ドリーム小説
カウントダウン 4
明日は昼からだから、アルコールを入れて、ちょっとくらい夜更かししても大丈夫・・・・・・
だなんて、思っていたのは記憶の彼方。
「ねすぎた・・・」
つぶやいた声は微かにかすれて部屋に響く。
ばきばきの体をぐりぐりとほぐしながら見渡した世界。
その中、綺麗な顔が机に突っ伏しているのが目に入って。
こたつで向かい合うように座っていたままの場所。
お酒を飲み交わした名残である、グラスもお酒もそのままそこにあって。
寝転がってた私ですら体バキバキなのに、降谷さん、座って寝たからもっとひどそう。
起こさないようにゆっくりと起きあがって、洗面所へ。
簡単に身支度を整えると台所に戻り冷蔵庫をのぞき込んだ。
ここ2、3日で驚くべき豹変を遂げた冷蔵庫は、自分じゃ買わないようなモノがぎっしりと詰まっていて。
ここは降谷さんの家か、と問いたくなる。
そしてそんな彼に養われているのは私なわけで
「ごはん、つくろうかなぁ」
どんなに背伸びしても、彼の手料理にはかなわないけれど。
一応できないわけじゃ、ない。
面倒だからやらないだけで、こだわりたくないから簡単にするだけで。
でも、今日くらいは、ちょっと頑張ってみようかな。
ちらり、降谷さんをみて、思って、ゆっくりと卵をわりはじめた。
「降谷さぁん」
起きてくださぁい
何度声をかけても、彼はすやすやと夢の中
変にふれて、前みたいになるのは嫌なので、そこはかとなく距離をとりながら声をかけている。
びっくりするくらい反応のない彼。
降谷さんを起こすのを諦めて、こたつを挟んで彼の前に座り、こてん、と頭を机に預けた。
「髪の毛さらっさら」
窓の外からはいってくる光。
それを浴びながら煌めく髪。
「整った顔」
瞳を閉じた状態で、微かに体を上下させて
その、青色の宝石は、日の光を受けるときらきらと輝くって、私は知ってしまっていて。
「綺麗な、色」
髪が、肌が、瞳が、声が、動作が、仕草が、彼はとても綺麗な人だと、私は知っている。
「安室、さん。降谷さん」
異なる名前をもち、異なる態度を使い分け、異なる笑顔で笑う人。
私が踏み込んではいけない、ひと
それでも、気づいてしまっている
彼が笑うとき、
瞳を細めるとき
顎に手をやる動作
私の名前を呼ぶ、彼に対して、心臓がひどくざわつく理由を
私は、この人が好きなんだと。
秘密を知りたいと思うほどに好きで
彼の瞳に映りたいと願うほどには好きで
名前を呼ばれれば嬉しいと感じてしまうくらい好きで
共に、そばにいれるこの時間を、尊く感じるほどに、すきだと
「降谷___零、さん」
ぽつり、つぶやいた名前。
静かな部屋に落ちたそれ。
誰にも拾われず溶けていった名前___、と、
がばり、突然顔を上げた彼は、一度、二度周りを見渡して、私を見つけた。
綺麗な宝石のような瞳をまんまるく広げて___
がくりとうなだれた
「もしかしなくても、寝落ちてたよな」
「もしかしなくても、寝落ちしてましたねぇ。ぐっすりと」
にっこりと笑って言えば、ごつん、と鈍い音。
頭を全力で机に打ち付けたそれは痛そうで。
耳が、微かに赤い
照れているのか、自己嫌悪に陥っているのか。
「___この場所が居心地良すぎるのが、悪い」
小さく漏らされたそれ、は、反則じゃ、ないですか
ばっくんって、アホみたいに強く心臓が脈打った。
私のそばが、降谷さんにとって居心地がいいと、そう思える場所であることに。
喜びを感じないわけがない
「___朝ご飯、作ったんです。食べませんか?」
そういって、ばくばくと音を立てたままの心臓をなだめるため、立ち上がって彼に背を向けたんだ。
「……え、おいしい」
私が作った朝ごはんを口に運んだ瞬間、ぴたりと彼は動きを止めた。
降谷さん、ちょっと失礼すぎません?
