ドリーム小説












カウントダウン 00





彼女が眠っている時間、いつものように彼女の部屋に入り込む。
いつもとは違い、起こさないように朝ご飯を作って、ポアロに行く旨を認めて、その部屋を後に。



後二日


今日と明日を逃げ切れば、もう彼女に会うことはない。
そう自分に言い聞かせて___いたというのに。

なぜこうもあっさりと姿を現すのかこの子は

昨日あんなにもまっすぐに俺に想いを伝えた彼女が、まさか緊張しているだなんて、思うこともなく。
声をかけて、イスから滑り落ちそうになったその体を優しく支える。
何度ふれても思うその細さ。
俺が、護るべき存在。

「___さんも、動揺してくれるんですね」

ぽろりと漏れた言葉に、は息をのんで。

「、___好きな人に想いを伝えた次の日まで、いつも道理でいる程、私、強いと思われてるんですか?」

少しだけ怒ったように言葉をつづった。
失言した、と思った、のに。
彼女が怒りを露わにする姿など、この1週間つきあってきて初めてみた。
そんな表情を引き出せたことに、喜びを覚える俺をどうにかしなくてはいけない。

ざわめいた店内はそのまま、彼女の綺麗な瞳を眺める。

「昨日の言葉、何一つ偽りはないです、全部、本当の想い。」

逃がさないとでも言うように、腕をつかんできたその手のひらは小さい。

「受け入れてくれなくてもいい、応えてくれなくて構わない____でも」

まっすぐに俺の目をみてくるその真摯な瞳。
彼女の瞳に映る俺はひどく不安気で。

「なかったことに、しないで」

ぽつり、落とされた言葉は、深く胸の奥に入り込む。

力つきるようにするりとその手のひらが離れていく。
温もりが、消えていく。

「居心地がいいって安室さんがそういってくれた空間で、あり続けたかったのに」

居心地がいいのは、君のすぐそばで。
君のすぐそばだからこそ、居心地がいいわけで。

「その場所を壊しちゃって、ごめんなさい」

なにも、が、君が謝る必要なんて、ないのに。

明後日には、以前のような他人に戻る、関係

本当に、それでいいのか___?

「、」

俺が口を開くのを待たず、するり、逃げるように席を立った
頼んだコーヒーを俺に飲ませるように梓さんに頼んで。

「じゃあ、さようなら」

そういって、ふわり、笑って店を出て___行くと思ったのに

さん!」

ちゃん!!」

反射的に叫んだ、彼女の名前。
ドアの向こう、すごい勢いでこちらに向かってきた見知らぬ男。
その手に光る刃

瞬時に判断した状況。

店内に満ちた叫び声。

危惧していた事態は一気に現実のものに。
捕らわれた
首もとに当てられた刃。

彼女に___ふれるな

溢れる感情そのままに一歩、踏み出せば、彼女の首もとの刃は力を増したようで。
の表情がゆがんだ。

「動くな!この女がどうなってもいいのかっ!!」

の瞳が俺をまっすぐに、みる。
へるぷ!、と___その瞳が笑えるほどにまっすぐに俺に言葉をつげる。

先ほど別れを告げたその瞳で、助けを求める姿はこんな状況だというのになんとなくあきれてしまって。

「彼女を離していただけますか?」

のおかげで少々冷静に戻れた思考の中、相手に向かって声を発する。
犯人を逆上させないように、冷静に、そう思いながら___ドアの向こう、見知った車が止められたのをみた。

「うるせえ!金を出せ!!

