ドリーム小説
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逃げ脚だけは一流です 58
「久しぶり、シュウ」
シンクによって地面に落とされたシュウ。
地面に伏した彼に対して笑って挨拶をした。
「さんさん!」
先ほどまでの医者の厳格な感じはどこにいったのか。
まるで犬のように名前を呼ぶシュウ。
彼とは長いつきあいである。
しかしながら、まあ、うざい。
非常にうざい。
数年に一度会えばもうあとはおなかいっぱい。
そんな感じの人物である。
しかしながら彼の技術などは信じるに値するので、新しい薬ができれば彼に告げることも多々ある。
今回の障気の中和薬も彼にお願いするつもりで。
「シュウ、これが障気を中和してくれるもの。長期保存はできないので都度作ってね」
新しい薬の調合表を渡せばそれこそ水を得た魚のように研究室にこもる。
今回も案の定手に入れた瞬間満面の笑みで研究室へと閉じこもろう、とした。
「シュウ、シンクの診察を先にお願い」
調合表を渡す直前、そう告げればもう、それはびっくりするほどの速度で診断をしてくれた。
結果としてはルークほどわるくはない。
ただしやはり第七音素で構成されていることはしっかりと覚えておくように、そのように念を押された。
シンクもルークもイオンも差し出した薬を抵抗することなくしっかりと飲んでくれた。
地面に打ち込まれた弾丸。
軌道の先、彼女の姿を目にした瞬間、体がふるえた。
メジオラ高原
パッセージリングの操作のため向かったその場所。
相間見えたのは、金色の髪がきれいな女性。
痛みの消えたはずの手が、ひどくうずいた気がした。
「こちらにこい、ティア」
ティアの勧誘にきたのだろう。
彼女は声を響かせる。
その声にすら恐怖を感じて思わず一歩後ずさればかばうようにシンクが前にでてくれて。
すがるように彼の服の裾をつかんだ。
「シンク。なぜそちらにいる?」
シンクを目に映した瞬間、リグレットの表情はゆがんで。
「別に、僕の勝手でしょ」
かつての仲間、であろうに、淡々と答えを返して。
「その女に解されたのか」
視線が、シンクを通して私を映す。
まっすぐに向けられた冷たいそれに、背筋が冷たくなった。
怖い。
こんな感情になるとはしらなかった。
ふるえる体を必死にこらえてみせるけれど、体は思った以上に正直なようで。
「あんまり見ないでくれる?」
シンクが、その視線からかばうように体を動かしてくれた。
ジェイドさんが、私のそばにたったのがわかった。
イオンが、そっと手に触れてくれて。
「あなたの手の原因ですか」
ジェイドさんの確信を持った言葉に小さくうなずけば、彼は、私の前に、シンクと同じところに並ぶ。
「あまりいじめないでいただけますか?」
声は穏やかだけれども、その紅瞳はひどく冷たいのが容易に想像できて。
「ティアも、も、渡さない」
ルークがティアをかばうようにたって言葉を発する。
「まあいい。預言は多少のゆがみなど気にも留めない。歴史は第七譜石の預言どうりに進むだろう」
そういうと、彼女は姿を消した。
その瞬間、体から力が抜けてその場にへたり込む。
イオンがそっと支えてくれて、シンクが目の前にしゃがみ込む。
「大丈夫ですか?」
ジェイドさんの言葉にうなずいて、心配そうなイオンに笑って見せて、シンクに感謝の言葉を述べた。
ベルケンドにてスピノザを捕獲。
大事な技術者の一人として扱うことになり、ついで向かったのはダアト。
ここに、あらたなセフィロトに続く道があると言うことが発覚したからだ。
そして、ここに不審者が一人。
「あ!こんなとこに!」
アニスである。
それはそれはキャピキャピが増しているだけでない。
挙動不審。
その一言につきる。
ジェイドだけでなく皆がじとり、とアニスを見るが、彼女はそれらに気がつかないふりをしてみせる。
イオンだけはそれに対して優しく微笑んでいたけれど。
アニスが不自然に見つけだしたザレッホ火山への道。
先導する彼女の不安定差を皆が感じ取っている。
「アニス」
横に並んで、名前を呼べば、ぎくり、と体がふるえたのがわかった。
をれを知らないふりをして、その手を握る。
驚いたのか、こちらを見てくるのにわらってかえして、ぎゅう、とさらに握る。
「アニス、大丈夫だよ」
何度も何度も繰り返したその言葉を、さらに積み重ねていく。
大丈夫だよ。信じていいよ。
それが真実だと植え付けるように。
後ろにイオンがきたのが見えたのでアニスの手を離して、その場所をイオンに譲る。
そうすればふわり、イオンが笑ってくれて。
代わりといっては何だが、シンクの横へと移動する。
微かに顔色が悪いのは気のせいじゃないだろう。
だって、ここは、彼がイオンとして死んだ場所。
そして、シンクとして生き返らずを得なかった場所。
ここにいるよ。
シンク、私は君を必要としているよ。
そっと手の甲を彼の手にこすりつけてここにいるよとアピール。
かたくなに握り込まれていたシンクの手が少しだけゆるむ。
空いた透き間に手を潜り込ませれば、ちらり、とこちらを見てくる視線。
「ここ、足場が不安定でこけそう。シンク、引っ張っていってくれる?」
私がつなぎたいからつかんだんだよ。
シンクがいてくれてありがたいんだよ。
笑って告げれば、仕方がないなとばかりに彼の手が握り返してくれた。
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