ドリーム小説
逃げ脚だけは一流です 2-22
「今すぐにでも入院してください」
ベルケンドにてシュウの言葉。
ほかのみんなを追い出して、ルークと二人で聞いた結果。
それをルークはまっすぐと受け止める。
握った手のひらは、大きくふるえたけれど、それでも、彼はうつむくことはなく。
レムでは死ななかったけれど、これからは死に向かっていくだけなのだと。
言わないで欲しい。
その願いは困った顔をしながらもシュウに受け入れられて。
「も、お願い」
ひょこり、こちらを伺うようにのぞき込んでくる緑色。
浮かぶ色は信頼。
それを裏切れるはずもなくて。
柔らかな髪に触れて、うなずく。
「ルークのお願いなら、叶えなきゃね」
ありがとう、その言葉はささやくように響いた。
「少し話をしましょうか、」
静かな声。
私の名前が色を帯びる。
「ジェイドさん」
私が答えれば、彼はかすかに頬をゆるめて。
今いるのはバチカルの宿屋。
謁見は時間の問題で明日への持ち越し。
ティアたちはナタリアの好意で城で一晩を過ごしている。
城下に用事があった私はそれを断り町中に宿を借りたのだ。
借りた部屋の中、向かい合って話すのは、ルークのこと。
「私が”友人”という単語を出したことに、ルークは驚いていましたよ」
あまりにも彼に似合わない言葉に小さく笑いがこぼれた。
「あなたも笑いますか。___確かに私は冷たいですからね」
自嘲するような笑み。
ああ、そうじゃないの、違うの。
「ルークは単純に驚いたんだよ」
冷たいとか、そういうんじゃなくて。
純粋に。
「ジェイドさんに認められて。同じところに立っているということに」
立場が違ってもすべてを凌駕する。
魔法の言葉みたいなそれ。
「冷たいとかじゃなくて、ジェイドさんにとって、友人という立場にあれることに」
自分にも、他人にも厳しいあなただからこそ。
「あなたに認められたという事実に驚いて、嬉しくて、だから言葉がでなかったんだよ」
ゆるり、紅色が眇められて。
伸ばされた手が、肩をつかむ。
弱々しい力で引き寄せられた先、こつり、肩に重み。
肌に感じるくすぐったさは彼の色素の薄い髪。
前もあったこの体勢。
体が、無意識に震えた。
「___」
熱を帯びる。
ほかの誰に呼ばれるでもなく、この人だけにしか感じない感情。
「__ルークは、死ぬのですね」
ぐ、と息が詰まった。
彼の、この人の口からもたらされたその単語は、あまりにも色濃くて。
ジェイドさんの頭を、抱え込む。
”友人”
彼がそうあることを願った相手は
”死”
を目前にしているのだと
死ぬということを
その感情を理解できないはずのこの人が、
感じている重み。
事実を受け入れることを拒むようなその姿。
私は知っている。
知ってしまっている。
大事な大事な共であり仲間であり、共犯者であるあの子が。
いつ、どこで、消えてしまうかを___その先を。
私の願いは、あの子の生で。
私の願いは、あの子が笑える世界で。
私という小さな異分子などものともせずに世界は進む。
筋書き道理の世界を刻む。
あの子と生きれる未来など、どこにもないのではないか。
いつだって頭の中にあるその思いは、誰にも否定できなくて。
薬を生み出したところで、結果は同じ。
この世界はあの一つの未来へ向かっているのだとしたら。
私ごときじゃ、あの子を救えない。
一気に体をかけあがったのは、恐怖。
あの子が至る結末。
それが一つしかないのだとしたら。
思わず腕の力が強まった。
「ジェイドさん」
吐き出した名前。
いつもは安心するそれも、今の私にとっては安定剤にも何にもならない。
震えた言葉に応えるように、今度は彼が私を抱え込むように抱きしめて。
「」
なだめるように名前を呼ばれる。
さっきまでこの人を慰めていたはずなのに。
いつのまにか、私が慰められていて。
「私は、生きて欲しい、」
あの幼子に、大事な愛し子に。
背負う罪の贖罪をいつだって求め続ける、生き急ぐあの子に。
「ルークにも、アッシュにも」
居場所を奪われたオリジナル。
強がり、精一杯の虚勢を張る青年。
世界の命運を、背負わされた二人
不意に、頬が温もりに包まれた。
く、と持ち上げられた視界の先、紅色。
至近距離でみるそれは、宝石のようにきれいで息をのむ。
「彼が、彼らが死ぬのは遠い未来ではないでしょう」
淡々と述べられる事実。
ぎゅう、と胸の奥が締め付けられる痛み。
はくはくと答えられずに動かした口は、次の言葉を生み出すことはできず。
「ですが、」
かすかに彼の瞳が柔らかくなる。
「あなたの作り出す薬がその時をのばしているのは確かです」
いきが、とまる。
目の前の彼が私を認めてくれるという事実が、改めて感じとれて。
「あなたのおかげで、彼らの生存率は、ゼロではなくなりました」
生きれるかもしれない。
この人は、優しいうそなどつかないこの人が口に出したのだから。
それは本当に限りなく低い確率だとしても、ありえるのだと。
ぶわり
視界がゆがむ。
目の前の愛しい人ですらきちんと映し出すことができなくて。
ぼろぼろと熱い滴がこぼれていく。
その一つ一つをジェイドさんは愛しそうに拭ってくれて。
「___少しだけ妬けますね」
響く静かな声。
意味が取りきれず、滴を落としながらも続きを促せば、くつり、笑い声。
「いつだってあなたの思考を留めるのはルークやシンクたたちばかりで」
頭の中が真っ白になる。
今までの涙も全部どっかいったみたいに。
「たまには、私のことも___」
「無理です」
とっさにでた言葉。
それに彼は驚いたように目を細めて。
「いつだって、ジェイドさんは私の中にいるのに、」
ぐちゃぐちゃの頭で吐き出す言葉は何一つまとまりなんて無く。
「これ以上、私の中をあなたでいっぱいにするなんて」
紡ぎあげることだけに必死で。
「そんなことしたら、死んじゃ、」
言葉は言いきる前に、飲み込まれた。
瞳の先、ゼロ距離での紅。
唇に感じる熱
頭に回った手のひらが、腰を引き寄せる腕の強さが
これが現実だと告げていて。
「っ、」
続かなくなった息。
唇を開いて息を吸おうとすれば、それすら飲み込むように、さらに深く口づけは、増して。
口の中ぬるりとした感覚。
ぞくりと泡立つ背中。
引き寄せられた体は彼の膝に乗りあげて。
ぐ、と強くねだられるようにすり寄った温もりは、あつく。
「、っはぁ」
どれくらい長い時間だったのか。
繰り返されるそれをただ受けることしかできない体。
ゆっくりと離れたところでくたりと彼にもたれ掛かることしかできない。
「」
「」
譫言のように繰り返される私の名前。
響く度に甘さを増し
私をさらに拘束する。
頬に、髪に、目尻に、何度も落とされる唇。
「、あなたの口から聞きたい」
ぐったりとした私を楽しそうに抱きしめながら、ジェイドさんは言った。
「私のことが好きですか?」
その言葉に答えられない私に向かって、再度唇が落とされた。
※※※※
この後言うまで離してもらえない
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