ドリーム小説

逃げ脚だけは一流です 3









「さて、名前をお願いします」

セントビナーの宿屋の一室。
願いは聞き遂げられ、薬を店に届けさせて貰って。
その後あいも変わらず笑みのままずりずりとつれて行かれた宿屋。
押し込まれた部屋の奥。
入り口をふさぐようにたつ青い軍人。
緑色が同席をしたかったようだが、青い軍人にやんわりと断られたため今現在は横の部屋にて亜麻色と赤色と待機中のようだ。

、というものですよ、軍人さん」

嫌みを込めて呼んだ総称はあっさりと無視されて、かわりにめがねの奥の目がすがめられる。

、とはおもしろい名前ですね」

「?」

自分の名前の意味など聞いたことはなく、なんのことかと問う。

「古代イスパニア語で[運命にあらがうもの]という意味を持ちますね」

「へえ、そんな意味が・・・」

両親は薬学に対する知識は大変豊富だったが、それに対してそれ以外の知識はからっきしで。
おそらく名前の響きがいいとそれだけで決めたのだろう。
それにしてはひどく、気持ち悪いほどの意味がこもっているようだが。
運命にあらがうと言われたところで、自分にできることなど限られているというのに。

「では、

いきなりの呼び捨てですか、そうですか。
別にかまいはしないが、礼儀ただしそうなイメージだっただけに少々驚いた。

「なんですか、軍人さん」

「・・・私はマルクト帝国第三師団師団長ジェイドカーティスです」

「はあ、ではカーティスさん」

そう呼べばどこか困ったように笑われた。
おお、普通に笑えるんじゃないか。

「名字はあまりなれていないので、ジェイド、と」

「ジェイドさん」

改めて名を呼べば、すっ、と向けられる先ほどとは全く違う瞳。
鋭いそれは確かに軍人のもの。
そして、皇帝の懐刀と言われるにふさわしいもので。

「ライガクイーンに向けたあの薬はいったいなんですか」

おや、そんなことか。
てっきり取り調べのように出身は、家族は、仕事は!とかなんとか聞かれるのかと思っていた。
といっても幸いなことに今までの生活の中で取り調べなどを受ける機会はなかったので全て想像だが。

「私は薬草を扱う職に就いているんです。術などでは直せないものを薬草を使って直すしています。ちなみにライガクイーンに向けたものは強力な眠り薬ですね。しばしというかたぶん丸一日くらいは眠り続けてくれるかと。・・・ちなみにクイーンはどうなりましたか?」

そういえば、と付け加えた

「ライガクイーンはマルクトにつれて帰らせました。あの場で処分してもよかったのですが、どうせなので研究にでも使おうかと」

「・・・なんだか死んじゃうよりもひどいことに協力してしまった気が」

実験体。
生きながらにして体を作り替えられるような感覚はひどいものだろう。
自分が眠らせたばかりにそのようなことになってしまったとは、なかなかに罪悪感だ。

「・・・話を戻しますよ。その薬術はどこで?」

脱線したのをあっさり戻され意識をもどす。

「亡くなった両親です」

遠い、昔、失った家族を思い出す。

「・・・、といいましたね」

「はい」

亡くなった両親が残してくれた少しのもの。
薬学の知恵と、この体、そして名前。

「・・・生まれはホドで?」

的確な問い。おそらく答えはわかって聞いているのだろう。
ゆっくりと頷けばやはりというように表情はゆるむ。
間接的にかなにか、知っているのだろう。両親のことを。
聞いてみたい気はすれど、あまり関わりたくないと言う感情は健在で。

「そう、でしたか。・・・この街で先ほど行っていたように薬を売って生計を?」

その瞳はなにを思うのか。
赤い瞳はかすかにゆれて。

「・・・どこにでも薬を必要とされてる方はいらっしゃるので」

軍人として生きるこの人にはこんな風にうろうろする生き方というのは理解できないのであろうか。
ぼおっとそんなことを思う。

「次はどこに?」

先ほどまでの雰囲気は消えて、それこそ世間話のように。

「ええと、いつもであればこのまま国境を越えて、キムラスカに向かうんですが、」

そういつもであれば。
だがしかし、原作が始まっているということは巻き込まれてしまうようで。
それはあまり喜ばしくはない。
ということで、

「ちょっと野暮用ができたので、違うところにいきます」

多くの命が近いうちに失われると知っている。
それら全てを知っているからと言って救えるだなんて、そんなおこがましいことも思ってはいない。

それでも、この世界が今の私の生きる場所。

自分の薬学が少しでも人の役に立てるのであれば、私はこの技術を惜しむつもりなどない。
両親が長年をかけてつくりあげた正気中和の薬。
それを教えられたのはホドの崩落する一日前。
その薬を作るための薬草を取りに行って、そうして亡くなった故郷。