うるさい叫び声。
かすかに彼女の喉元に滲んだ、赤。

「___もう一度、言いましょうか」

一歩、足を進めた。
窓の外止まった車から降りてきたニット帽。
それだけみれば、もう後は簡単。

ゆっくりと腕を前にのばす。
人差し指を相手の___否、憎いニット帽の男に向けて。

「彼女を、離していただけますか?」

まっすぐに、声を発した

「怪我、したくないでしょう?」

瞬間、あけられた扉によって男の後頭部は強打されて。
の喉元から刃が離れた一瞬を見逃さずその腕を引き寄せた。

腕の中、たしかな温もり。
もぞもぞと動くその様子に、らしくもなく息を吐く。

「怪我は?」

いいながら首元にふれる。
赤い色の筋。
思っていたよりも深いそれに顔をしかめる。

ゆっくりと傷口をなぞる
細いそれ。
気を抜けば一瞬でおれそうな程。

怪我をさせるつもりはなかった、が___
冷静に動けなかった自分が原因だ

君、また君か」

腕の中にを閉じこめたまま、犯人を締め上げた赤井をみる。
ぺしぺしと腕を叩いてくる彼女を無視して、苦い気持ちで言葉を発する。

「どうしてあなたがここに、と言いたいところですが___」

助かったのは確か。
それでも、素直に礼を言いたくはない___

「今回は助かりました___1人でも対処できましたけどね」

口からでたのはやっぱりそんな言葉。
1人でも対処はできたけれど___がこれくらいの傷ですんだのは確かにこいつのおかげなわけで。

「安室君。君が苦しそうだが?」

だが赤井の口からの音がでるだけで苛立ちが募る。

「気のせいですよきっと。」

ふい、と視線をはずして、腕の中をのぞき込んで___

「ふむ___珍しいな、嫉妬、か」

「・・・・・・は?」

いま、こいつは、なにをいった?

「___嫉妬?」


しっと【嫉妬】
(1)自分が愛している人や心を引かれる人の愛情が他の人に向けられることを恨み憎むこと。また、その気持ち。やきもち。悋気(りんき)。
(2)自分よりすぐれている人や恵まれている人をうらやみねたむこと。また、その気持ち。

その単語はよく知っているしわかっている。
理解だって、している、はず、だと、いうのに、

ぐわり、体の中、熱が、あがる

この感情の意味を理解したことよりも、それを、赤井に指摘されたことが、不愉快で

「赤井さん、日本で左ハンドルは運転しにくいんですけど___、と?」

新一君の声に反応したがもぞもぞと動く。
ゆるんだ腕の中から顔を出した彼女を、新一君が発見して。

「あれ、もしかしてまた巻き込まれたのか?」

ちょっとまて、今聞き逃せない言葉が聞こえてきたんだが?

「新一君、”また”とはどういうことかな。教えてくれるよね」

そろり、俺から距離をとったをそのままに新一君に聞けば、苦笑いを浮かべる。

「で、さん」

梓さんによって首もと、消毒をしてもらったは振り向いた俺にびくりと肩をふるわせて
目をそらすの顔をがしりとつかんで

びろん、と柔らかな肌を左右に引っ張った。
もっちもちだな。
新一君の話を聞きながら、痛い痛いと訴える彼女を無視しながら引っ張り続ければ___

「ちょうど新一君と待ち合わせしていた俺が、助けたから事なきを得たがな」

赤井、お前には聞いてない。









閉店準備の最中も赤井と話すが気になって仕方がなくて。
ようやっと終えて近付いていった先、楽しそうに談笑する姿に、募る苛立ち。

目の前、赤井の手がにのばされて、くしゃりその柔らかな髪をかき混ぜるのを目にした。

に、さわるな。

「安室君には幸せになってほしいと、願っているものでね」

「余計なお世話ですよ」

べしり、その手をたたき落として心からの言葉をつげる。

「赤井に願われる幸せなど願い下げです。帰りますよ、さん」

お前に与えられるものなど何一ついらない。


はじめの頃とは違う、俺よりも柔らかな肩を優しい力で引き寄せる。
従って立ち上がる彼女をエスコートするように。

歩む早さも、エスコートの仕方も、全部、が降谷零である俺に、教えてくれたこと。
覚えたから、もう違えない。
の歩く早さも、引き寄せる肩の細さも、覚えた。

君」

進む俺たちを妨害するように、赤井の声が響いた。
素直にとまるに従い、足を止めれば、引き寄せられたのか、赤井のそばへと進む



「ほ、」

「な”?!」

ちゅ、と響いたリップ音。
ぽかんとした表情を浮かべる
なんだ、!?なぜお前、恥ずかしがらないんだ?!

「Good luck、君」

めちゃくちゃいい発音すぎて、ムカつく!
ちょっとまて!なるほど、とばかりに頷くな!!同じ事をやり返そうと、するな!!

「ぐえ」

ここは、日本だ!!

「必要ない!」

腹に腕を回してその体を引き寄せる。
それ以上近付くな、その男に!
そのままずるずるとの体を引きずって店の外へ向かう。

「またな、君」

「二度と会わせるか!」

ひらり、手を振った赤井に叫び返す

「ほぉ?なんだ安室君は君が俺と会わないように___共にいるつもりなのか?」
「っ」

と、嫌な反撃を受けた気分だ。
だが、仕方がない___

結局は、そういうことなんだ。
危険な目に遭わせないために俺ができるのは___
遠ざけるか、すぐそばで護るか。


そのどちらかだけで


助手席に放り込んだの頬をハンカチで全力でこする。
痛いとか叫んでるけど知るか。

帰ったらしっかり消毒するがそれまでの応急処置だ、我慢しろ。

下がったままの気分のまま運転席に乗り込む。
そうすれば、不躾な視線が向けられるわけで。
、お前正直に気持ちを伝えたからって、だだ漏れすぎるぞ・・・・・・?

