ドリーム小説
無色透明 11
夕闇はとうにすぎた。
厚い雲に覆われた空は、月の光すら遮って。
先ほどから強く吹く風に、微かな寒さを感じて腕の中の温もりを抱きしめる。
「・・・まだ、かな」
つぶやきは空気に溶けて、腕の中の彼が小さく声を上げて私を見上げた。
「 すまん!ちょっと仕事が長引いておって___もう少しだけかかりそうじゃ 」
カクさんが申し訳なさそうに謝りの言葉をくれたのは、まだ日が沈む前のこと。
彼の手を煩わせていることはわかっていたので、大丈夫だと返事を返して。
けれどそれから今まで、何の音沙汰もなく。
代わりとばかりに私の元に訪れたのは、この腕の中の温もり___ハットリだけで。
「・・・おそい、な」
ぼんやりとまたつぶやく。
こういう状態で独りになると、いやな考えが、ぐるぐると巡ってしまうというのに。
と、
「っぽー」
腕の中の彼が、ばたり、羽を動かして。
と、ばさり、大きく羽ばたいた彼は、私を飛び越えて空へ
その着地点を見れば黒いハットの男。
特徴的な髭と、白いタンクトップ。
鋭い瞳はまっすぐに私を射ぬく。
「遅くなってすまないっぽー」
鳩は彼のルッチの肩にのりながら、くちばしを開いた。
「カクの仕事が終わらないっぽー。代わりにルッチが送ってやる」
私の言葉に一つうなずいて、そのまま彼は言葉を続けた。
ばたばたと声にあわせてハットリは羽ばたく。
それに対するルッチは無表情。
その対比がおもしろくて、小さく笑みがこぼれた。
「はどうして海賊になったっぽ?」
船への道のりを歩きながら不意に問われる。
「・・・成り行き上、といいますか。」
言い答えが見つからなくて、なんとも中途半端な返事になった。
「成り行き?」
ハットリが、こてん、と首を傾けた。
かわいい。
ゆっくりと彼を見つめて言葉を探す。
「海賊になることが目的だったわけじゃなくて」
麦わら帽子の彼が笑って私を受け入れてくれたところで、結局私は海賊の仲間だなんて、言うことができない臆病者で。
航海士さんがおいでと差し出してくれた手を、握り返すことに途方もない躊躇いを抱き続けたまま。
「帰り方を探すために」
剣士さんがあきれたように体力のない私を手伝ってくれるたび、だってあの世界じゃこんなこと、必要がなかったと感情をこじらせて。
コックさんが作るおいしい料理に舌堤みを打ちながら、自分の世界の味じゃないと落胆する。
「あの船に乗せてもらってるんです」
狙撃手さんがいくら楽しませてくれたところで、心から楽しいと感じることができない私。
お医者さんが私を心配してくれること、うれしく思いながらも、それでも柔らかな彼に触れることはできない。
考古学者さんが朝柔らかな声で私を起こすとき、呼ばれたことが信じられなくて、信じたくなくて、開いた先の世界にいつだって絶望して。
「私は迷子だから。」
ハットリの目が、しぱしぱと瞬く。
放った言葉はひどく間抜けに聞こえて、へらり、笑う。
「迷子・・・探しているのはその場所への帰り方っぽ?」
今度は先ほどとは逆の方向へ、ハットリの首は傾く。
「はい。この場所ではない、私の生まれた場所に、帰るために」
そう、探しているのはあの場所への帰り方。
人が傷つく世界とは距離がある、そんな優しい場所へ
「 それは、どんなところだっぽ? 」
ハットリの言葉に、浮かぶのはあの世界。
「この場所みたいに海賊はほとんどいなくて、生ぬるく平和な世界。」
いても、それは私から遠い世界での出来事だから、なんの感情を感じることもない。
「誰かを傷つければ罪に問われて、自分が傷つけられることはなかなかなくて。」
テレビの前で怖いね、って言いながら自分には関係ないと距離がとれる
「ほしいものは結構簡単に手にはいって」
お金があれば、引き替えに何でも手に入った。
「便利で、無機質で、それでも___私にはとても生きやすい平和な世界。」
久しぶりにじっくりと思い出したあの場所は、やっぱり私にとってとても愛しい場所で。
じわり、頬がゆるんだ。
「それで、カクを惑わしたのか?」
「・・・え?」
突然響いた声は、音は、先ほどまでのハットリのものではなく。
自然と足が止まった。
私の3歩ほど先を歩いていたルッチさんは、その場所で足を止めて、くるり、私に振り向いた。
彼の背後、街頭の明かりのせいでその表情は見えない。
それでも、雰囲気はどことなく重く、私に向けられている感情は冷たさをはらむ。
「お前の言う世界は甘いな。」
あいていた距離を、つめられて。
「しかしその無防備さなら納得できる」
すぐそばにその長身がたつ。
「傷つけられることが当たり前のこの場所で、こんな風に簡単に人を信じるお前は」
彼の肩にいたハットリはばたばたと羽ばたき、街頭の上へと収まる。
「確かに、この世界には似つかわしくない。」
ハットの影。
「お前はあの船で、帰り方を探していると言っているが___」
微かに見える口元がゆがんだ。
「___あの船は本当にお前の居場所か?」
ぐわん、と頭を殴られたかのような感覚。
目の前の男の影がぐらぐらと揺れる___否、私の世界が揺れている。
考えないようにしていたのに。
知らないふりをしていたかったのに。
___に出会えて俺はうれしい。俺のそばがの居場所になればいい___
あたまのなか、こえが、くりかえされる。
「お前は戻るとそう言った。だが、この時間まで放っておかれているということは」
ルッチさんは淡々と言葉を紡ぐ。
いやだ、もう、それ以上聞きたくない。
「誰もお前を迎えにこないと言うことは」
私を捜しにくる気配も、様子も、なにもない。
そんなこと、自分が一番わかっている。
「お前はあの船に不要だということだろう。」
ききたくなんかなかったのに
___に出会えて俺はうれしい。俺のそばがの居場所になればいい___
よみがえるのは、あの日、緋色の彼が私にくれた言葉。
私にとって唯一の支えであったその言葉。
くれた彼は、そばにはいない。
そうすれば、私の世界はどんどんもろくなっていく。
私はこの世界には、いらない?
やっぱり私の場所はここじゃない?
彼の指が、ゆるり、私の心臓に、むく。
「一つ、試してみてやろう。」
ただの指のはずなのに、どこか痛いくらいの鋭さを醸し出す。
「うまくいけば、お前が望む場所に戻れるかもしれんぞ。」
「___死は、まだ試したことないだろう?」
その言葉を理解するよりも早く、空気がぶわりと沸き上がり。
目の前が誰かによって遮られ。
彼の指は空を向き。
方向を変えさせていたのは___
「なに、しとるんじゃ、ルッチ」
カクさんの足だった。
※※※
大好きなW7の話なのに、諸事情によりこの夢主はほっとんど彼らと関わらないため、とりあえず接触させたかったがための、お話。
満足。
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