ドリーム小説







配達ギルドのあれこれ 












彼女たちから逃げ出せば、どうやら私のいた場所はお城だったらしい。
なんとか外にでて、そのまま町の外へ。
本当ならばアレクセイさんに会いたかったけれど、拘束されているのならば難しいだろう。
なれば、今、私がするべきなのは__まだ終えていない配達依頼を、終えること、かな。


目指すのは、ダングレスト。
ギルドの町。
ドンがいなくなったとしても、あそこはたくさんのギルドが集まっているから。

頼まれた物を、届けて、その合間に、自分の捜し物を捜す、だけ。
いつも通りの日常に、戻る__戻った、はずだったのに。




「__配達ギルド」

なんで、出会っちゃうかなぁ・・・・・・

私を呼んだその人は、一拍おいて、すぐに駆け寄ってきて。
べたべたと無遠慮に体に触れた。

「ユーリ、それセクハラです!」

響いた声は、エステルさんのもの。
少し前の出来事を思い出して、体がこわばった。

「っ、まだ痛むのか?」

そのこわばりをどうとらえたのか、ユーリの表情がゆがむ。

「大丈夫、ですよぅ」

ああ、そうだった。
私の傷は、この人の刃を受けた結果だった。
ユーリが唇をかみしめるような表情をみるのは初めてで。
この人の、傷口をえぐるようなまねを、私はしてしまったんだ、と今更ながらに実感する。

「ごめんなさい、ユーリ」

その両頬を掴んで、謝れば、それにすらつらそうな表情を彼は浮かべて。

「エステルさんが、治してくれましたから」

へらり、笑って彼女を見れば、彼女は、困ったように笑って。
その後ろのモルディオさんは少し怒ったように眉をひそめた。

「__もう、無理はしないでくれ」

ため息のように吐き出された言葉は、きっとユーリの本心だろう。

「配達ギルド!」

ぱたぱたと駆け寄ってきたのはカロル君。
ユーリは場所を譲るように後ろに下がって。
代わりに前に出てくるのはレイヴン。

「もう大丈夫なの??」

ぎゅう、と体に回された小さな手。
心配そうな表情に、苦笑を返す。

本当に、この子たちは__彼女らも含めた、この人たちは、私が作った壁を、簡単にぶちこわそうとしてくる。


この人たちにかける心など、もてはしないというのに、困ったものだ。


「お嬢」

カロル君を見下ろしていれば、くしゃり、頭が撫でられる感覚。
見なくても、誰か、だなんてわかるけれど。
ゆっくりと見上げた先。

私の頭を穏やかな表情で撫でるレイヴンの、姿。


そういう表情をするから、また私の心が感情を得ようとする。



そんなのは、いらないと、言い聞かせ続けるのも、そろそろ限界かもしれない。

ふと、そんなことを、思った。



「次会ったとき、俺に用事あるっていってたの、聞いてもいいの?」

この人に向けた用事。
鞄の中、奥深くしまい込まれたその手紙を、彼に__
カロル君を離して、鞄に手をやろうとしたその瞬間。

ぱしり、だれかによって、手が、捕まれた。
だれかと見上げれば、紅をまとい銀の髪をなびかせた__いつのまにここにきたのか、わからない__デューク、がいた。
私の手を掴んだままのデュークが、驚いたような色をその瞳に浮かべているのが印象的で。

「__何が、あった」

前置きもないそれ。
何事かと首を傾けた、と。

「異質さが、薄れている」

デュークの言葉に、思わずからだがふるえた。
ざわめく周りなんて、気にならなくて。
異質さが、薄れている、だなんて、そんなこと。
意味が、わからない。
ゆっくりと、もう片方の彼の手が私の頬に触れて。
確かめるように、体に触れていく。

「__何か、大きな怪我でもしたか?今まで異質な物質で構成されていたおまえの体が__この世界になじみだしている」

大きな怪我、どう考えてもそれは、あのときの、もので。
ユーリ、エステルさん、聞かないで、これはあなたたちのせいじゃないから。

「代償もなしに、できることではない。かわりに、何を、失っている?」
「何も」

なにも、うしなってなど、いない。
わたしは、わたしのままだ。

「五感は無事か?」
「私は今、デュークをみて、デュークの声を聞いて、デュークにさわられてますね__味はちょっと確認できないですけど」

ちゃんと、あなたを、この世界を、認識してはいる。

「知識か?」
「私ちゃんと覚えてますよぅ?この世界の地図も、文字も。もちろん、人の名前だって」

仕事に必要なことは、ちゃんと記憶している。

「感情は?」
「ちゃんと泣くし笑うでしょう、私」

以前あなたの前で涙を流していたでしょう?

「__元の、世界の、記憶は?」
「__おぼえて、ますよ」

息が、詰まった。
どうして、すぐに即答できなかったのか。
歪な笑顔を浮かべた私に、デュークの目が細くなる。

「覚えてますよぅ、ちゃんと、車のこともテレビのことも、電話のことだって、ほら、この世界では知らないものでしょう?」

「おまえの、家族のことは?」

今度こそ、笑えている、自信は、ない。

「おかあさんと、おとうさんと、あねと、おとうと、ほら、ちゃんと覚えてますって」
「名前は?声は?顔は?」

おぼえているよ、おぼえて、いたよ、おぼえて、いたかったよ。


「__だって、10年近くも会わなかったんですよ?声とか、名前とか、忘れちゃうのは当然ですよ」

声よ、ふるえるな。
必死で絞り出した声は、ひどく不格好で。


「まさか、おまえ__「わすれてなんか、ない!!」


家族が映る集合写真。
私以外の顔がすべて黒く塗りつぶされたかのように、思い出せない。
私の名前を呼ぶその声すら、音となって鼓膜をふるえさせることはなく。

私はその人たちの名前を知っているのに__知って、いたのに、口は、その名前を形どる事は、ない。



ユーリの声を、遮るように、叫んで、デュークの腕を振り払うと、逃げ出した。







配達ギルドと失われた記憶









戻りたいの、あの人たちのところに。
還りたいの、あの世界に。

名前も、声も、表情も、もう思い出せなくなってしまったけれど。
あの人たちを、完全に忘れてしまう、その前に。

















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