「___、気が散る、鬱陶しい」

俺の言葉にへらへらと笑うにため息しかでない。

「ごめんなさぁい」

おい、謝罪の色が見えないぞ。





の部屋に戻り、取り出してきた救急箱。
こたつのそばに座らせて、いつも包帯を巻くときの距離感に

へらへらと相変わらず笑い続けるにため息しかでない。

「降谷さんのすぐそばにいられるのが、嬉しいんですよぅ」

だというのに、そんなことを簡単に言ってくるから、たちがわるい。
かすかに上がる熱を隠すように髪をくしゃりとかき回して。
そのままその首もとに手を伸ばす。

いつの間にか___赤井の手によって貼られた絆創膏。

「っ、」

べりり、音を立ててはずされたそれ。

「降谷さん、せめて一言ほしかったです」

うるさい。
ほかの男につけられたものをそのままにしておく方が悪い。

「赤井に貼られたものだと思うだけで虫酸が走る」

絆創膏は全力でゴミ箱につっこんだ。

「___思ったより切れてるな」

するり、喉元を、なでる。
びくりと体をふるわせたに、ぞわり、被虐心がわき上がる

「、っ、」

漏れ出た声に、音が、とまった。
声を抑えるように口元を手で覆ったの瞳が、明らかな欲をはらむ。

あ、だめだ

くらり、酒を飲んだときのような酩酊感。
視線を逸らした先、白い喉元に走った赤。

「、ぅあ」

本能的に体が動いた。
甘い喉元にすいつく。

薄く走った傷口を舌でたどれば、ひきつったような熱い声が彼女から漏れて。
色を含んだそれに、体はよりいっそう、深く、貪るようにそれを求めて這い回る。
逃げようとする体を逃がすまいと引き寄せて。
さらに深く、よりいっそう彼女の近くに。
腕の中、彼女の力が弱まっていくのを感じて、その柔らかさを堪能して___

「っ、るや、さっ」

かすかな声。
弱々しい抵抗の力。
最後引きちぎる直前だった理性を何とかつなぎ止めて。

かわり、とばかりにそののどに、かみついた。

「ったああ!!」

叫び声、蘇る被虐心を、もう一度その場所を舐めることで鎮めて。

「消毒」

とごまかした。

「降谷さん!痛い!私痛いの嫌いです!!」

べしべし、叩かれるそれ。
痛くはないが鬱陶しい。

「好きだと言われても困るな」

痛いのが好き、だとか、それはそれでそそられるものがなくはないが___今はまだ、いい。

「せっかく腕は治ってきたのに、降谷さんのせいで新しいところに怪我しちゃったらどうするんですかぁ・・・・・・」

ため息と共に漏らされた言葉。
それに、ぴたり、思考が、とまった。

ゆっくりとその瞳を再度見つめる。
その中に映った俺が、かすかにほほえんだ。

「そうか___お前の怪我が治る前に、新しい傷をつければ___お前のそばにいる絶対的な理由になるな」

「降谷さんっ!?」

傷つけたから、そんな名目で始まったこの関係。
それを続けていこうとするならば、もう一度傷つければ、いい?

