ドリーム小説
カウントダウン 3
いったいなにがあったのか、
早急に説明を求む。
ただ、大学の講義が急遽休講になり、同じ講義をとっていた工藤君とばったりと顔をあわせて。
これからとある人物と待ち合わせをしている、1講義分時間があいたから、時間つぶしにつきあってほしい。
断る理由もないそれに、あっさりとうなずき、歓談しながら彼らの待ち合わせ場所に向かっていた___はずだったのに。
突然聞こえてきた悲鳴。
そうすると名探偵が走り出さないわけはなく。
いってもなにもできないけれど、この場所で立ち止まっているのも不自然で。
ゆっくりと彼の向かった方向に足を進めた、と、
突如彼が走っていった方角から全力でこちらに向かってくる男が目に入って。
講義にでも遅れそうなのだろうか。
まあ、もう始まりのチャイムはだいぶん前になっているから、遅刻確定だろうなぁ
そんなことを思いながらよけようと、した、ら、
ぐるり、回った視界
背中に感じた温もり
圧迫されるからだ
首もとに走った鈍い、痛み
状況が理解できず眼を瞬かせる私の前に走ってきたのは、工藤君なわけで。
「それ以上罪を重ねてどうしようというんです」
静かに響く工藤君の声。
それは、今まで時折犯人と対峙するときの、あえて落ち着かせた声によく似ていて。
……つまり、私はもしかしなくても、今、事件に巻き込まれていたりする、ということ?
鈍い圧迫を感じる首元は彼の腕のようだ。
どうあがいても、私には何もできない。
ゆっくりと視線を戻して、工藤君を見つめる。
助けてー。
私何もできないー。
無言で見つめれば、微妙な顔を返された。
失礼だな、工藤君。
「彼女を解放してください」
「うるさい!どうせ捕まるなら、一つや二つ、罪を重ねても一緒だろうが!!」
捕まるならば、道連れに?
それで人を巻き込むのはやめてほしいものだ。
「関係ない人間を巻き込んで、それでなくなった彼女が報われるとでも?」
何か語り始めちゃった名探偵。
事件のあらましも何も知らないので、聞くことしかできない。
じり、と一歩足を踏み出した彼に押し出されるように、私を捕まえた犯人も一歩、後ずさる。
掴まれたままの私ももちろん強制的に一歩後退だ。
「僕は以前からあなたを存じ上げていましたよ?もちろん、彼女を通して」
「う、うるさい!!お前にあいつの何がわかる!!」
痴話喧嘩かそんなのかな?
どうでもいいけど、時折腕が強まるから結構苦しい。
今度は二歩工藤君が近づいて、犯人は、二歩さが、った、と?
どん、という衝撃。
何かにぶつかったようなそれに、何事かと視線を動かすよりも前に。
私に触れていたぬくもりは、消えて。
首元にあった圧迫感もなくなって。
ふわり、たばこのにおいと共に、さきほどまでとは異なる香りに包まれた
「、へ?」
呆気にとられた声をよそに、犯人のうめき声と思わしきものが聞こえる、が、目の前に広がる黒い色。
頭を押し付けられて、視界はその色だけで。
状況は把握できず。
「赤井さん!」
「久しぶりだな、新一君」
犯人のうめき声をバックに謎の再開が始まった。
解せぬ。
結局私が娑婆の空気をすえたのは、少しの時間を要した。
「俺は赤井秀一。新一君の友人だ」
解放されてようやく理解。
目の前の黒は私を助けてくれた彼の服の色だったようで。
特徴的な前髪にニット帽。
その下、鋭い眼光は、はじめましてであれば非常にドキドキしそうなほど怖い、が。
助けられた後であれば、頼もしさのほうが先に来るわけで。
「助けていただいてありがとうございます。といいます」
「ふむ、君か。新一君の友人か?」
友人、と聞かれて。
頷いていいのか、くるり、工藤君を見るとため息をつかれた。
なんで
「そうっすね、俺を友人といっていいのか、疑問の表情を浮かべてますけど、は友人です」
よかった、私だけが友人だと思っていたらどうしようかと思ったんだ。
「あー……、これから時間あるか?」
まあこの事件のせいで残りの講義はなくなる、と先ほど校内放送がかかっていたので正直降谷さんがお迎えに来るまでは暇なわけで。
「待ち合わせ相手、赤井さんなんだが……これから警察と少々はなさねえといけなくてな。少しだけ赤井さんのこと見ててくれないか?」
「助けていただいたお礼もしたいので、私でよければ喜んでぇー!」
あっけらかんと返せば、工藤君はへらり、笑って頼む、と返してきた。
ということで、大学前のおしゃれな喫茶店にて、赤井さんとお茶をすることになった。
びっくりするほどおしゃれなカフェが似合わない!
