ドリーム小説

逃げ脚だけは一流です 2-19









「おまえがどの道を選択しても、俺はおまえを糾弾しない」

青色をまとう皇帝はそういって、まっすぐに俺を見つめた。

「だから、死ぬことを前提に考えるのだけはやめろ」

キムラスカの王とは全く違う、君臨者。
1000を助けるために、100の犠牲を厭わないそんな立場の人なのに。
あっさりと俺に生の道を示してくる。

「頭脳しか取り柄のないジェイドだっているんだ。なんとかなるかもしれんぞ」

からからと、そんな場合ではないのに浮かぶ笑顔。
ジェイドが唯一と決めた主。
その意味が分かったような気がする。
ピオニー陛下はその大きな手で俺の頭をなでた。



「わしは一度おまえが死ぬことをよしとした叔父だ」

自国の王は繕うことなく、その言葉を伝えてきた。

「だが生きていてほしいと思う。信じてもらえぬかもしれぬがな」

一度は死なせるために放り出した命。
それを、今は惜しんでくれている。
その事実がじわり、喜びに変わって。

「おまえが死んでもアッシュが死んでも、ナタリアは悲しむ」

困ったように紡いだそれは、王ではなく、ただ娘を心配する親で。
インゴベルト陛下の言葉。
俺に生きていてほしい、その願いは確かに真摯な色を持っていた。



「あなたがもしもアッシュのために身代わりになろうとしているのならば、やめてください。私はどちらも大切ですわ」

金色の姫は、俺にとっては姫と言うより口うるさい幼なじみで。
そんな彼女が紡ぐ言葉は飾ることなく俺に届く。

「あなたは偽物ではありません!!私の大切なもう一人の幼なじみですわ。二人でキムラスキカ王国を支えてください。二人とも侯爵家の人間です。どちらが本物だとかそんなことは関係ありませんわ。」

彼女は叫ぶ。
俺が大切な幼なじみなのだと。

どちらが本物だとか、そんなことを言うな、と。

「あなただって死にたいわけではないでしょう?私がお父様たちを説得します。速まってはなりません、いいですね!!」

嘘を、偽りをよしとしない気性を持つ彼女は、まっすぐに俺の瞳を見つめて言い放った。
心のどこかで、それ以外の方法がないことを理解しているだろうに。
生まれたばかりの俺を、”ルークだから”であろうと、優しく受け止めてくれた彼女。
俺はそんなナタリアにいったい何を返せたのだろうか。




「おまえはまだ7年しか生きていない。たった7年で知ったような口を利くな」

俺が生まれたときから共にいてくれる、友人で使用人でもあった彼は吐き捨てるように言い放った。
浮かぶ表情は苦悩。
俺以上に苦しみをにじませるこいつに、なんと声をかければいいのか。

「石にしがみついてでもいきることを考えろ。 障気なんかほっとけ!!」

ほかの何よりも、障気が消えることよりも、俺が生きることの方が大事だと。
胸がぐう、と痛くなる。
こいつのこの思いに、感情に答えるのができないことが。

「悪い・・・。そんな風に思える性格じゃないんだよな。それがわかるくらいおまえも成長したってことだもんな」

激情は一瞬で形を潜め次いでもたらされるのは苦笑。
長い間共にあったなかで、俺がさせてしまうことが多かった、その顔。
聞き分けのない子供をどうしようかと、困ったようなその表情。
見慣れてしまったけれど、それでも、俺に深く食い込む。

「けど俺はおまえに生きていてほしいよ。誰がなんていってもな」

生きたい

でも、ごめん、ガイ。
その言葉を叫べるほど、俺は強くないんだ。



「恨んでくれて結構です」

めがねを押さえて、紅の瞳を持つ軍人は俺に告げた。
恨んでも、いい。
そういうわりに、どことなく沈んで見える表情。
以前はそんな表情の変化など、わからなかったというのに。

「あなたがレプリカと心中しても、能力の安定したオリジナルが残る。障気はきえ、レプリカたちの数も減る。いいことずくめだ」

放たれる言葉はどれも事実で。
俺が言いたいことを分かりやすくまとめたみたいで。
いたい、のだとおもう。
胸が、心臓が、俺を形作る、俺を構成するすべてが、彼の言葉に痛みを訴えているのだと。
それだというのに、この嘘をつかない軍人の言葉はどこか心地よくて。

「死んでください、といいますね。私が権力者なら___友人としては止めたいと思いますが」

心臓が、音を立てた。
今までとは違う、驚きで。
この冷徹な、主のため、その主が納める国のために犠牲を厭わない、この軍人が。
俺を、友人だと呼んでくれた、驚きに。

「ジェイドが俺のこと友人だと思ってくれてるとはおもわなかった」

驚きのまま、こぼれた言葉に軍人は一度目を瞬かせて。
そして小さく笑みをこぼした。

「そうですか?・・・そうですね、私は冷たいですから」

ちがう、そういうことじゃないんだ、ジェイド。
伝えたい言葉はうまく形をなしてはくれず、行きなさい、というように手を振られてはそれに従わないわけには行かなかった。



「イオン様といいルークといい、どうしてそうあっさりと命を捨てようとするの?」

小さな体で、精一杯背伸びして。
黒髪を揺らして少女は俺に問いかけた。
あっさり。
そんなわけじゃない、そういいたいのに。
それでもこの子の言いたいこともわからないわけじゃなくて。

