ドリーム小説
逃げ脚だけは一流です 10
「さて、。あの馬鹿になにもされていませんね?」
戦闘はジェイドさんの譜術によりあっさりと終了を迎えて。
バチカルにつくまでは自由時間ということで皆が皆思い思いに過ごすことを許されて。
だというのに、私はまた、ジェイドさんと同じ部屋にて膝を突き合わせているわけで。
・・・なんだ、このデジャブ。
「ええ、と、ジェイドさん?」
ぱたぱたと、まるでほこりを掃うかのように私の体をはたくジェイドさん。
いったい何がやりたいのだろうか、理解に苦しむ。
「ふむ。どうやら何もされていないようですね」
確認を終えたのか、満足したような顔で距離をとられて。
「あの馬鹿は確かに馬鹿ですが、技術だけは確かですからね」
褒めてんだかけなしてんだか、まあけなしてるんだろうけれど、ジェイドさんはそう言葉を発した。
はあ、と何とも心のこもらない返事をしながら手元のカップを揺らす。
琥珀色のその紅茶は体力回復効果を取り入れたお手製のもので。
「、あなたのこれからの予定は?」
協力し合うという協定を結んだ割にはこれからのことに関して無頓着であったなあ、そう思いながらそれにこたえる。
「とりあえず、バチカルで薬を卸したらどこか場所を借りて薬草づくりに専念するつもりですね」
ストックも大分減ってきた。
なんだかんだでここまでの道すがらいろいろな材料自体は手に入った。
そろそろ研究途中の薬を煮詰めなくては、そういう状態で。
「あ、よかったらジェイドさんの知識を少しばかりお借りしたいんですが」
今開発中のそれは、音素に関するもので。
それは私の専門と外れるため少しばかり心もとない。
「ならば。次は、グランコクマへ来ませんか?」
眼鏡越しの、赤い瞳が、まっすぐに私を射抜く。
質問のはずのそれは、しかしながら否定の色を許さぬように。
世界に、縛られるのは、嫌。
私は、私だ。
価値などありはしないただの一人の人間。
ただ人よりも少しだけ薬草の知識を多く持つだけの。
だからこそ、何にも縛られたくはないのだ。
国という大きすぎるその単位。
私が存在するにはでかすぎるその中で、飲み込まれたくなどない。
人を救う、その行為をするために、国の中に存在していては、それはただの足かせにしかならない。
だからこそ、私はこの人と手を組むことを許しても、マルクトというその国に身を置きたくなどはない。
「私は___」
「ああ、何も軍の研究所を貸すつもりはありませんよ。お貸しするのは私の自宅です」
断りの言葉を発するその前に、ジェイドさんは小さく笑って口を開いた。
「あなたが望む私の知識の多くは私の自宅にあります」
ふわり、かすかにあけられた窓から海の匂いを多分に含んだ風が吹き込む。
綺麗な髪が、揺れる。
「あなたは国というものが背後にあれば決して手を組むことを選ばない。しかしながらジェイド・カーティスという一個人を選んでくださった」
「ならば私も一人の人間としてあなたと向き合おうではありませんか」
紅い、色の瞳が、私の奥深くまで入りこんだ。
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