ドリーム小説














カウントダウン 5






朝も昼も晩も、大学生活始まってからかつてないほど充実している
もちろん今日の朝も降谷さんは私を起こしてサンドイッチを作ってくれた。
そのサンドイッチは昨日食べたものとは違って。

「あれは、安室透のサンドイッチのレシピだから」

問いかけた私に彼はさらりとそう返した。

「今朝のは降谷零のサンドイッチのレシピだ。俺は、安室じゃないから、あのサンドイッチは作れないな」

微かに口角をあげる笑い方で。
安室透ではない、笑顔で。

「安室透は、繊細な料理が得意なんだが・・・・・・降谷零は料理に関しては大ざっぱでな」

ああ、この人は、降谷零は、安室透ではないのだと。
安室透は、降谷零と別の人物だと、そう思わせるには十分で。

___待って降谷さん。
私との会話中に、私の洗濯物、ベランダに干しにいくの、待って、一応女の子。
その中に下着とかあるんだけど?




「さぁ。話してもらうわよ、!」

学校に送ってもらって、講義の教室に向かう途中。
がしり、捕まれた腕をたどっていけば、鈴木財閥のお嬢様。
その斜め後ろに両手をあわせてごめん、とつぶやく毛利さん。
逃げれるとは思ってなかったけれど、早々に捕まることも想定外だった。

放課後、ポアロにて話をすることを取り付けて何とか逃げげることに成功。
した、はずだったんだけど___

君、これどうした?誰にやられたんだ?」

まさか、別の子に捕まるとは思っていなかった。
短めの髪に特徴的な瞳。
ボーイッシュなすらりとした格好をし、男勝りな話し方。
それでも、彼女はちゃんとした女の子なわけで。

大学内で会って、ひらり、挨拶代わりに手を振った瞬間、彼女はぴたりと動きを止めてずかずかと近づいてきた。
私の手を取って右に左に動かした後、ぐい、と袖口をまくり上げてきて。
険しい顔で私に問うた。
へらり、不注意で、と笑ってみせるけれど、一時期女子高生探偵と名前を馳せた彼女にそんな嘘通じるわけもなく。

「はぁ?なにそれ、そんなの君の家に合法的に出入りする権利を手に入れただけに決まってるじゃないか!」

洗いざらい吐かされた。
結果、すごい剣幕の世良ちゃんができあがったわけで。

「ともかく!ポアロ、僕も一緒に行くからね!」



断れるはずが、なかった。







迎えに来てくれた安室さんの車。
助手席に私後部座席に鈴木さん毛利さん世良ちゃん、と乗ればもう乗車状況は満杯だ。

どことなく世良ちゃんをみる安室さんの微妙な視線に違和感を覚えつつ、ポアロに入る。
今日もやっぱり私には仕事をさせないと安室さんはにっこりと笑ってエプロンを取り上げた。


「で、?」

テーブル席の一番奥に追いやられれば逃げ場などないわけで。
前に鈴木さん、横に世良ちゃん、斜め前に毛利さん。

あ、まって、毛利さん、笑顔で梓さんに注文いれてないで、助けて

追求から逃れることなんかできるわけがなく。

「同じマンションで、手違いで怪我しちゃった私を助けてくれる優しい人だよ」

取り留めもなく若干事実と異なる事を告げる、と
そうだったの、と納得の姿勢を向ける毛利さんと鈴木さん。
世良ちゃんだけは先ほど突き詰められた話とは異なる内容にじとりとした視線を向けてくる。

「違いますよ。僕の不注意で怪我をさせてしまったさんのお世話を僕が申し出ているんです」

ことり、静かに置かれた飲み物4つ。
褐色の肌をたどったさき、みなくてもわかる安室さんの姿。
見上げれば、眉を寄せて、困ったような表情。

これで三十路とか信じたくない。

「___安室さん」

せっかくオブラートに包んでみたのに。
と視線で訴えるも、聞こえているだろうに彼は目を合わせてはくれない

「安室さん、なにしちゃったんですか?」

さん、どこ怪我してるの?」

鈴木さんが安室さんに、毛利さんがわたしに、問いかける。
世良ちゃんはじとりとした眼をわたしに向けたままだ。

「腕をねー少しひねっちゃったんだよねぇ」

「押し倒しちゃいました」

「安室さぁあんんん?!!」

「「きゃー!!」」

わたしの!いま、はなしたことの内容を全て覆すような!そういう発言やめよう?!