どちらかというと、夜のバーにいそうな雰囲気!
窓際に案内されて、大学の入り口が見えるところで二人でメニューを眺める。
「赤井さん、好きなの頼んでくださいね。お礼がわりに出させてください」
「ほぉー。ではお言葉に甘えようか」
「私はこのケーキセットにしますー……でもまってください、このパフェもいいな」
二人して顔を突き合わせて、悩む。
「なら、君はケーキセットを頼めばいい。俺がパフェを頼もう」
そうすれば、どちらも楽しめるだろ?
そういってかすかに口の端を上げた赤井さんは、非常に、イケメンだ。
「赤井さんにパフェって、似合わなさそう」
「出会って間もない割になかなか言うな、君は」
すみません、素直な性分なもので。
「さきほどは本当にありがとうございました」
注文した品が届くまでの間に、改めて礼を述べる。
頭もさげようと、した、がなぜかぺたり、額にぬくもりがふれた。
「構わんよ。助けられる位置にいたから助けたにすぎん。頭も下げなくていい」
どうやら彼の掌によって私の頭は下げるところまでいけなかったようだ。
どう頑張っても力では勝てそうにないので諦めて顔を上げた。
「人質に取られたにしては、ひどく落ち着いて見えたが?まさか慣れているのか?」
「人質になれてるってなんですか、嫌ですよそんな波乱万丈な人生」
まぁ、工藤君と出かけるたびに何かしらに巻き込まれているのは否めないが。
「なんか、どっちかというと現状把握できなかったというか……」
「確かにどちらかというと呆気にとられていたな」
よく見ていらっしゃる
「まあ何があっても工藤君が助けてくれるかなーとも」
「……絶対的な信頼を彼に向けているんだな」
「というか、経験上、彼が助けてくれないはずがない、って思いこんでますね」
いつだって自信満々なあの名探偵は、その頭脳と推理を持って、いつだって世界に光を導くから。
どんなときだって、私を助けてくれる、困ってる相手を助けてくれる。
そんな確信があるわけで。
「面白いな。」
「何がですか?」
くつり、笑って彼は頬杖をついた
「それほどの信頼を想いを向けながらも、それがまったくもって恋情を抱いていないところが、な」
微かに傾けられた首。
降谷さんとは違い、かわいさではない、何かがそこにあって。
「気になるものだな。君が、その恋情を向ける相手が」
告げられた言葉に、ばくりと心臓が音を立てた。
「おまたせしましたー!季節のパフェとケーキセットですー!」
絶妙なタイミングで持ってこられた注文品。
うわの空で受け取って、それぞれの前に置いてもらう。
やっぱりパフェにあわないな、赤井さん!