最後に与えられた一つの術。

両親が最後に残したこの術が、誰かの役に立つのならば。
私ができることがあるのであれば、世界を救うだなんてそんな大げさなものではなく。
ただ、人のためになれるのであれば。

「まあ国境は超えるつもりにしてますが」

「そうですか」

ジェイドさんが何かを考えるかのようにじっとこちらを見てくる。

「・・・ええと、なにか?」

「ああ、いえ。実はあなたの腕を見込んで一人、みていただきたい方がいるのですが」

その言葉に脳裏に浮かぶは緑色の彼。
確かに少し調子が悪そうではあって。

「構いません。私にできることであれば」

コートのいたるところにあるポケットや収納場所に手をやって、そこにたしかにある薬を確かめて。
肩から掛けているかばんや腰にまわしているポーチの中も先ほどお店に降ろした分減ってはいたが問題はなく。

「どちらですか?」

立ち上がり出入り口に立ち続けたままだったジェイドさんの前に立つ。

「・・・こっちに」

行動の速さにか、少々驚いたように、でもそれは一瞬で。
扉を開けて私を促してきた。
そのまま横の部屋の前に移動して、扉に手をかける。

「ジェイド!」

「大佐」

「お、話は終わったのか?」

開かれた扉の奥、色とりどりの色彩が目に入る。
だが視線は一つ、緑に引きつけられて。
あの時も思った綺麗な色。
「ジェイドさん。あの緑の方ですね」

けれども悪い顔色が、その色を台無しにしていて。
かばんをがさがさと探りながら緑へと足を進める。
が、それを庇うように亜麻色が、さりげなく金色が前に立つ。
ちなみに先ほどからこっちをみて一言も話さないのは紅色だ。

「ティア、ガイ。この人は。薬術に富んでいます。イオン様の体調を見てもらうためにこちらに来ていただきました」

その言葉にいぶかしげな表情をしながらも亜麻色が下がる。
金色はあっさりと紅の横に落ち着いて。

「少し失礼しますね」

おどおどとする緑色の横にひざをついて症状を見る。
疲れやら無理をしすぎたことによる過労に近いもの。
・・・本当の原因は少し違うのだろうけれど簡単に言えばそんな感じで。

「ええと、殿?」

、で大丈夫ですよ。イオン、様?」

「なら私のこともイオン、と」

「わかりました。ではイオン。こちらの薬を」

一つ、かばんにいれていた薬を取り出して手渡す。
それをみて亜麻色がコップにはいった水をイオンに手渡して。
それを横目に見ながら、同じくかばんにいれていた機材をとりだして、ポーチに入れていた薬草を取り出して。
そしてそのままその場所でごりごりとすり始める。

「・・・何してんだ、それ?」

ゆっくりと先ほどまで無言を貫いてた紅が好奇心をそそられたのだろうか。
そおっと近づいてきて問う。

「さっき店に降ろした薬で疲労回復の薬は最後だったんだよ。薬草自体はあるからね、調合してるんだ」

紅に分かりやすいようにかみ砕いて説明すれば、へえ、という返事。
そして同時に向けられる興味津津な視線。
おお、なかなかにかわいいじゃないか。
ごりごりと調合し終わったそれをさらさらとまとめて紙に移して。
そうしてイオンに差し出す。

「疲れが取れますから、どうぞ」

「ありがとう、

ふわりとした柔らかな笑み。
それはひどく儚げで。
今にも消えてしまいそうな錯覚に陥る。

「どういたしまして」

その笑みが少しでも和らいだものになるように、微笑み返して。

「ジェイドさん。とりあえず今日はこのままここで一泊してくださいね。薬を処方したとはいえ、イオンの体調が心配ですから」

ジェイドさんに目を向けてそう言い放つ。
そうしてかばんに機材を直して片付けて。
立ちあが、ろうとした。

「・・・ジェイドさん。なんで私の肩つかんでるんですかね?」

「いえ、何処に行かれるのかと」

「この街での用事は終わったので、出発しようかと」

そう答えれば、何故かにっこり笑い返されて。

「向かう先は国境でしょう?私たちも向かうところは同じですし、一緒に参りましょうか」

ちょっとまて、なぜそうなる。

「イオン様もこのままでは少々心配ですしね」

「・・・すみません、僕が弱いばかりに・・・」

ジェイドさんの言葉に断ろうと口を開ければ、イオンの弱弱しい言葉。
それを聞いてすっぱり一緒にはいけないと断れるほど強くはなく。
はかったようなジェイドさんの笑みにがくりとひざをついた。














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