「あっさりだよ!皆がだめだよ、っていってるのに。ルークが死んだら確かに障気は消えるかもしれないけれど、ルークを知ってる人たちはずっと苦しむんだよ」

”ルークが死んだら”
その言葉に現実がじわり、にじみ出す。
いくらかっこつけて言ったところで、結局それは俺が死ぬと言うことと同意語なわけで。

「もうイオン様の時みたいに、誰かが消えていくのをみたくはない。こんなのいやだ」

イオンみたいに。
少女の過去の過ちは、いつになろうとも少女を苦しめる。
それでも、この少女が、俺の仲間たちが、俺がいなくなることを嫌がってくれていることが、どうしようもなく、うれしくて。
俺を、レプリカであるこの俺を必要だと叫ぶ姿は愛しくて。

「どうしてこんな思いしなきゃならないの、もういやだよ」

ぽつり、こぼされた想い。
アニスの、仲間たちの本当の言葉。
痛いほどに突き刺さるそれは、俺の生を確かなものだと示すようで。



「ルーク。命を捨てようとした僕がいえることではないとわかっています」

まっすぐな、強い瞳を持った最高権力者は告げる。

一度いなくなることを決心した彼だからこそ、その言葉には重みがあって。
ゆらり、緑色の髪を揺らして、微笑みながら。

「それでも、僕はあなたに生きていてほしい。あなたは僕に生きろといった。そして僕を生かしてくれた」

”生きる”意味を見つけられずにいたレプリカ導師。
それはまるで自分自身をみているようで。
俺を必要だと、一番最初に認めてくれた優しい少年。
俺よりもずっと少ない年月しか生きていないというのに、俺よりもずっと賢い子。

「それならば、これから先僕が向かう行く末を。あなたが見守ってくれなければ」

確かな存在をもって、少年は、言葉を彩る。
真の道を示すように、柔らかな色をまとって。

「僕はこれから先もあなたと一緒に、生きていきたい」

俺も、これから先を一緒に生きていきたかったよ、イオン。
言葉にできない想いに、彼は困ったように微笑んだ。



「あんたでもアッシュでも、勝手に死ぬなら死ねばいい」

居場所を手に入れた、レプリカは告げる。
未だに隠した仮面の奥。
それでも、そこにあるのがどんな顔か、そんなことはもうわかっていて。
どちらがしんだって、かまわない。
そう、言葉にする
なのに

「とりあえず、僕から言うのは一つだけ」

ゆるり、はずされた仮面の奥。
のぞくきれいな色の瞳。
俺は、確かにここにいて。

と___イオンを、僕の家族を悲しませるのは___許さないよ」

少年の願いは、家族を守ること。
自分をすくい上げた彼女が、笑える世界になることを。
そして、自分の兄弟である彼が、悲しまない世界を。

「ねえ、聞いてるの?ルーク」

導師と同じで全く違う存在。
彼は確かに意志を抱いて。
シンク。
いつからかすごく正直になった君を、俺はうらやましくおもう。



「決心したの?」

あまいろの髪をゆらして。
決してこちらを向くことはなく。
凛とした言葉は、けれどもどことなく不安定さを抱いていて。

「あなたって本当にバカだわ」

俺への言葉。
その直球な言葉は、ほかの何よりも俺に響いて。
俺の心臓に負荷をもたらす。

「みんなの話は聞いた?みんなあなたを引き留めてくれたんじゃないかしら」

なんでもないように取り繕うのは彼女の悪い癖。
すべてを背負い込んでしまおうとする、彼女の。

「でも私は止めないわ。私は自分がパッセージリングを起動して自分がやんでいくのをうけいれようと決めた」

ようやっとこちらをみた彼女。
瞳は、ひどく揺れていて。
握りしめられた手は、色が変わるほど強く。

「あなたもそれを許してくれた。あなたも決心したというならそれだけの考えがあってのことだと思うわ」

俺のすることを、止めないというくせに。
強いはずの彼女は、今にも泣き出しそうな気配を醸し出していて。

「でもあなたのすることを認めたわけじゃない。あなたがその選択をしてそして障気が消えたとしても、私はあなたを恨むわ」

俺を、恨むという。
止めはしないけれど、俺のしたことを恨み続けると。

「みんながあなたを賛美しても私は認めないから」

俺の生が、もっと長いものであったならば、
俺の生が、もっと確かなものであったならば、
この愛しい、と感じるティアをこの両手で抱きしめたのに。

「ばか」

死にゆく俺には、それすら不可能なんだ。



皆の言葉が頭の中で巡る。
ぐるぐる、ぐるぐると。
取り留めのないバカな考えがたくさん浮かんで。
起こるはずのない奇跡が、起こるんじゃないかと。

「ルーク」

柔らかな声色で俺を呼ぶ、俺の共犯者に、すがらずに入られなかった。














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