「さて、食べようか」
「いただきます」
赤井さんの合図と共に、ゆっくりと甘いものに手を付けて___ちらり、彼を見た。
整った顔。
先程嗅いだ匂いは確かに煙草のもの。
お酒も、女の人も、ほどほどにたしなんでいるのだろう。
「ん」
じいっと見ているのに気が付いたのか、彼はパフェを一口掬って私に向けてきた。
反射的に口を開ければ入れられるパフェ。
甘いそれにふにゃりと頬は緩む。
「美味しい」
「それはよかった」
再度目の前に差し出されたそれに遠慮なく飛びついて。
「赤井さん」
「なんだ」
ぱくぱくとケーキとパフェを交互に口に運びながら問う。
「ちょっと聞いてみたいことがあるんですけど」
「ふむ、いってみろ」
赤井さんは一口私に渡しては、次、自分で食べる、を繰り返している。
「一回り近く年が離れてて、確実に秘密があって、全部はぐらかすような人相手に、恋愛感情を抱くって、不毛ですか?」
ぴたり、動きを止めた赤井さんは私をまっすぐに見つめてきて___
「___今までいろんな経験をしてきたが、歳の離れた女性に恋愛相談を受けるのは初めてだな」
恋愛相談
確かにそうなんだけれども、そういわれるとどことなく照れくさいような気分になって。
「あー答えにくかったら結構ですよ……」
もそり、ケーキを口の中で咀嚼した。
「___そうだな」
かちゃり、静かにスプーンをおいて、頬杖をついて。
視線はこちらのまま、赤井さんは口を開く。
「俺は歳が離れていることを理由にするには、自分にも相手にも不誠実だと思ってる」
本当は、年が離れていることなんて、気にはならない。
彼をあきらめる方法の一つとして、あげてみただけで。
「秘密は、持っていないほうがおかしいだろう。俺だって人に言えないことなぞたくさんあるからな」
本当は、どうしても秘密が知りたいわけじゃない。
ただ、私の知らないところであの人に傷ついてほしくないだけで。
「不毛かどうかは、他人が決めることじゃないだろう?お前と、相手の問題だ。それでも、不毛だと、自分で逃げ道を作りたいのならばそうすればいい」
不毛だなんて、言い訳に過ぎないって、自分でもわかってる、それでも、それでも、
「叶わないってわかってても、想いつづけるのは、ダメなことじゃ、ないですか?」
私の言葉に、赤井さんは、ゆるく瞳を細めてみせた
「叶わないと自分で決めつけることが、一番ダメなことじゃないか?」
いいのかな
想いつづけても
ダメだとはわかっていても、一度だけ
この関係性がおわる、その前に。
一度だけ最後だから、願ってみても
叶わないと、わかっていても
脳裏に浮かぶ、彼の姿
困った表情
怒った顔
異なる笑い方
違う料理
それでも、それでも、私は、あの人が、好きで
「赤井さん」
ちょっとだけ、ぶつかってみようかなって、そんな気に、なったから。
「ありがとう」
「どういたしまして___君に想われる彼は、幸せだな」
くしゃり、破顔した表情は、今日見た中で一番人懐っこく見えた。
「御世辞でもそう言ってもらえるのは嬉しいですね」
と、がん、と叩かれた窓。
思わずそちらを見れば、ミルクティー色に、褐色の肌。
いつもは外で温和な表情を、柔らかな色を浮かべる瞳は吊り上っていて。
彼、安室さんの瞳は私ではなく、私の目の前の赤井さんを写す。
「知り合いですか?」
「君のほうこそ」
何か喋ってるが分厚いガラスのおかげで何も聞こえることはなく。
「まあとある因縁があってな」
「私もいろいろありまして」
窓ガラスをたたくのをやめた安室さんは、くるり、向かう先を変えた。
この席は、店の入り口と並行しているため、彼が入ってくるのが簡単に見えるわけで。
「赤井……!なんでお前がここにいる!」
ばん、っと机に手をついて、ぎろり、目の前の赤井さんを睨みつけた。
「安室さぁん?」
珍しい形相にどうしたのかと自分の存在を知らしめるために手を挙げてみれば、ぎろり、こちらにも鋭い視線が向けられて。
