ドリーム小説

逃げ脚だけは一流です 2-18









「迎えにきましたよ」

青い軍人さんはそういって柔らかく笑う
足手まといでしかない私を、おいていくことだってできるのに。

「放っておくと何をしでかすかわかりませんからね」

そういって彼は私に手を伸ばす。
そして、私はその手を確かにつかんだ。



ローレライ教団への対応のため各国で会議がなされて。
キムラスカ、マルクト両国で預言を廃止する。
そう意見はまとまって。
ダアトへ向かうはずだったその進路は、アッシュがレムの塔を目指している、その状況により急遽変更になった。



レムの塔
建設途中で放り出されたその塔は高く、高く、私たちの前にそびえ立って。

「ディスト」



向かい合うその人は、相も変わらず叶わぬ願いを抱いて。
ジェイドさんに向けるその激しさとは違う、凪いだ瞳。
まっすぐに私を写して、ただ笑む。
ジェイドさん大好き同盟を結成したそのときと変わらない瞳で、表情で、声で、仕草で。

「ディスト___」

止めようと、声を上げる私に、首を振った。

「ネビリム先生が蘇れば、あなたも昔のように戻るでしょう?」

わかっているだろうに。
そんな言葉をはけばどうなるか。
理解しているだろうに。
彼の人が、どんな反応をするかだなんて。
知っているだろうに。
過去を悔やむ彼が、過去にとらわれ続けるあなたを受け入れるはずはないって。

「今まで見逃してきた私が甘かったようですね」

そっとめがねに手をやって。
深く瞳を閉じて。
そして、その口からでるのは残酷な別れの言葉。

「さようなら、サフィール」

ぐ、とその手のひらが強く握り込まれたのが見えた。
熱情をこらえるように。
その言葉をかみしめるように。
彼はゆっくりとその手のひらを開いて。
まっすぐにジェイドさんを見つめて

「本当に私を見捨てるんですね」

泣きそうにつぶやいた。

「ならば私も本気で行きますよ」

鮮やかに笑って、そう告げた。



遠い彼方へ放り出されて、次いで爆発。
それは彼の命を失わせるには十分なもので。

「ジェイドさん」

飛んでいった方から目を背けて、まっすぐにレプリカたちを見つめる彼のそばに、そっとたつ。
視線を向けられるわけではないけれど、それでも彼の感情がかすかにささくれ立っているのは感じて。

「サフィールは、ばかです」

彼にしてはひどく幼い言動。
ひねるわけでも、意味を込めるわけでもなく、ただ呟かれたそれ。
だからこそ、その言葉は彼の本心なのだと、わかった。



騒然とするレプリカたちの中。
アッシュは告げる。

「取引をしよう、」

と。
自我を持ちはじめたレプリカたちに。
共に消えてくれるならば、世界にいきるほかのレプリカたちのこらからを、約束しよう、と。
ルークは叫ぶ。

「バカなことをいうな、」

と。
死ぬ気はないと言ったのに、共に世界から消えゆこうとする存在に。
その身を犠牲にしてこの世界を浄化しようとする片割れに。

「じゃあ障気はどう解決するつもりなんだ?!俺の代わりにおまえが死んで障気を消してくれるとでも言うのか?」

アッシュの叫び、それにルークは答えあぐねて。
その隙に彼は下におりようとする。

「アッシュ、」

すれ違うその瞬間に彼の腕をつかむ。
勢いよく振り払われるその腕を再度つかんで、彼の緑色のきれいな瞳をのぞき込んだ。

「アッシュ、あなたのおかげで」

手のひらをひらかせて、のせるのはできたばかりの薬。

「これは、できたの」

彼は行く先々で、珍しい薬草を、特殊な条件下でしか育たない植物を手に入れては送ってくれた。
それはこの薬を作り上げるのに、なくてはならないものだった。

「___できたのか」

ほっと、息をつく彼に言葉を続ける。

「一つは障気を完全に中和する。それから、」

続く言葉に彼は目を、見開いた

「音素の乖離を防ぐもの。体内の音素生産を飛躍的に高めて、大爆発を防いでくれる」

だから、

「アッシュ、先走らないで。一人で死のうと、しないで」

彼は何かを発しようと口をぱくぱくと動かして。
けれど何も言わずに背を向けた。
呼び止めるナタリアたちの言葉に何を返すこともなく、ただ一人で足を踏み出して。
その背中を見送れば、ジェイドさんが息をつく。

「オリジナルとレプリカ。残るならば、能力の劣化していないオリジナル」

呟かれた言葉。
けれど、その声色はこわばっていて。
軍人である彼は、これからを想定したとき、未来に自国に特のある方をとるしかなくて。
赤い瞳が、ルークへ向かう。
ゆらり、揺らぐその色。

「それでも、」

友としては、死んでほしくはない___

”死”を理解することのできなかった彼が、願うこと。
損得を抜きにしたその感情。
生きていてほしい、その願いが叶わないことも、賢いこの人は理解していて。
そっと指先に触れる。
控えめに、思考のじゃまにならないように、と。
けれどその指はすぐに強い手のひらに握りこまれて。

「ジェイドさん、」

何の確証もないであろう私の言葉。

「大丈夫、ですよ」

それでも、今は、今だけはあなたに響いてほしい。
私が、彼らを、守るから。
ジェイドさんは一度だけ私の手を強く握って、離した。











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