ドリーム小説
逃げ脚だけは一流です 2-11
バチカルで第七音素を取り入れたモースが暴走した。
それはかつてあったかもしれない、じぶんのすがた。
ジェイドさんがあんなにも取り乱した理由がわかって、体がふるえて。
すぐそばにいたシンクがなだめるように手を握ってくれた。
ロニール雪山でルークが拾ったロケット。
そのロケットが示したのはナタリアの実の父の存在。
真相を求めて私たちはケセドニア向かうことになった。
「」
アルビオールの中。
弱い、まだ守られるべき存在である、少女の声に呼び止められる。
ゆっくりと振り向けば、まだその瞳はぐらぐらと揺れていて。
「、ごめんなさい」
私が守るべき小さな子供。
でも実際はいつだって私が守られていて。
静かに瞬きを繰り返す瞳。
その姿はひどく大人びて見える。
「でも、助けてくれてありがとう」
小さな体で、精一杯の虚勢で、いびつな笑みで。
その肩に背負う多くの罪を全部飲み込んで。
導師守護役は口を開く。
何度も感謝と謝罪を繰り返して。
そっと手を伸ばして、柔らかな髪に、ふれる。
かすかに体をふるわしたアニス。
それをなだめるようにもう片方の手で体を抱き寄せて。
ぽふり。
腕の中に感じる温もり。
それから逃げ出す様子も見せず、アニスはここにとどまって。
「よく頑張ったね」
アニス、その小さな体で。
いつだって、精一杯イオンを守っていた。
その心は決して嘘じゃない。
「大丈夫だよ、アニス」
ぎゅう、と腕の中、力が強くなる。
おなじように抱きしめ返して、笑う。
「私はアニスが大好きだから」
もう一度、強く抱きしめ返された後、
「ありがとう、」
彼女は顔を上げて太陽みたいにまぶしく、笑った。
アニスが去ったその場所。
次の気配は愛しい人のもの。
振り向くまでもなく、その人は私の側に立って。
彼に似合う、青の色。
彼が守る帝王の色。
「甘いですね〜」
ゆっくりとそちらをみる。
語尾をかすかにのばして、あきれたような口調とは裏腹に、浮かべる表情は優しげで。
「ジェイドさんこそ、アニスに甘いですよね。」
強く非情であると、そう言われるこの人が、思いの外あの守護役を気に入っていたのを知っている。
実力があり、頭も回る、あの子供を。
何かあるのをわかっていながら強く追求することもなく、ただ彼女をそのまま行動させた。
それは確かに彼女に対する信頼だったのだろう。
「あなたが、」
こちらを見ないまま、ジェイドさんは口を開いた。
「あなたが、何かをしていたことは知っています」
”何か”
シンクとイオンと、それから陛下と。
アニスの両親を如何にして、救おうかと。
実行したのは私ではないけれど、指示を出して考えたのは私で。
「あなたが、何かを知っていることもわかっています」
”何か”
ルークにだけ、はなした。
それ以外はだれにだってはなしていないこと。
この世界の行く先で、行く末で。
「なにも言えなくて、すみません」
黙っていたことに対する謝罪。
「かまいませんよ」
それはあっさりとはねのけられる。
「あなたがみかけによらず、秘密主義なのは前からですしね」
突き放すような言葉。
けれど、その表情は決して見放したようなものではなく。
ごめんなさい、
いえない、いえないんです。
あなたには、決して__
赤い、綺麗な瞳はまっすぐにアニスが去っていった方を見つめている。
ふいにその瞳を真っ正面からみたくなって、手を伸ばした。
警戒されることもなくつかめたその両頬。
ぐい、とこちらに向けて、まっすぐに見つめて。
至近距離での見つめあい。
それに抵抗することもなく。
ジェイドさんは私との距離を埋めるようにこつり、額を重ね合わせた。
「」
私の名前。
彼に呼ばれるそれだけで、とたんに色を帯びて聞こえてくる。
ほかの誰に呼ばれるでもない、彼にだけ感じるこの温もり。
ふれた箇所から広がるのは柔らかな感情。
「」
ジェイドさんの手が、私の両頬を包む。
「シンクやイオン様、ルークだけでなく、」
甘えるようにすり寄って、人より冷たい手で輪郭をなぞって。
「たまには私にもかまってくださいね」
困ったような赤い瞳がどうしようもなく愛しくなって。
ぎゅう、とその体温を感じるためにすがりついた。
※※※
でもつきあってはいない、と。
back/
next
戻る