ドリーム小説
逃げ脚だけは一流です 2-5
暑い暑い、そのザレッホ火山。
リグレットを退けて、シンクとアリエッタと三人でその場所に着いたとき、導師イオンは譜石に手をかざしたところだった。
まだルークたちの姿は見えない。
どうやらアリエッタは最短距離でここにつれてきてくれたらしくって。
ちらり、シンクを見れば少しだけ顔色が悪い。
彼が生まれ落ちた場所。
彼が殺されかけた場所。
彼にとって、トラウマであるこの場所。
「・・・行くよ」
ちらり、こちらを見ると私の手をつかんで歩きだす。
緊張から湿った手を、握り返した。
「イオン様!!」
イオンに向かってアリエッタが叫ぶ。
彼へと向かう道にはアニスがうなだれてたつ。
モースはあっさりとアニスに退けるように指示を出して。
ぎゅ、と一度だけその手を握りしめて、アニスはすべてをあきらめたように、こちらに視線をやった。
その視線を遮るように、シンクが私の前に立って、アリエッタがアニスをにらみつける。
朗々と響く、イオンが預言を詠む声。
それは刻一刻と彼を死の淵へと追いやるもの。
「アニス!イオン様が、死んじゃう!のいてよ!!」
アリエッタの叫びにも、アニスは小さく瞳を揺らすだけで。
「アニス」
小さな彼女の名前を呼べば、ぐらり、泣きそうな瞳がこちらに向けられて。
小さく、本当に小さく、その口が言葉を紡いだ。
「イオン様を、たすけて」
なのに、彼女は杖を構えて、トクナガを巨大化させて、私たちの前に立ちふさがる。
「アニス!!」
「っるさいなあ!!」
アリエッタの声を遮るように、彼女は叫んだ。
「なら、さっさと私を倒していけばいいでしょ!!」
詠唱を始めたアニスに対して、シンクが姿勢を低く構えた
「シンク」
「なにさ」
邪魔しないで、そういいたそうな彼に小さくほほえんで、アニスに告げる。
「アニス、大丈夫、両親はマルクトで保護したよ」
つい先ほどシンクから受け取った知らせそれを発せば彼女の瞳は大きく開かれて。
同時に彼女の腕からロッドが滑り落ちた。
ばたばた、後ろで走る音。
「イオン!!」
ルークが、姫様が、みんなが、叫ぶ声。
その声に、イオンが、小さく体を揺らした。
瞬間、誰よりも早く、彼女が、叫んだ。
「お願いっ、お願いだからっ、”イオン様”ばっかり、殺さないでえええ!!」
アリエッタの叫び。
それに驚いたのはイオンで、アニスで。
思わず、とでもいうように、イオンがアリエッタを見る。
アニスが息をのんで。
アリエッタに皆の神経が向けられたその瞬間に、走った。
アニスをすぎて、シンクと共に譜石を前に立ち尽くすイオンへと。
冷たいイオンの、手を、つかんで、おろさせて、譜石の前から引きずりはなす。
まだ、紡ごうとするその口を、手のひらで押さえて無理矢理止めて。
「イオンっ」
それ以上詠まないで。
発そうとした言葉は、乾いた音によって、遮られた。
パシン
その音の出所は、シンクの手のひら。
そして、イオンの頬。
白い頬が赤く染まるほどの勢いでそれは放たれていて。
呆然と、たたいた方のシンクが自分の手のひらを見つめて。
たたかれた方のイオンも瞳を瞬かせて。
「っ、シンク・・・?」
呼吸が荒いイオン。
呼ばれたことにシンクがびくりと体をふるわせた。
そのままキッ、とイオンを仮面越しににらみつけて。
「独りで勝手に楽な世界に逃げるなんて、許さないよ」
イオンが大きく目を見開いて、そしてシンクに手を伸ばした。
それを抵抗することなく、受け入れたシンク。
仮面がゆっくりとイオンの手によってはずされて。
同じ顔が二つ、見つめあう。
そっくりで、全く違う二人が。
「僕は、生きてても___?」
いいのですか?
「ばか」
ぺしり、シンクが先ほどよりも柔らかく額を叩く
衝撃に思わず後ろにのけぞったイオンを、ぎゅう、と抱きしめた。
「お願い、イオン。私に家族を失わせる恐怖をもう味あわせないで」
私を姉だと、シンクを兄だと、そういってくれたんだから。
「お願い、一緒に生きよう?」
ぬくもりを抱きしめて。
「・・・」
呼吸が荒い。
思っていた以上に、彼の体はむしばまれていたようで。
それでも、まだ、生きている。
「 離さないで、この人を、つれていかないで 」
イオンの瞳が見開かれる。
「レイズデット」
私の術は、癒しの術。
自分の持つ薬の効果も掛け合わせて。
だから、これは、音素をつなぎ止めて、再構築させる術。
「だめだよ、イオン。あなたがいなくなったら、悲しむ人がたくさんいる」
「あなたのお兄ちゃんだって、ルークたちだって」
それに、なにより、ちらり、向けた視線の先。
アニスの瞳はただ、揺れて。
「あなたの愛しい子を、独りにしちゃだめだよ」
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