ドリーム小説
向かいの家のおうち事情
きおく
「どっかで安室さんを見たことがあると思ってたんですけど、今思い出しました」
行きつけとなったポアロのカウンターにて。
ランドセルをかしゃかしゃと鳴らしながら店の前を通った少年を見て。
ふ、とよぎった記憶。
ぽろ、っとこぼした言葉に、安室さんの声がかすかに色を変えた。
「___へえ、いつでしょうか」
ちら、っとみた瞳。
柔らかくこちらを見ると見せかけた瞳は奥の方、ひどく険悪な色を携えていて。
あの日のことをぶり返すのか、そんな意味を込めてこちらを見ている。
「一度、宅配便の運ちゃんに拳、出してましたよね」
変な誤解を生む言い方をしたのはこちらなので、あっさりとそれじゃないよ、とばかりに口にした言葉。
きょとん、と一瞬で幼くなるその表情。
「・・・安室さんっていくつなんですか?」
思わず脱線した。
「29歳ですけど___それより、あの日見てたんですか?」
簡単に帰ってきた返事を___まって、聞き流せない
「ちょっと待ってください、今なんて言いました?」
「ですから29歳ですって。いえ、その話は今はいいでしょう?あの日、僕を見ていたんですか?」
再度さらっと流されそうになるけれど、だからまって、無理!
「いやいやいや!よくないですよ!!その顔で?!その顔で29って、嘘でしょ?!」
「なんですか、童顔だとでも言いたいんですか?自分でよく知ってますよ。もうその話はいいでしょう・・・?」
どことなく拗ねたような口調。
なんだそれは、これで29歳とか、このかわいさとか・・・つらい。
神様、ちょっと色々不公平じゃないですか・・・
「はい、じゃあ話を戻しましょう」
口には出さなかったけれど、私の言いたいことを何となく感じ取ったのか、にっこり、笑顔で先を促された。
「宅急便の車が長いこと家の前に止まってたら気になるに決まってるじゃないですか。2階から眺めてたら今度は白い車が来るし____安室さん、あの車かっこよかったんですけど、なんて言う車ですか?」
「さんは話をそらす天才ですね。そんなんじゃ話したかったことに行き着かないことも多いんじゃないですか?」
「よくおわかりで!話があって電話したのに、気がついたら昨日の晩ご飯の話だけして終わったってこともありましたよ!」
胸を張って言えばため息を返された。
解せぬ!
「車の話はまた今度にしましょう。そうですか。あのとき見てらっしゃったんですね。さんの視線に気づけなかったなんて、残念です」
「安室さんって思っても居ないことを言うときにいつも以上に笑顔がうさんくさくなるの知ってます?」
「いやだな、さんが僕を見つめてくださる熱い視線に気がつけなかったなんて、本当に悲しかったんですよ?」
だから、その思ってもいない顔でにっこりと笑うな。
そんな顔でもイケメンだから背筋がぞわぞわとするじゃないか。
「というか、安室さん見かけ倒しで運動とか何もできないって思ってたんで、びっくりしました。」
「おや、さんには僕がそう見えているんですか?」
するうり、今まであけられていた距離が軽く積められて。
コーヒーにふれていた右手を自然にとられて。
一本一本の指を、ふれるかふれないかの寸前でなでて、つぶやかれた
「僕はいつだって、全力でさんをお守りする所存だというのに。」
座ったままの私に覆い被さるようにカウンターに手をおいて、片手は私の手をつかんだまま。
低くかすれた言葉は、脳裏にずるりと入り込み___
「うん、この色気は29歳じゃないと出せないですね、確かに」
「他にもっと言うことなかったんですか?」
今日のポアロも平和である
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