がたがたと音を立てて立ち上がる鈴木さん。
頬に手をやって顔を赤くする毛利さん。
苦虫を噛み潰したかのような顔で、安室さんを見上げる世良ちゃん。

「安室さん、詳しく!」

梓さん、いつのまにそばに来てはなし聞いてたんですか!?

わたしそっちのけで話を始めたので仕方がない、と窓の外をぼおっと眺めだした。

と、小学校高学年くらいの3人の子供達が、こちらをみて___ぱあっと顔を煌めかせた。
そのまま走ってこっちに向かってきた。
こけないように気をつけてねー。

「安室さんだー!!」

「探偵のにいちゃんじゃねえか!」

「お久しぶりですー!」

可愛らしいカチューシャの女の子。
体格がふくよかな男の子。
丁寧に挨拶をしてくれる男の子。

ポアロに入ってきた3人はきらきらとした表情で安室さんを見上げて。

「歩美ちゃん、元太君、光彦君久しぶりだね」

子供たちに視線をあわせるように膝を落とす。
きゃっきゃとはしゃぐ子供たちに嫌な視線など見せず、安室さんはやっぱりにこにこと笑っていて。

「___で、、実際のところどうなの?」

ほほえましく眺めていれば、ずい、と鈴木さんが視界にはいってきた。

「ええと、どうって?」

「だーかーらー!安室さんのこと、どう思ってるの?ってこと!」

後半は少しだけ声を下げて、耳元でこそりとつぶやかれた。
どう思っている、とは、なかなか難しい質問だ。

「何でもできて素敵で優しい人だなぁ、って」

「そうじゃなくて!」

ばんばんと鈴木さんがテーブルを叩く。
ちなみに毛利さんは安室さんと一緒に子供たちとお話し中だ

「園子君は、恋愛的意味で聞いてるんだろ?」

世良ちゃんのフォローに鈴木さんは大きくうなずく。
___わかってて、そらしたんだけど、なぁ。

ちらり、もう一度安室さんをみて、こちらの声を聞いていないであろう事を確認して。
小さく笑った。

「だめだよ、安室さんはわたしが近づきすぎちゃ、いけない人」

なにも話してくれない安室さんだけれど、なにも話してくれないからこそ。
名前を偽る理由も、長期休暇への過程も、わたしが知り得てはいけないこと。

「足枷にしかなれないわたしが、邪魔しちゃだめなんだよ」

素敵なこの人とは、一週間だけの関係だから。

さん、おかわりいりますか?」

「お願いしてもいいですか?」

笑いながら聞いてくる安室さんに、同じように笑って返した。







「なにがたべたい?」

ポアロでのバイトを終えて(もちろんわたしはなにもしていない)安室さんの車に乗り込んで。
質問に、どうしようかと考える。
帰りにスーパーによる、と話を聞いたのは乗り込んでからで。
口調が降谷さんに戻った彼とともになににしようかと考える。

「あ、お鍋食べたいです」

「了解」

二人で鍋をつつけたら楽しいかもしれない。
そんな想いで発した言葉は簡単に受けいられて。

スムーズな動作で駐車場に車を止めた降谷さんと共に店内へ。
陽気な音楽が流れるスーパーに・・・・・・この人はあわない、と思ってたんだけど。
慣れた様子でカゴを手に持ち、野菜の品定めをする様子はびっくりするくらい似合っていた。

