「いい加減休みなさい」
ヴァンとの決戦を終えて、事態は一応の収束を見せた。
事後処理の為自国へと戻る際に、未だに目を覚まさないと行く宛のないシンクを共につれて。
___そう、は未だに目を覚まさない。
ヴァンからの一撃は確かに大きなものであったが、ナタリアがすぐに傷をふさいだため重傷にはなっていない。
出血もすぐに止まったし、彼女の目覚めを妨げる物はないはずなのに。
彼女はまだ、目を覚まさない。
そしてのそばから離れようとしないシンク。
一日中その場所から動くことはなく、ただじっとを見つめ続ける子供。
ほとんど食事もしないため、その身体は日に日に細くなっていって。
「聞いているのですか、シンク」
私の言葉に耳を傾けることなどなく、ただ、開かない瞳を眺め続けるだけの幼子。
できるものなら、私だってその場所で、ずっと彼女を見つめていたい。
じわり、浮かぶ本音を心の奥底に押し込みため息を一つ。
身動き一つしない彼の後ろにたち、そっとその瞳を手のひらで覆う。
「眠りなさい、シンク」
その目が覚めたときに最前があるとは言えないけれど、今のこの子を見ればきっと彼女は悲しむから。
少しだけ抵抗を見せた身体をぐっと力を込めて静止して。
ゆっくりと頭の中で数を数えて。
そうすれば、無理矢理ではあれど闇に染まった彼の視界は、ゆるり、眠りの中へとしずみ込む。
力が抜けたその身体を抱き上げれば、驚くほどの軽さ。
これが育ち盛りの少年の身体なのか、と思うほどのそれ。
横の部屋へと運び入れてそっとベッドに横たえる。
疲労の色濃いその表情。
艶のなくなった髪をそっとなでた。
「・・・___」
小さく彼の口が彼女の名前をたどる。
閉じられた瞳からこぼれた滴。
それを見ない振りをして部屋を後にした。
の部屋に戻って、先ほどまでシンクが陣取っていた位置へと座る。
手を伸ばして、彼女の髪を一度、二度、なでる。
何日も、声を聞いていない。
笑顔を見ていない。
瞳をあわせていない。
心臓の中にぽっかりと穴があいたような空虚感。
感情が、感じられない。
ピオニーが困ったように笑って私を家へと送り返したのもきっとそのせい。
じくり、じくり、傷口が広がって膿んでいくような、そんな感覚。
「あなたは何回私にこんな想いを味あわせるつもりなんですか・・・」
彼女にも同じ思いを味あわせたことを棚に上げながら、を責める。
触れた肌に温もりはあるのに、赤みはなくて
ふれられる距離にいるのに、ふれてはくれなくて。
何度も名前を呼ぶのに、決して答えてはくれなくて。
「」
眠り姫は、王子様のキスで目覚めるのだと、遠い昔からのおとぎ話がある。
自分は王子という柄ではないけれど、彼女は姫と言うほどおしとやかではないけれど、
試す価値はあるのだろうか。
そっと頬をなでながら、顔を近づけて、残り、指一本分の距離を残して止まる。
「、早く目を覚ましなさい」
一度、二度、軽く重ね合わせて、そうして一度だけ深く。
これで目を覚ますかも、なんて夢物語に頼らなければいけないほど、自分は疲れているようで。
「、___愛していますから、早く戻ってきてください」
願うように、請うように、最後にもう一つだけ唇を触れ合わせて、そうして彼女の部屋から逃げ出した。
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