ドリーム小説
逃げ脚だけは一流です 17
アクゼリュスの最深部へと向かう坑道。
避難し切れていない住民はいないかと見回りながら、脳裏に浮かべる一人の少女。
呆然と、ただ、あいつを見送ることしかできなかった。
幼き頃をともに過ごした大事な友。
年に会わぬ聡明さで、考えで、いろんなものを達観してみる子供だった。
外を好まぬ俺を、無理に連れ出すわけでもなく共にあろうとしてくれた。
俺の基盤を作り上げたあの少女。
二度とあえないはずだった。
目の前で翻った髪が、
耳になじむ声が、
俺を写した瞳が、
それを真実だと訴えてきて。
柔らかな温もりが、確かにあった。
俺の名前を、確かに呼んだ。
「___」
温もりの消えた手のひらを、握りしめる。
確かに、手は彼女に届いたのに。
別れはあっけなく、彼女の手によりもたらされた。
対峙しただけで感じた敗北感。
勝てる気など、しなかった。
それでも、後ろに背負うものがあったから。
けれども、俺の命はあいつに救われた。
あいつが望んだのは自らの無事ではなく。
俺を含む兵士とこの場にいるアクゼリュスの住民の生で。
守られたのだ、俺は。
幼き頃と同様に。
彼女に守られた。
俺の剣は、国のためにあるのだと、諭された。
自分を守ってはいけないと。
国のために、その国にすむ住民のために、あらねばならぬと。
「クレイ!」
響いた声。
それは、こんなところでは聞いてはいけないはずの声。
信じられない気持ちで振り返れば、そこには金色の髪をなびかせる、我が国の姫君が存在していて。
「姫様!?どうしてここに・・・!」
平和の象徴であり、我が国の誇りでもある、大事な姫君。
守るべきお方が、この危険な場所にいることに、めまいがする。
「住民の姿が見えませんわ。状況を報告なさい」
常であれば、まずいたわりの言葉を発すであろうその口からはせっぱ詰まった言葉がもたらされて。
「姫様、この場所は大変危険でございます。早くアクゼリュスから脱出を!」
「どういうことです、説明なさい」
その説明の時間すら惜しい。
しかしながら、いわなければ伝わらないのも事実で。
ちらり、頭をかすめた彼女をそのままに、言葉を紡ぐ。
否、紡ごうとした。
「ヴァン師匠は奥だな?」
紅色が、鮮やかに舞う。
「ルーク!」
「俺は先に行くからな!!」
「イオン様!」
その紅と共に緑色が横切る。
「ルーク様、」
思わずその手をつかもうとしたが、向けられた瞳の激しさに体がすくむ。
「放っておきなさい」
響いた低い声に視線を向ければ、そこにはマルクトの軍服をまとう背の高い軍人がいて。
「でも、イオン様が!」
幼さに似合わぬ軍服をまとう少女が困ったように言葉を紡ぐ。
「アニス、先に話を聞いてしまおう。クレイ、いったい何が起こってる?」
「・・・あ、ガイ。いたのか」
姫様と軍人にしか目がいかず、友人でもある同僚に気づくのが遅れたのは、まあ仕方がないことにしよう。
それよりも今必要なのは姫様をいち早く安全なところへとお連れすることで。
「姫様、この街はこれから崩壊いたします」
ざわり、空気が揺れた。
「崩壊?!」
少女が叫ぶ。
「その情報はどこからですの?」
緊張した空気の中、冷静に言葉を紡ぐ姫様に言葉を選ぶ。
「・・・私にとって信じられる大事な友からの言葉です」
それはひどく曖昧な、けれども俺にとっては信じるに値する情報。
「ふむ。つまり、信憑性は高くはない、と?」
まあもちろん、軍人にはひどく冷たい目で見られるわけだが。
「クレイ、それは私が信じるに値する情報ですのね?」
けれども、姫様は俺の言葉を簡単に切り捨てたりはしないから。
「ですから、早くここから___」
「大佐!ルークを止めて!」
一人の女性と共に、先ほどよりも鮮やかな緋色が、走った。
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