の顔が赤くなる。

俺の言いたいことを理解したかのようなその表情に、困ったな、と感じて。
気づかないままでいてくれたなら、最後、手放してやれると思ったのに。

「理由が、あれば、私のそばにいてくれるんですか・・・・・・?」

「理由を付けなきゃ___お前のそばは怖いっていったら?」

理由を付けなければ、いずれ離れられなくなる。
否___もうすでに、離れがたく思う俺が、ここにいるんだ。

「理由を付けてでも、私のそばにいたいと思ってくれてるんですね・・・・・・?」
少しだけ、言い方を変えて聞いてくるに。

かなわない、と思った。

「理由を付けなきゃ___俺はきっとお前から離れられなく、なる」

観念する。
俺はおまえから離れたくない。
理由をもうけてでもそばにいたいと思っている、と。

向かい合って、座りあったまま
こつりと額を重ね合わせて。

今の現状を、俺のことを、許される範囲で話す。

「なんとなく察してるかとは思うが___俺は口外できない危険な仕事についている」

「この休みが終われば、また危険の中に身をおくことになるだろう」

「だから、お前のそばに居心地の良さを感じてしまっている今の状態は、まずいんだ」

そう、お前の、のそばは居心地が良すぎて。

「降谷さん、それは私を遠ざける理由には決してならないですよ」

至近距離で、まっすぐに、俺を見つめてそういってくる彼女は、ひどく綺麗な存在に思えて。

「つきあいたいって、そう思わない訳じゃないです。でも、」

年頃の女の子らしく、共に恋人のように過ごしたい、そう思うに決まっている。
でも、俺にはその未来は用意してやれない。
なのに

「安室さんの帰る場所になりたい」

そんなことを言われてしまったら

「降谷さんが、帰らなきゃって思うような場所に」

そんな言葉を聞いてしまったら

「少しでも、安心して降谷零でいられる場所に、なりたい」

離れることなんか、もう、できないじゃないか

「降谷さん、私じゃ、そういう場所になれませんか?」

「十分すぎるから、困ってるんだ」

ため息をつけば、彼女が俺の頬にふれて、笑った。

「降谷さん、大好き」

愛しいこの存在を、護らなければと、思えた。

「赤くなってる」

彼女の頬その場所は、先ほど赤井に汚された場所。
丹念にこすったそこは、赤く染まっていて。

申し訳ない気持ちになりそっと唇を落とした___と、


「降谷さん、赤井さんと間接ちゅうですね」


思考が停止した。
、お前な、こう言うときにそういうことを言うんじゃない・・・・・・!
ゆっくりと肩をつかんで距離をとる。

ぐるぐる渦巻く感情をとどめようと___

「お、ま、え、はっ!」

できなかった

きょとんとした表情を浮かべているものだから、よりいっそう感情は溢れて。

「何でこういう雰囲気の時にそういうことを言うんだ!!」

もう知らない。
手加減なんかしてやらない。

ぐい、と引き寄せてそのあまやかな唇を、呼吸を奪う。

「口直しにつき合え!」

俺が満足するまでつきあってもらうぞ









思い返したこの1週間。

携帯の目覚ましにもぞもぞと動くその体を押さえて。

「動くな、。もう少し___」

つぶやけば、一度だけ体を緊張させて___
すぐさまゆるんだ。
だから、警戒心が薄いと言うんだ・・・・・・

「・・・・・・動くなとはいったが、諦めるのはやすぎないか?」

「だって降谷さんでしょう?何の問題もないですよぅ」

俺の言葉にもぞり、体を動かして、ぎゅう、と俺にすり寄る。
体中に感じる柔らかな感触。
俺に向けられている絶対的な信頼感。
それを裏切るわけにも行かなくて。

これはまさに生殺しじゃないか

ぽつり、言葉としてでたかもしれないが、気にしない。
ぎゅうぎゅうと抱きついてくるその体を仕方がないかと抱きしめ返す。
この1週間で慣れた彼女の香り。
胸一杯吸い込めば、体中に満足感が広がって。

「降谷さん、最後のお休みは、一緒にお休みしましょうねぇ」

あまやかな、声。
俺に向けられる偽りのない言葉たち。
それにあらがう必要性も感じず。

「仕方がないな」

と答えて。
その温もりにさらに体を寄せる。
少し強めに抱きしめたけれど、それすら心地よいとばかりに彼女はほほえむ。
布団の中、ぽつりぽつり、他愛のない話をしながら、二人でごろごろと過ごす。
ふれあって、じゃれあって、最後の一日をかみしめるように。

「降谷さん、これが休日の過ごし方、なんですよ」
「なるほど、体が鈍りそうだな」

そうですかぁ?
返ってくる言葉も緩く、日溜まりの中に存在しているかのような、穏やかさ。

この一週間で見慣れた彼女の笑顔。
それでも、今、この瞬間が今までみた中で一番幸せそうにも見えて

ごろごろと猫のように彼の胸元にすり寄る。
その姿が可愛くて、ゆるむ頬を隠すように、彼女の首もとにすり寄って。
その首もとに吸いつくのをかろうじてこらえて、代わりとばかりにその頬に、唇に、ふれていく。
小さな笑い声があがる、それだけの幸せな、時間。


