きり丸夢。ちょっと赤い表現あり。
あまりにも君が綺麗に泣くものだから
「ぐえっ」
ぼとり
まるで世界から吐き出されるように、体に走った強い衝撃。
受け身を取る、なんて武道の心得なんか持ってるはずもないため、それはダイレクトに体に広がって。
痛い、と思うよりもずっといたい体中の痛みに身悶えることしかできなくて。
と、そこで気づく。
じんじんと体中が痛むということは、つまり、この感覚は夢ではなくて。
痛みが治まる気配を見せない体をいたわりながらゆっくりと涙で滲む視界を辺りに向ける。
「・・・どこ、だよ・・・?」
一言で言うなら、真黒。
滲む視界の先、見えたのは真黒な世界。
ゆらり、首をまわして辺りを見れども見知ったものは何一つなく。
目に映る黒いもの。
それはあえて言うならば木材。
しかし普通の木材などではなく、真黒に焼け焦げたもので。
ざあ
「っ、」
ふいた風に運ばれてきたにおいが、鼻につく。
それは今まで嗅いだ事のないような臭い。
決していいものではないそれは、焼けたにおいと混じりさらにひどいものへと変わっていて。
「っ、はっ、」
気持ちが悪い
脂汗がにじむ。
嫌なにおいを遮るように口を覆っても何も変わらなくて。
ゆっくりとそこから移動するために立ち上がる。
じんじんと痛みを訴えてくる体よりも、今はこのにおいから逃れる方が先決で。
そして、知った。
その悪臭の正体を。
「かはっ、」
今度こそ耐えきれなくなったそれに、吐く。
体の中にたまる嫌なにおいをなくそうとするかのように。
目の端に入る黒い塊。
嫌なにおいの正体は、焼け焦げた人だったもの。
それらから目をそらすようにして、水を求めて立ち上がる。
ゆらり、目に入るそれらに涙が溢れる。
いやだいやだと思いながらも、ここから逃げるためには歩くしかなくて。
必死でそれらを見ないように、足を進める。
からり
小さく耳に入った音。
この世界で、始めて聞いた自分がだす以外のおと。
ゆっくりと向けた視線の先。
そこには立ち尽くす、一つの影。
背は小さくて、幼くて。
それでも、気がつけば助けを求めるようにそれに近寄っていた。
ゆっくりとたどり着いたそこ。
「な、あ、」
その影にそっと声をかけた。
けれど、影は返事をしない。
「っ」
もしかして、それも、もう生きていないのかもしれない。
そう思った瞬間怖くなって、その影に手を伸ばした。
びくり
震えたのはどっちだったのか。
ゆるり、振り向かせたそれは、小さな小さな、十にも満たない小さな少年。
青みがかった髪は、手入れをすればもっときれいなものになるであろう。
釣り目がちな目は、しかし、何の感情もあらわしていなかった
「、」
その瞳からこぼれる滴だけが、ただ少年がここにいることを示すかのように。
ほろりほろり
それは今まで見た中で最も美しいもののように思えて。
声もあげず、ただ涙だけを流すさまが、泣くという行為をより一層悲壮なものにしていて。
その年頃の少年にしてはひどく違和感。
そして
感情がいっさいこそげ落ちたその表情に、その瞳に、心奪われた。
そっと伸ばした手。
ためらうことなく触れた体はひどく冷たくて。
そっと引き寄せればされるがままに少年は近づく。
ゆっくりとその体に手をまわして、ぎゅう、と抱きしめた。
その瞬間、少年の体が大きく反応して揺れ動いた。
「っ、う、」
水が、コップから溢れるみたいに、あふれ出たそれは、とどまることなく。
「っ、うえ、うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
ぎゅう、と体に回った手が、強く力を入れるものだから、体に食い込む。
でも、そんな痛みなど気にならなくて。
焼けたこの地。
色あせた世界。
この場所で何があったのかなんて、わからないけれど。
それでも、この少年はきっとかけがえのないものを失ったのだと、それだけはわかった。
変わりになるとは思わないけれど、それでも、今だけは。
夢でもいい。
ただ、この子を抱きしめることができるのならば。
なにもない、
だれもいない
おれのせかい
『にげなさい』
それがおれのあたまにのこる、さいごのかあさんのことば
『けっしてもどってきてはならないよ』
それがおれのみみにのこる、とうさんのさいごのことば
※※※※※
きり丸夢
過去。村が焼かれて、だれもいなくなったときになぜか世界に落とされた未来の少女。
でもこのあと元の世界に戻って、あれは夢だったのかなあ。とか思ってる。
そして何年後かに、もう一度この世界に来る。
きり丸のその瞳に恋した少女のお話。
続きます。
ちなみにほとんど名前呼ばれないし呼ばない。
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