ドリーム小説
カウントダウン 1
静かな部屋に響く目覚ましのバイブレーション。
もぞもぞと音を止めようとてをのば、そうと、した、けれど___
「動くな、。もう少し___」
それは耳元の声で止められて。
瞬時、覚醒する意識。
昨日、なにが、どうなった___?!
と思考を巡らせたけれど、慣れないキスに翻弄されて、___おそらく、酸欠で倒れた。
なんだ、それだけか。
じゃあいいや。
「・・・・・・動くなとはいったが、諦めるのはやすぎないか?」
「だって降谷さんでしょう?何の問題もないですよぅ」
大好きな声が耳元で響いて。
大好きな体温が体中に広がって。
大好きなにおいに包まれて。
それで抵抗する必要性など感じない。
しかも本日は休日。
ぬくぬくと過ごさないわけがない。
ため息が聞こえたけれど、気にせずに。
生殺し、だとか聞こえたけれど、気にかけることもしない。
このまどろむ時間を手に入れるのに1週間かかったんだ。
この温もりを甘受してなにが悪い。
「降谷さん、最後のお休みは、一緒にお休みしましょうねぇ」
私の言葉に降谷さんは一度言葉に詰まったように黙り込んで___
「仕方がないな」
と笑ってくれた。
同時に私を包む腕は強くなって、その圧迫感をまどろむ意識の中甘受した。
布団の中、ぽつりぽつり、他愛のない話をしながら、二人でごろごろと過ごす。
ふれあって、じゃれあって、最後の一日をかみしめるように。
「降谷さん、これが休日の過ごし方、なんですよ」
「なるほど、体が鈍りそうだな」
交わす会話も緩いもので。
けれど、その時間が暖かくて。
この一週間の中で始めてみる降谷さんの柔らかい溶けそうな表情。
それが、彼にとっても今の時間が苦痛じゃない、と示すようで、嬉しい。
ごろごろと猫のように彼の胸元にすり寄る。
降谷さんも受け入れるように私の首もとに顔を寄せて。
時折戯れとばかりに落ちてくる唇を受け入れたり、逃げてみたり。
小さな笑い声をあげる、それだけの幸せな、時間。
___と、今までずっと黙っていた降谷さんの携帯が音を立てた。
ぴたり、止まる甘やかな時間。
動きを止めた降谷さんの表情は、きりりと鋭いものに。
瞳も、鋭い刃のように研ぎ澄まされたものに
終わりの気配を感じて、小さく笑った。
彼の胸元をそっとおして、その拘束から距離をとる。
先ほどまでとは違い簡単に離される腕。
「降谷さん、コーヒーでいいですか?いれてきますね」
携帯を鋭くにらみつけたままの降谷さんをおいて、ベッドから起きあがって。
ぐう、と背伸びをしながら台所へ。
お湯を沸かす為にポットに水をいれていれば、かちゃり、開いた寝室のドア。
そこから出てきた降谷さんはへにゃり、眉を下げて困った顔。
ああ、終わりかぁ
敏感に感じ取ったそれに、ふわり、笑い返した。
「ご飯食べる時間くらいはありますか?」
「・・・・・・ん、とりあえず着替えてくる」
少しだけ考えるように首を傾けて、そうして一つ彼は頷く。
先ほどまでの甘い時間はもうそこには微塵も残っていなくって。
鋭いままの雰囲気は、出会った頃の降谷さんのものに。
思考はもう、彼が護るべきものに向けられているだろうから。
「じゃあ何か作って待ってます」
簡単に言葉を返して。
自分の部屋に戻るために外に出て行く降谷さんを見送る。
彼のおかげで充実したままの冷蔵庫を開けば、自分だけじゃ消費しきれない量がそこにはあって。
これを、1人でしょう比しなければならないのかなぁ、と思いながらも材料を出す
パンに卵、ハムにウィンナー定番の朝ご飯を準備して。
砂糖みミルクも入れないコーヒーを作って、彼の定位置にもなっていたこたつ机の上にセッティング。
同時に玄関の扉が開いて、降谷さんが帰ってきた音がした。
先ほどまでの姿とは違い、きっちりと着こなされたスーツ。
首もとのネクタイが仕事をできる人間感を醸し出す。
・・・・・・とかいろいろ言ったけど、ただただかっこういい。
黙り込んだ私を不思議そうにみて、降谷さんは、何かに気づいたように頬をゆるめた。
「なんだ、見とれてるのか?」
「うん。すごくかっこいいです」
いたずらそうな瞳をまっすぐに見返して言えば、虚をつかれたように、今度は降谷さんが黙り込んで。
「どんな格好しててもかっこいいんだろうなぁって思ってましたけど、実際目にすると、やっぱり素敵ですねぇ」
困ったように目をそらす降谷さんがかっこよくて、かわいくて
「さらに好きになっちゃいます」
「・・・・・・わかったから」
そっぽ向きながらもごもごと口を動かす降谷さんに、ふにゃり、笑顔が溢れる。
「正直者なんです、ごめんなさい」
私の言葉に降谷さんはやっぱり困ったように、でも少しだけ嬉しそうに笑った。
朝ご飯をさらりと食べて、コーヒーも飲みきると、彼はすっくと立ち上がり、襟元をただした。
ちらり、こちらをみる視線に笑い返しながら同じように立ち上がる。
ゆっくりと、惜しむように玄関に向かう彼の後ろをひょこひょことついて行く。
私からすると大きなその背中。
男の人からすると少々細いその肩に、どれほどの重荷を、この人は持っているのか。
私なんかじゃ計りきれないほどの重圧だろう。
この人が過去に経験してきたものも、失ってきたものも、私は何一つ知らない。
さらに言えば、この人が嫌いなものも好きなものも、誕生日も、彼にとっての思い出の日も。
なにも、しらない。
それでも、知らないからといって、なにもできないわけじゃない。
なにも知らないままでも、お帰りなさいと、この人を出迎えることは、できる。
多忙な毎日の中、私という理由を作って休めたからだ。
不要なはずの私という存在を切り捨てることもせず。
私の想いを、受け止めてくれた
優しくて、強くて、それでいて、弱くもある可愛いこの人を。
革靴を履いて、玄関の扉に手を当てて。
ゆっくりと開かれていくその先が、この人にとって光に満ちた世界になることを、願って。
「いってらっしゃい、・・・・・・零さん、おかえりなさい、って私に言わせてくださいね」
いってらっしゃい、と言えること。
お帰りなさい、って迎えられること。
それが、現実となることを、祈って。
___零さん___意識して口からだしたその名前。
じわじわとあがっていく熱。
呼ばれたことなど全く気にしない、とばかりに、降谷さんはかすかに笑って。
「わかった___いってくる」
くしゃり、その褐色の手のひらが私の頭をなでた。
やっぱり、この人は大人で。
私が意識して出した一言など、何一つ気にする要素ではないのだろう
彼は足を外に踏み出して___
がん、閉まる途中だったドアに足が無理矢理ねじ込まれた。
悪徳のセールスマンみたいですね、それ!