意外そうな声をあげられたら、もやっとするじゃないですか。
「料理ができないものだと思っていた」
「別にしないわけじゃないですよぅ……面倒なだけで。」
もぐもぐと次から次へと口に運んでは咀嚼する姿は、安室さんを名乗るときに比べると男らしく
「だって、食べるのが自分だけだったら正直何食べても一緒でしょ?」
降谷さんを見ながら私も一口、口に運ぶ。
自分一人で食べる時よりもずっと、ずっと、おいしい食事を。
「ああ、わからんこともないな」
小さく洩らされた言葉。
降谷さんの表情は微かに緩んでいて。
「健康と節約のために作ってはいたが、自分一人だと味気ないからな」
いつの間に食べ終わったのか、ゆっくりとお箸をおいて彼は続けた。
「今、お前のために作っている時間はなかなかに楽しい」
目の前の降谷さんが静かに私を手を伸ばして___
唇の端を親指でするり、撫でた。
「特においしそうに食べるお前のために作るのは、な」
そのまま降谷さんはその指を自分の口元に持って行って、ぺろり、舌でなめた
とある課題提出が明日だと、思い出して。
急いで図書館に駆け込んで必要な情報を集めて没頭した結果。
事前に彼に伝えていた大学の終了時刻はとうにすぎ。
気がついたのは、閉館の音楽が流れたとき。
その音楽に顔を上げて、窓の外を見れば想像もしていなかった漆黒。
図書館内だからと切っていた携帯には鬼のような着信とメール。
慌てて本を元の場所に戻し、安室さんが待つであろう場所に駆けだした。
「お兄さん、そんなこといいながらずっとここにいるじゃないですかぁ」
「こんないいお兄さん放っておくような女、ほっときましょうって!」
いつもの場所に、彼の姿はあった。
周りに幾人もの美しい女性を纏わせて。
私のたてた足音に気がついたのか、安室さんは、こちらをみて___
ふわりと、笑った。
「さん」
わたしをよぶこえにまじるあんど
そのえがおに、こえに、すがたに、こうどうに、
やっぱり、このひとをすきだとじっかんする
すみません、つれがきましたので
そういって彼は一目散に私の前まで走ってきて。
高い身長で腰を曲げて視線を合わせてくる。
こてん、と傾けられた首は絶妙に角度を調整されているようにかわいい。
「さん、大丈夫ですか?なにかあったんですか?」
待たせた私を怒るまでもなく、心配そうな表情で。
そおっとふれてくる掌。
頬に感じる温もりにすりよれば、きょとりとした表情。
「さん?」
再度呼ばれたそれに、ぎゅう、と胸の中が暖かくていたくなる。
「ごめんな、さい」
私の小さな声に、彼は小さく笑って応えた。
「とりあえず、帰りましょうか?」
そうして出発した車の中。
ぐるり、先ほどの笑顔はどこに行ったのか、一転不機嫌を醸し出した安室___降谷さん。
「で?」
無言の重圧
それに耐えられるような力は持っていないわけで。
「課題についてすっかり忘れてしまってまして」
「・・・・・・」
無言の空間で、弁解と言うには非常に心許ない言葉で。
「思い出した瞬間図書館に駆け込んで___」
「・・・・・・」
「そっから閉館になるまで、まったくもって連絡とか忘れてましたすみません」
「・・・・・・」
「心配した」
ぽつり
こぼされたのは怒りの言葉でも何でもなく。
ただ、本心からそう思った、そんなトーンで。
静かな車内に響くそれは、偽りない彼の本音のようで
ぎゅう、と強く心臓が握られる。
この人の大切な時間を無駄に消費させてしまったこと。
ただでこそ考えることの多い彼に彼に、いらぬ心労をかけたこと
その中で、私を心配してくれたという優越感は、あってはいけないもののはずなのに。
「ごめんなさい」
「君を心配する人がいると、忘れるな」
ぶっきらぼうな、降谷零の口調で言われれば、忘れることなんかできるはずもない。
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