イケメンが野菜を品定めする図・・・・・・とはなかなかにシュールじゃないだろうか。

周りの奥様方の視線をまるっと独り占めだ。
そこはかとなく距離をとろうとする度に呼び止められて、どちらがいい、と聞かれて。

いや、もう茸の種類とか任せます。
食べれるんで・・・・・・

お酒のコーナーで立ち止まった降谷さん。
眼はまっすぐにウィスキーをみていて。

「お酒は好きですか?」

「___好き、嫌いで考えたことがない、な」

ちょっとした疑問に対し、降谷さんはぽつりと言葉を返してくれて。
この人は、楽しむためにお酒を飲むことがなかったのだろうか。

「弱いんですけど、果実酒は好きなんですよねぇ」

降谷さんがみていた棚に手を伸ばす。
バーボン、スコッチ、ライ、それらを飲んだことがないけれど

「降谷さん、よかったら少しつきあってくれませんか?」

何とも言えない表情を浮かべた降谷さんのカゴにバーボン、とかかれたお酒を入れた。





降谷さん作のおいしいおいしいお鍋を食べて。
一度片づける、と台所で洗い物をする彼の背中を眺める。

野菜のおおざっぱな切り方や適当にぽいぽいと放り込む調理方法は、きっと降谷零、だからこそ。
きっと安室透と名乗っているときの彼ならば見た目も切り方も煮え加減も全て完璧なお鍋になるのだろう。

安室透は、降谷零だけれども、降谷零は安室透ではないのだろう。

「待たせた」

お洒落なグラスなんてないけれど、どこからだしてきたのか、ガラスのコップを目の前におかれる。
その横に果実酒と氷に炭酸水。
一度台所に戻った降谷さんが次に持ってきたのは先ほど購入したウィスキーで。

もう片方の手には、いつのまに作ったのか、チーズやサラミなどのおつまみが。

とぷり、音を立ててそそぎ入れられた甘そうな液体は私のもの。
こぷり、音を立ててグラスに注がれた茶色は彼のもの

からり、音を立てて氷が揺れる。
かちり、静かにグラスをあわせて口を付けた。

静かな部屋、沈黙が支配する空間。
それでも、なぜかそれは居心地が良くて

はよく飲むのか?」

「んんー、寝る前に一杯、くらいですかねぇ」

穏やかな声に、問いかけにふわふわとした気分のまま答える。

「俺がこの家に押し掛けたときも飲んでいただろ?」

ゆらり、思い起こす数日前。
大好きなそれをちびちびと呑んでいるときに起こったこと。

「武器になるものが果実酒の瓶しかなくて、自分の命と果実酒と天秤にかけた結果でしたぁ」

「お前の命は果実酒と天秤にかけられるほど軽いのか、果実酒がお前の命と釣り合うくらい重いのか……」

ため息をつく降谷さんにけらけらと笑って見せて。
また一口、お酒を口に運ぶ。

「……バーボン、っておいしいんですか?」

降谷さんがぐい、とグラスを傾けるのを見て、そぉっと問えば、ちらり、視線が向けられる。

「飲んでみるか?」

目の前に差し出された琥珀色の液体にそおっと口をつけて……

「あまくないぃ」

思わず呟けば噴出した音。
見上げれば口元を覆った降谷さん。

「まだお子様には早いか」

くつくつと笑いながら私の手からバーボンを持ち上げて。

「お子様なんで、甘い果実酒で十分なんですよぅ」

あまりにも、その笑い方が自然で。
初めてこの人の、そんな笑い方を見たものだから。

頬に熱が上がるのはアルコールのせい
口調が惑うのも全部、アルコールの、せい

「……酒を飲んでいて、楽しいと、そう思えたのは初めてかもしれないな」

ぽつり、呟いたこの人に、


もっと楽しいと思えることを、教えて上げれればいいのに。


そう思ったのも全部、きのせい













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