見当違いな事を思いながら、咄嗟にドアノブに触れて引っ張る。
なんですか、いきなり。
忘れ物?だとしたらもっと穏便な方法を願います!
「、お前、いまっ」
今、気がついた、とばかりに降谷さんの焦ったような声。
ぶわり、熱が、あがる。
気にされていない、というよりも、気づかなかっただけなのか。
あがっていく熱に、気づかれたくなくて、閉めようとぐいぐいとドアノブを引っ張る。
「なんですか、降谷さん、時間ないんでしょう?!」
必死に押し問答。
絶対に開けたくない、でも、力じゃ勝てないってわかってる。
徐々に開いていく扉。
ああああ、あいちゃうううう!!
「さっさといってらっしゃい!零さん!」
呼んでみた、二回目のその名前。
ぶわり、さらに熱はあがって。
でも、ぴたりと降谷さんの抵抗はなくなって。
全力でドアを、閉めに、かかって___
「だだいま、って言いに帰ってくるからな___」
呼ばれた自分の名前。
柔らかな響きに、呼び声。
この人に呼ばれたという、その事実だけで、世界が一気に華やいで思えて。
「ずるいぃぃっ」
ドアに背中をつけてずるずると座り込む。
ばくばくと心臓はかつてないほどの音を立てて。
______
頬に手をやれば、ただただあつく。
目を閉じても、降谷さんの姿が消えない。
耳に、染み込むようにして響いた声は、頭の中で反響して。
「___あの声目覚ましにしたら毎日飛び起きそう」
そんな見当違いなことを彼の前でも口にして、毎日ささやいてあげましょうか?と笑顔で言われるのはその数時間後のことだとは、今の私はまだ知らない。
はじまりはひどく理不尽なものだった。
突然押し入ってきた見知らぬ男。
鋭くにらみつけられて、押し倒されて、腕を捻り上げられて、
けれど、恐ろしいまでに綺麗な顔に
宝石のように輝く瞳に
細やかに見えて、がっしりとした褐色の肌に
疲れた、とつぶやくその疲れ切った声に
怖い、という感情よりも、変に動いて、起こしたくないな、だなんて思う自分がいて。
たぶん、その時にはもう落ちていたんじゃないだろうか。
作ってくれる料理に、胃袋をつかまれて
施してくれる手当に、体中捕らわれて
まっすぐにこちらをみる瞳に、心臓は射すくめられて
彼によって、頭の中は占領された
好き、とか、嫌い、とか。
単純に言えばそういう感情。
ずっとそばにいたいだなんて、かなわないとわかっているほどには大人で。
でもその気持ちを知りたい、と思ってしまうほどには子供で。
あなたのそばにいれれば、と願うほどには子供で
でもあなたが無事でいられれば、それでいいと思えるほどには大人で
せめぎ合うのは相反する思い
あなたの瞳に映りたい
あなたがまっすぐに前を見るその瞳が好きだから、私をみてくれなくてもいい
あなたの声に呼ばれたい
あなたが誰を呼ぼうとその声が好きだから、私を呼んでくれなくてもいい
あなたの腕に触れられたい
あなたの見た目よりもずっとたくましいその腕はたくさんの人を護るためにあるって、知ってるの
あなたの作った料理が食べたい
あなたのおおざっぱな料理も、細やかな料理も、あなたが望む人に食べさせてあげてほしい
あなたのそばで、生きていきたい
私のそばでなくても、生きてさえいてくれれば、それで満足
私をみて、笑ってほしい
でも、私のそばでだけ、弱さを吐き出してくれたりしたら、とても嬉しいのだけれども___
あなたの妨げになるならば、私を忘れてくれていいから
本当は、私を忘れてほしくなんて、ない
けれど、そんなわがままな私を、あなたは突き放しきることは、せず。
仕方がないな、と諦めたように笑うから。
欲をだした私を、ちゃんと抱きしめてくれたものだから。
話せないと言いながら、危険性を教えてくれたものだから
ならば、私はあなたの帰る場所に
危険の中、いきるあなたの安らげる場所に
簡単にあなたが自分を犠牲にしないように
おかえり、とあなたを抱きしめられるような、存在に___
私は、なりたい
※※※※
これにて終幕!!
あと少しだけ降谷さん視点、お付き合いくださいませ。
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