「さん、あなたもなにのんきにこの男とお茶してるんだい?」
わー、なんかすごく怒ってる
ちょい、と視界の端で何かが動いた。
そちらに目をやれば、伝票を持って立ち上がった赤井さん。
「赤井さん!私が、払うって……!」
「かわいいお嬢さんとお茶できただけで十分な礼だ」
伝票で口元をかくし、ふわり、笑う。
かっこいい。
「君、彼が、君の言っていた相手だな?」
見とれてれば、確認のように聞かれて。
頷けば、彼もうなずきを返してくれて。
「当たってみればいい。君から進まねば、この頑固な男は何も変わらないからな」
「いったい何の話だ!」
きゃんきゃん、まるでドーベルマンに突っかかる小型犬のような安室さんをそのままに、赤井さんは店を出て行った。
むすりとした表情のまま家に連れて帰ってもらって。
そのままの表情で私のためのご飯を作ってくれる降谷さん。
「降谷さん、機嫌を直してはくれないんですか?」
彼に問うけれど、なぜか反応を返してくれなくて。
料理をする彼の周りをうろちょろと動き回る。
「邪魔」
ぐいーっと額を押しのけられたそれに、昼間の赤井さんがよみがえって。
「昼間、赤井さんにおんなじことされました……」
私の言葉に、彼はぴしり、動きを止めた。
「___あいつと___赤井と何の話をしていたんだ」
むすりとした雰囲気のまま、今度はこちらが問いかけられて。
思い起こすまでもない昼間の会話。
すきなひとのまえで、すきなひとのはなしをしていた、だなんて。
いえるわけがなくて
「あー…まあ色々と?」
思わずごまかせば、目の前の降谷さんの雰囲気は非常に冷たいものに変わった。
「へぇ。俺には言えない話を、奴としていた、と」
色のなくなった声。
ゆっくりと振り向いた彼の瞳は、初めてであった時のように冷たくて。
「晩御飯、作ったので一人でどうぞ。もう包帯もいらないでしょう」
「約束しましたので、僕の休みが終わるまではご飯を作りに来ますが___いらなかったらどうぞそういってください」
立て続けに続けられる言葉。
口をはさむ隙もないそれに呆気にとられて。
「それじゃ、僕は自分の部屋に戻りますから」
それだけ言って、玄関に向かう彼の服を、咄嗟に、つかんだ。
「なんですか」
いつの間にか、安室さんの口調に変わっているのが、まるで線引きされたみたいで、つらくて。
「好きです、って話を」
していたんです、赤井さんと
「安室さん___降谷零さんが、好きですっていう、話を___」
私の言葉に、降谷さんは目を眇めて、鼻で笑った
「僕の顔に惹かれましたか?」
ずい、と距離を詰められて。
至近距離でちかちかするくらい綺麗なその顔を見せられて。
思わずその顔を両手でつかんだ。
「全部、すき」
私の言葉に、降谷さんは一瞬、目を見開いて。
「私を傷つけたことに深く後悔するあなたも
私をこれ以上傷つけないように、気を使うあなたも
朝寝坊するくらい私に気を許してくれたあなたも
あなたが送りだしてくれる表情も、声も
私を迎え入れてくれる表情も、笑顔も
私を甘やかしてくれるその腕を
私のために美味しいものを作ってくれるその掌が
私に触れてくれる、あなたがぜんぶ
にこにこ笑う安室透さんも
微かに笑う降谷零さんも
安室透さんが作る美味なサンドイッチも
降谷零さんが作る大味なサンドイッチも
安室透さんと過ごした柔らかな時間も
降谷零さんと過ごした穏やかな時間も
私に向けてくれる感情全てが
あなたがくれた時間すべてが
あなたがいるというだけで今のこの時間さえも、好きだって思わせてくれたあなたが___
ぜんぶ、すき」
まっすぐに彼の眼を見つめて、笑う
「ぜんぶ、好きですよ、降谷零さん」
とん、と肩を押された。
簡単に距離はとられて。
軽い衝撃。
でも、それは確かに彼からの拒絶。
「やめてくれ、俺は、君に想われるような、綺麗な存在じゃない」
掌で覆われた顔は、こちらからじゃ見えない
「俺は___僕は、君には釣り合わない」
戻る