___と、今までずっと黙っていた俺のの携帯が音を立てた。


緊張する空気

きたか

思ったよりも、遅かったな。
もっと早く連絡がくると思っていた。
有給休暇をとったところで、結局のところ俺にしかできない仕事は多いわけで。
そうなれば、俺に連絡がくるのは必然で。

腕の中、俺の胸を押してがゆっくりと体を起こした。

「降谷さん、コーヒーでいいですか?いれてきますね」

何も話していないと言うのに、全てをわかっているかのように。
彼女は時折そんな風に大人びて笑う。

それに、俺は幾度となく救われていることをきっと彼女は知らない。

___すみません、降谷さん___

___大丈夫だ、わかってる___

電話の向こう、信頼している部下からの声。
心から申し訳ない、そんな雰囲気が簡単に伝わってきて小さく笑う。

大丈夫だ、理解、している。
心地よいこの場所から離れなきゃいけないことをすこしだけ残念に思いながら。
必要なことを話して、これから向かうことを告げる。

ゆっくりと彼女が向かった扉の先。
開ければ、全てを悟ったように笑う

「ご飯食べる時間くらいはありますか?」

本当はすぐにでも向かわなきゃいけない。
それでも、それでも___

「・・・・・・ん、とりあえず着替えてくる」

後すこしだけ、この時間を



見慣れた部屋に戻って、この場所に彼女がいないことに違和感を感じ苦笑い。
1週間ぶりのスーツに腕を通して、ネクタイを締める。

今から、俺は、公安の降谷零だ。
間違えるな。
彼女は、ただ、護るべき存在の、1人だ。
自分に言い聞かせて、息を吐く。


彼女の部屋に戻れば、ぽけ、と俺をみて惚ける彼女


「なんだ、見とれてるのか?」

「うん。すごくかっこいいです」

からかうつもりで聞いたそれも、彼女にかかれば簡単に頷かれて。
思わず表情が固まる。
取り繕おうとした表情が、うまく作用しない。

「どんな格好しててもかっこいいんだろうなぁって思ってましたけど、実際目にすると、やっぱり素敵ですねぇ」

困って目をそらす。
率直に純粋に、まっすぐに、向けられる想いは、まぶしくて___愛しくて

「さらに好きになっちゃいます」

「・・・・・・わかったから」

言い募られれば逃げられず。
そんな俺に、は笑った。

「正直者なんです、ごめんなさい」




急ぎ目での作った食事を食べ終えて。
コーヒーを飲んで。
立ち上がった先。
脱いでいたスーツの上着をせかせかと着せてくれるに、まるで奥さんみたいだな、なんてことを思いかけて慌てて意識をそらす。

玄関に向かって歩きだした俺の後ろをひょこひょことついてくる

終わるこの時間が、惜しくて。
すこしだけ足が遅くなったのは許してほしい。

革靴を履き玄関のドアノブに手をかける。
ゆっくりと押し開けた先、光が部屋の中に入ってくる。
振り向いた部屋の中、がその光を纏い、輝いているように思えて。
まぶしさに目を細めた。

「いってらっしゃい、・・・・・・零さん、おかえりなさい、って私に言わせてくださいね」

いってらっしゃい

その言葉を聞いたのは、いつぶりか。
長年俺にそういう存在などなかった。

それは、待ってるとただ言われるよりも深く、心に響いた。
おかえりなさい、そう彼女が迎えてくれるならば

ただいま、と言わせてほしい

「わかった___いってくる」

くしゃり、その頭をなでて。
一歩外にでて、後ろで扉が___

___零さん___


まて、今、あいつは、は、ちょっとまて、
閉まる途中だったドアに足を無理矢理ねじ込む。

、お前、いまっ」

いま、おれのことを、

「なんですか、降谷さん、時間ないんでしょう?!」

中から必死で扉を開けまいとすると引き開けようとする俺の攻防
どう考えても勝敗は明らかなのに

「さっさといってらっしゃい!零さん!」

再度呼ばれたその名前。


___零さん___


その響きは、深く深く、体中に染み渡る。

俺のことをその名前で呼ぶものは、今、もうどこにもいなくて。





ああ、帰ってこなければ。
この場所に。
彼女のそばに。



ドアから手を離して、こつり、閉まったドアに額をつけた。

「だだいま、って言いに帰ってくるからな___

その名前を面と向かって呼べるのはいつになるのか。
今はまだわからないけれど。


必ず、おかえり、と言わせてやるから。









※※※
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
安室さんほど料理が繊細じゃない降谷さんって考えると悶えるなぁって思ったのがスタートのお話でした






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