ドリーム小説
向かいの家のおうち事情
ニット帽と、出会う
誰だアレは。
このところよく思う言葉である。
だがしかし、何故に、向かいの家に、有希子さんでもなく、先生でもなく、放蕩息子でもなく、ましてや居候中の沖矢さんでもない。
ニット帽の下からのぞく黒髪、黒い服、口元に加えられたたばこ。
そして___
「めえええっちゃ目つき悪くない?」
と、感想を持つと言うことは、向こうからもこちらがばっちりと見えたわけで。
鋭い目つき、その下にある隈がよりいっそう冷徹さを醸し出して。
白くたゆたう煙を吐き出す唇がかすかにゆがんだ。
弓なりになったそれは確かに歪なりにも笑みなのか。
「いやいやいや、あれ笑ってるの?めちゃくちゃ怖いんだけど!?」
と、そのたばこを持っていた手のひらがゆるり、視線の高さにあげられて___
「何?来い、来いってことですか?!それは!!」
くいくい、と指が曲げられればそれはどう見ても手招き(指だけだが)じゃないですか!
なにこれ、怖い。
見なかった振りできないだろうか。
そう思いながらも視線は彼から離せない。
これ行かないって選択ないかな?ないだろうな。
向こうも全く視線をはずさないものだから、あきらめた。
家を出て、お向かいの家の扉の呼び鈴を鳴らす。
静かに開いた扉の先、先ほど見ていたニット帽の目つきの悪い男。
無言のまま奥にはいるように促されればついて行くしかなくて。
「ほお、きちんと来たか」
居間のソファに座り込めば放たれた言葉。
なんでしょうか、その上から目線は!
でもチキンだから言わないよ!こわいもん!
「呼んだのはあなたじゃないですかぁ・・・」
冷たい色を宿すわけではなく、ただ単純な興味の色を浮かべて目の前の男は口を開いた。
「それでも、見知らぬ男のいる家にのこのこと入って来るものではないと思うがな」
「あ、そうですよ!あなた誰ですか?」
見知らぬ、で思い出した。
この人、誰だ。
「ふむ、基本的には人に名乗る前に自分から名乗るものではないか」
「それも一理ありますね。私はともうします。あなたは?」
軽く頭を下げて自己紹介をすれば、その人は煙草をまた加えて息を吐き出した。
「生憎と、初対面の相手に名乗る名前は持ち合わせていないものでな」
「え、なにそれ、理不尽!!」
くつり笑い声。
上からの見おろしの視線はまっすぐに私を射抜く。
「それと初対面の相手に自分の名前を簡単には教えないことだな。」
「ねえちょっと、ひどくない??私の癒しの沖矢さんはどこにいったんですか?」
思わずぽろっと普段思っている言葉がでた、ら。
「ほお、には沖矢が癒しか」
「名字で呼び捨て?いいじゃないですか。沖矢さんの醸し出すあの雰囲気は私にとったら完全な癒しなんですよ。」
ふむ、といかにも考えてます、というポーズを取った男は___ニット帽でいいやもう。
ニット帽はこちらを見おろしながら、言葉を放った。
「名字が不満なら名前で呼んでやる。」
「なんですか」
その声に始めて呼ばれた自分の名前はどことなく居心地が悪く感じて。
ちょっと目をそらしながら返事をした。
「沖矢じゃなく、俺じゃ癒しにはならんか?」
「いや、あなたが癒しに思えるとか本当に思ってます?一昨日来やがれって奴ですよ。ニット帽さんなんかじゃあの沖矢さんの雰囲気を再現するなんてできないでしょうが。」
「ちょっとまて、なんだそのニット帽とは。まさかとは思うが俺のことか?あと俺だってあの雰囲気くらいは醸し出せる」
「やかましいですよ。名前知らないんですもん。仕方がないじゃないですか。ニット帽さん。あの雰囲気を醸し出す?ばか言わないでください。あなたみたいに目つきも態度も言葉も悪い人と沖矢さんをかぶせるんじゃないで___」
ぶにゅ、と
言葉でするならその一言だろう。
頬を両側から捕まれて、いわゆる私はアヒル口、と言う奴じゃないだろうか。
もごもご言うことしかできない私にニット帽は言った。
「ニット帽ではなく、赤井秀一だ。これからはそう呼べ」
至近距離で見おろされたまま、見つめる先はきれいな色の瞳。
イエスもはいも、この状態じゃ何も答えることはできないと言うのに、目の前の瞳はどこか楽しげに歪んだ。
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